第11話 陽向に出る
毎年、私たちのグループで年の瀬に行われている三者面談は、この年も例年通り全メンバーを対象に実施された。
私はこれまでシングル発売の際に行われる方にもよばれていたため面談には慣れていたのだが、今回は「アイツ」の活躍が結果に結びつき出してからは初めての面談ということもあり、どんな話になるのかと新鮮な気持ちでその日を迎えていた。
長瀬さん、柏木さんの二人が待つ部屋に入ると、そこは今までとは全然違うと言っていいくらい和やかな雰囲気だった。
これまでの面談は彼らから私に対し、厳しいことを言うための場だったのだから無理もない。言っている方も決して楽しいものではなかっただろう。
ただ、今回は違う。
席に座るとさっそく、長瀬さんからお褒めの言葉を掛けられた。
「すっかり選抜メンバーらしい貫禄が付いてきたな。今は何の仕事をしていても楽しいんじゃないか?」
隣の柏木さんも笑いながら続ける。
「三期生たちからしたら憧れの新田先輩、だしな」
さすがに運営の方々と話す時にまで「アイツ」は出てこないみたいで、面談には私のまま臨むしかなかった。
「あっ、はい。いや、憧れなんてとんでもないです。色々な仕事をさせてもらって充実していますけど、まだまだです」
私は褒め言葉に恐縮しつつも、悪い気分はしていなかったのだろう。かつてのような硬い表情をしていなかったのは間違いない。
「ステージの上だけじゃなくて、普段から良い顔するようになってきたね。そういうところも今の良い流れに繋がっているんだろうな」
長瀬さんに表情が緩んでいることを見抜かれてしまったようで、私は少し恥ずかしくなった。
そんな私を見て気を引き締めようと思ったのか、柏木さんが真面目な顔で本題について話し始めた。
「最近の奏の活動については、特に問題は無いと思ってる。だけど勝負はこれからだぞ。二列目とかフロントの仕事だと、色々な業界の人たちからの目も厳しくなってくるからな。それに気を抜いているといつ人気が落ちるかなんてわからないぞ」
「アイツ」のことを知らない柏木さんが私のためを思って言ってくれているのはよくわかるのだが、心配しなくても私に限って浮かれることはないだろう。今、彼の目の前に座っている私は、未だにアンダー三列目の頃の私と何一つ変わっていないのだから。
長瀬さんからは、これからの活動について私の意向を確認された。
「奏は、これからどういう仕事がしたいとかってあるのかな。テレビのバラエティ番組に出たいとか、演技がしたいとか。モデルでもラジオでも。今までは立場上、言いづらいところもあっただろうけど、今のポジションなら言い易いんじゃないか」
柏木さんが付け加える。
「そうそう。言ったからって叶うとは限らないけど、何かに繋がるかもしれないんだから。言うだけ言ってみな」
私はそう言われて少しの間、真剣に考えてはみたが残念ながらすぐに思いつくものは何もなかった。
「今みたいに麹町のメンバーとして歌番組に出られたり、コンサートができたり、雑誌に載せてもらったりできたら、私にはそれ以上に望むものはないです。今だって、私にはもったいないくらいだと思っているので」
優等生を演じたいのかと言いたくなるかもしれないが、これは嘘偽りのない私の本心だった。
しかし柏木さんからしてみれば意外な回答だったらしく、いぶかしげな表情で私に再考を促す。
「遠慮しなくていいんだぞ。ウチには『由良美咲』とか『里見葵』、『
話を聞きながら私は、あらためて名前を挙げられたメンバーたちの偉大さに感心してしまい、柏木さんに対して回答することを忘れていた。
「まぁ、無理して急いで方向性を決める必要はないさ。今のまま頑張っていれば、心配しなくても業界の方が放っておかないよ。そのうちにオファーが殺到するだろうから、その中から好きなモノを選んでいけばいい。なんていったって『次世代エース』様なんだからな」
長瀬さんが「次世代エース」なんて言葉を使うとは思っていなかったというのもあり、一瞬、理解が追い付かなかったが、自分のなかでその言葉を復唱した時にその違和感に気付いた。
「いや、そんなの、そんなことないです。私はまだまだダメダメですから」
柏木さんが慌てた様子で長瀬さんに釘を刺す。
「まだ次世代エースの『候補』ってだけですよ。あまり浮かれさせるようなこと言わないでください、本気にしてしまいますから」
少し困った顔をする柏木さんを見て長瀬さんは、いいじゃないかと言いたそうな顔で笑った。
「奏も『次世代エース』どころか、まだ二列目になっただけで選抜は二回目。安心するには早いぞ。美咲とか成瀬みたいに何回もセンターを務めてるメンバーもいるんだからな。エースを名乗るには、まずはセンターに選ばれるくらいにならないと」
柏木さんには度々申し訳ないが、私は心配しなくても「次世代エース」だなんて自分のことを思ったこともなければ、そう言われていることに疑問を感じている側の人間の一人だ。もっとも「アイツ」と私の関係を知らない人にそれを言っても仕方がないため、私はこの場では黙って頷くことにした。
センターなんて。まさか私が、ね。さすがにセンターの自分は想像もつかないな。たとえそれが「アイツ」であったとしても・・・。
この面談の後、私は二列目のメンバーとして更に様々な仕事によばれるようになるのだが、それらの現場においても「アイツ」はアイドルとして存分な振る舞いを見せる。いつからかファンの間では私が次はフロントに入るんじゃないか、いや、まだ早い、というような議論が行われるようにもなっていた。
そして次の春にリリースされたシングル曲で私は初めて選抜のフロントメンバーに選ばれ、その曲がタイアップ曲に採用されたシャンプーの新ブランドのお披露目イベントにもグループを代表して参加することとなる。
知っている人もいるかもしれないが、そこでも私はトップアイドルの一人として存在感を発揮できていたようで、その場に居た方々にアイドルとしての自分をしっかりと印象付けることができたらしい。
気付いたら、私が「アイツ」と出会ってから一年半の月日が流れていた。
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