最終話 物語は続いていく

―九ヶ月後


 ここは国内有数の大手飲料メーカーであるクジャクビバレッジが発表した紅茶の新ブランドと、それに併せて就任した新イメージキャラクターのお披露目の会場で、今はちょうどイベントの最後の質疑応答が始まったところだ。


「今回の新曲は由良さんにとってはグループからの卒業シングルになるのですが、この季節でこの曲というのには何か意味があるのですか?」


 司会者から質問を許された記者が指名した、先日このグループからの卒業を発表したばかりのエース格のメンバーが真剣な顔で答える。


「そうですね。昔から、いつか卒業する時には悲しく、寂しくなってしまう感じは嫌だったので秋や冬よりは春や夏で、明るい曲だったらいいなとは思っていました。ただ狙っていたわけではなくて、時期的なものは色々なことを考慮した結果です」


 記者は次の質問に繋げたかったようだ。


「今回、一説には由良さんの単独センターとして製作される予定だった楽曲を、ご本人たってのご希望で新田さんとのWセンターに変更されたと聞いていますが、その辺についてお話しできることがあれば教えてください」


 美咲さんが笑いながら左右を見回す。


「あれ、その話ってみなさんご存知なんですか?」


 記者がすかさず答える。


「桐生さんがインタビューの記事で語っていたということで」


 美咲さんが藍子さんに目を向けると、藍子さんが舌を出して手を合わせる。


「まぁ、隠すことでもないんですけどね。私が口出ししてっていうとちょっと違うんですけど、みんなで意見を出し合った結果としてそういう形になったのは事実です」


 記者はもう少し踏み込んだ発言を欲しがる。


「そこには新田さんに今後のグループを託す、というような想いを込められているんですか?」


 美咲さんが一回笑ってから、少し真顔で答えた。


「この子が去年、初めてセンターになった時は全然ダメで、正直、頭にきたんですよ。私たちの作り上げてきたものぶち壊す気かって。それでボロクソに言って、泣かしちゃったりもしたんですけど、その後、めちゃくちゃ良くなって・・・」


 集まった記者たちが頷きながら聞き入っている。


「その立ち居振る舞いやパフォーマンスがとにかく凄くて、それこそ、この私でも敵わないかもってくらいで・・・。あっ、ここ笑うとこですよ!」


 美咲さんの性格を考えれば冗談であることはわかるのだが、一方で本気であったとしてもそれを否定する人がいないのも事実のため、微妙な空気を察してか美咲さんが念のために自分でツッコんでおいてから続ける。


「それを見て、このグループは大丈夫だな、客観的に見て素敵なグループだなって思えたのが、卒業の一つのきっかけになったというのは間違いないです」


 更に少しとぼけたような表情で付け加えた。


「それに単独センターの曲にしちゃうと私が卒業した後に誰かが歌う時に、私と比べられると思ってみんなやり辛くなっちゃうじゃないですか。それが理由で歌われなくなるのも曲に申し訳ないし・・・」


 卒業に絡む話でもあり少し重い空気になりそうだったため、ここでも笑いを誘おうと試みたみたいだ。しかし、やはり思った以上に真面目な話のように受け止められてしまい、美咲さんは少し気マズそうな苦笑いをしている。


「なるほど。卒業のきっかけにもなった新田さんと最後は一緒に、ということなんですね。そう思うと、ミュージックビデオのラストシーンで卒業証書の入った筒をバトンに見立てて新田さんに渡すシーンなんか、色々と込み上げてくるものがあったのではないですか?」


 今回の新曲のミュージックビデオは、女子高の卒業式を前に卒業生役の何人かのメンバーが色々と引っ掛かっていたことを解決していき、最後に卒業証書を受け取って去っていくという内容だった。


 曲が終わった後のラストシーンは、美咲さん演じる主人公の先輩を後輩の私が最後の挨拶に訪ねる場面だ。


 そこで描かれているのは、先輩が手を出すように後輩に言い、その出された手に自分の卒業証書の入った筒をリレーのバトンのように渡すのだが、いざ後輩がそれを受取ろうとしても先輩はなかなか自分の手を放さないため、後輩の方から力を入れてそれを受け取るというもの。


「あのシーン、ちゃんと見ました?先輩が自分から手を出せって言ったくせに、いざ後輩が手を出しても強く握ってなかなかバトンを放さないんですよ。最後には後輩の方から強引に奪い取るって感じになって、それに対して先輩が少し寂しそうに驚いてから笑顔で手を振る。そういうシーンなんですけど、まさにそんな感じです」


「・・・と、言いますと?」


 記者がもう少し具体的にと求める。


「私、このグループが本当に大好きなんです。ここにいるメンバー、もちろんいないメンバーを含めても、それだけは私が一番だって自信があります。なので、卒業は自分で決めたんですけど、バトンを渡すのに躊躇いもあるのは本心なんです」


 美咲さんの語り口調が段々と熱を帯びてきた。


「それでも奪い取っていってくれるような後輩を見て、寂しいけど安心して笑顔で手を振れる。まさに今の私の気持ちを表したようなシーンなんです。ちなみに最初は普通にバトンを渡す場面だったんですけど、ワガママ言って演出も少し変えてもらいました。この方が私と新田にぴったりかなと思って」


 話しながら、美咲さんは私の肩に手を置いていた。


「そんな大事なシーンを任された新田さん、何か感じるところはありましたか?」


 もちろん満面の笑顔で答える私。


「そりゃあ、ありますよ。でも大事なものなので、今は言いません。私が卒業する時にでも覚えていたら話します。その時なら言えると思うので!それに・・・」


 言葉をわざと途切れさせた私に、記者がお決まりの言葉を掛けてくれる。


「何か気になることでも?」


 私は美咲さんの方を見ながら言った。


「美咲さんって、こんなに麹町が大好きなので、二、三年したら戻ってくる気がするんですよね。もちろん、女優やモデルで大成功していると思うんですけど、それをお休みしてまでして」


 美咲さんが驚いた顔をしていると、藍子さんが続ける。


「いいじゃん、それ。また一緒にやろうよ!」


 葵さんも笑いながら頷いている。


「ちょっと、その時って私いくつなのよ?それに、藍子たちはその時までいるってこと?」


「いなくなっていても、美咲が戻ってくるなら私たちも喜んで戻ってくるよ」


 藍子さんは少し嬉しそうだ。そして葵さんも。


「みなさん、聞きましたか?そういうことなので、私は全然寂しくないです。むしろその日が楽しみなくらいです!あっ、でも何人も戻ってきて長居されるとその時の選抜メンバーの席が減って困ってしまうので、ほどほどにお願いしますね」


 美咲さんが笑いながら私にツッコむ。


「こら、調子に乗るな!自分から言ってきたくせに」


 私と美咲さんは顔を見合わせて笑った。


 その様子を見て集まった記者、メンバー、イベントのスタッフまでもが笑いに包まれる。


 ここで終了と思いきや、最後に一つと手を挙げる記者がいた。


 私はだいたい誰なのか想像がついていたが、万が一ということもあるし念のために視線を移してみると、そこに居たのはやはり加古さんだった。


「由良さんからバトンを受け取って、文字通りグループの顔となった新田さんに一つだけ。これからグループを引っ張っていくにあたっての抱負や後輩たちへのメッセージなんかがあれば、是非お聞かせ願いたいのですが」


 私は加古さんにわざとらしい会釈をしてから答える。


「記者さんがご存知かわかりませんが、私はついこの間まで人気も実力も無くて、やる気もないようによく見られていた、何も出来ない子だったんです」


 加古さんが、何を今更といった感じで少し笑った。


「そんな私が今ここに居るって、もの凄く夢のある話だと思いませんか?それこそ自分が自分ではないんじゃないかってくらい、今でも夢の中に居るような気分なんです。そんな文字通り夢中で頑張ってきた私なので、これからも皆さんに夢を見せていけるように頑張りたいですし、そんな姿を後輩たちにも見せて、彼女たちにも自分の夢を描いて頑張ってもらえたらいいなって思っています」


 言い終わったと思い記者たちが手を叩こうとする直前に、私は言い残しに気付いて再びマイクを口元に近づけた。


「ごめんなさい、もう少しだけ続けていいですか?」


 司会者に目をやり、どうぞといった仕草をしたのを確認して話を続ける。


「後輩たちやアイドルに限らずなんですけど、人間って上手くいっていない時でも、簡単には変われないですよね。だけど、自分が変わらなくても乗り越える方法ってあると思うんです。それは人それぞれ違うのかもしれませんが、きっとみんなにも何かあると思うので、今の自分に悩んでいる子がいたら少しモノの見方を変えてみたりしてそれを見つけて、諦めずに挑み続けて欲しいです」


 最後の一言は、最高の笑顔に万感の思いを込めて言った。


「私なんかに出来たことですから、きっとみんなにだって出来ると思います!」


 会場全体があらためて温かい空気と拍手に包まれたところで、この日のイベントは終わりを迎えた。


 この二ヶ月後、美咲さんは麹町A9を卒業した。


 そして私たちは、新たな夏曲をひっさげての全国ツアーに突入する。もちろん、その中心に美咲さんも「アイツ」も居ないのは言うまでもない。


「さぁ初日、いくよ!麹町」


「A9!」


 この日の夜公演を照らしていた月がどんな形をしていたか、確認はしていないけど私にはなんとなくわかっていた。


 本日も会場は満員御礼だ。

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