第7話 実証

「そしたら次はアンダーチームの番やるから。食べる役の四人、前に出てきな」


 この日の収録は、選抜とアンダーがそれぞれのチームに分かれていくつかのゲームで対決するという企画だった。


 そのチーム分けを選抜、アンダーでするなんて酷だと仰る方もいるかもしれないが、当の私たちはというと、むしろ有難く感じていたのが正直なところだ。


 なぜなら選抜メンバーと混ざってしまうと、どちらのチームも目立つのは選抜の子ばかりで、編集された映像がまるで選抜メンバー同士の対決のようになってしまうことも考えられるからだ。ところが片方のチームがアンダーだけとなったら、対決企画である以上さすがにそうはいかない。


 今の私たちにとっては、見栄やプライドより得られる果実の方が遥かに大切だ。


 私が参加したのは各チームの代表のメンバーたちが出された料理を食べ、その様子を見ている側のチームが、一つだけ用意された辛い料理を食べているのが誰かを当てるというもの。当然、食べている方は相手チームにバレないように演技をするということで、バラエティ番組の世界ではいにしえから伝わる伝統的なゲームだ。


 私たちアンダーチームは舞台の仕事が多く女優経験が豊富な大館おおだて弥子みこさんを正解、つまり辛い料理を食べる役とすることにした。


 ただし、普通であれば辛い料理を食べた人はバレないように平気なフリをするのだが、今回の弥子さんは更にその裏をかいて平気なフリのなかに微かに辛い仕草を見せ、「本当は辛くないのに辛い演技をしている感じ」をあえて出すらしい。


 裏の裏は表、と。


「向こうは弥子が演技できるのわかってるから、そこを逆手にとるってわけ。弥子の演技を見て上手いこと選択肢から外してくれれば、あとは私たち三人の誰かから正解を探すだろうから。和泉と奏の二人は、普通に辛くないって感じでいいからね。普通のを食べて普通にしていればいいんだから難しくないでしょ?よろしくね」


 私たち二期生にアンダーチームの戦略を説明するのは、弥子さんと同じく一期生の世良田せらた桜子さくらこさん。初期に何シングルか連続で選抜に入っていてフロントに選ばれた経験もあるため、アンダーメンバーのなかでも一目置かれている中心的存在だ。


 準備が整ったところで桜子さん、弥子さん、そして和泉と順番に食べていき、残るは私だけとなった。


 ここまでは桜子さんの読み通り、弥子さんの辛そうにしている演技がウソっぽく見えたとのことで弥子さんはおとり役、弥子さん以外の誰かが辛いのを食べて我慢しているというのが選抜チームの予想らしい。ただ美咲さんだけは弥子さんの演技に引っ掛からず、逆に怪しんでいる感じですらあった。


 そして合図とともに普通の料理を普通に食べる、はずだった私。


「かっらーい!何これ、ホントに辛い。すみません、お水ってもっともらえます?」


(あれ、私、普通に食べて普通にするんじゃなかったっけ。なんで辛がってるんだろ。これってもしかして・・・)


 スタッフが追加の水を持ってくると、私はその水も一気に飲み干して更にもう一つ水をお願いしている。


「おいおい、そんなに水飲むほど辛いなんてあるか?水でお腹いっぱいになっちゃうだろ!」


 番組の司会を務めるコンビ芸人のツッコミ担当、木田きださんも私の想定外の行動に思わず食いつく。


「コレめちゃくちゃ辛いんですって!ここの番組のスタッフさん加減知らないんじゃないんですか!もうっ!」


(えー、ちょっと待って、スタッフさんも巻き込むの?みんな笑ってるけど・・・。あっ、桜子さん笑ってないじゃん・・・)


「スタッフさんまで批判しちゃって!でも、今回のが我慢できる程度の辛さかってのは俺らにもわからないしな。どうなんだろ」


 木田さんが面白がってくれているのを確認して、「アイツ」は更に続けることにしたようだ。


「有り得ないくらい辛いんですよ、ホントに!そういう企画だったんですか?もぉ。知ってたら私、出なかったですよ!」


(仕事だし、出ないとかないから!これ大丈夫なのかな・・・。木田さんは面白がってくれているけど、他のメンバーの視線が怖い・・・)


「ついに怒っちゃったよ!」


 木田さんがテンポよくツッコむ。


「新田ってそんなキャラだったっけ?もうわけわからないな。面白いけど!」


 もう一人の司会者、ボケ担当の広沢ひろさわさんも負けじとこの流れに乗ってきた。


 そして私に与えられた時間が終わり、木田さんが選抜チームに予想を訊く。


「選抜チームは四人が食べるのを見終わって、誰が辛い料理だったと思った?じゃあ、桐生」


 藍子さんが真面目な顔で答える。


「でも、新田があんなに大声出すなんて、本当に辛かったんじゃないかって思うんですよ。今まで見たことないくらいだったので。」


 たしかに見せたことはない。少なくとも私は。


「そうだよな、新田があの声出せるなら、今まで会ってたのは誰なんだってくらいだし。もう一人聞いてみようか、由良は?」


「そうですね、私も新田が怪しいと思います。はじめは大館かなって思ったんですよ。演技派だから、逆にあえて演技っぽく見せるのも出来そうで。でも、やっぱり藍子と同じで新田のような気がします。辛いのを我慢するつもりができなくて、思わず声を出しちゃったから誤魔化すために色々やってたのかなって」


 美咲さんも藍子さんと同じ意見に変わったようだ。


「はい、じゃあ選抜チームの回答をどうぞ!」


「新田です」


 藍子さんが私の名前を書いたフリップを見せながら答える。


「やっぱり、あの声を引き出せるのは辛さだけだろうなって。私たちが三年近くかけても出来なかったことなので」


 私が加入してからの期間を強調した藍子さんの回答にスタジオが笑いに包まれて、広沢さんがそれに反応する。


「そうだよな。三年かけても出来なかったのに、いきなりなんて無いよな。まさかな!」


 そして木田さんが場を落ちつけて正解の発表を促す。


「それじゃ正解、どうぞ!」


 少し間を空けて、正解のメンバーが声を上げた。


「正解は私でーす」


 弥子さんが嬉しそうに手を挙げるのと同時に、アンダーチームのメンバーが一斉に立ち上がって喜ぶ。


「やっぱり弥子なんだ。そうかと思ったんだけどなぁ」


 美咲さんが天を仰いで悔しがった。


「いや、俺らも正解を知らなければ新田だと思ったよ!どうでもいいけど、新田のあの奇行は何だったの?」


 司会の二人が、子供が新しいオモチャを見つけた時のような無邪気な表情で私に話を振る。


「いや、和泉まで終わったところで美咲さんが弥子さんを疑ってる感じだったので、このまま和泉と同じことしていたら当てられちゃうかなって思って・・・。頑張ってみました!」


(お願い、そんなに目立たないで。もう十分に活躍したから。言ってることはわかるんだけど、桜子さんとかがどう思ってるか・・・)


「そのテンションもよくわからないけど、なんか新田って面白いな!いいじゃん」


 司会の二人の番組進行において「アイツ」のリアクションは望ましいものだったのだろう。その表情は私を労うような感じで、絡んできてくれる台詞も誉め言葉のように聞こえた。


「一旦、休憩に入りまーす」


 番組スタッフの合図で収録は中断し、束の間の休憩に入った。


「奏、ちょっといい?」


 休憩中もそのままスタジオで席に座っていた私に、桜子さんが真剣な表情で話し掛けてきた。


「さっきの、結果は良かったけどなんで急にあんな感じにしたの?」


 怒ってはいない、というか怒ることではないけどとでも言いたそうだったが、十分に怒っているように私は感じた。いや、実際に怒っていたのだろう。


「弥子さんが美咲さんに疑われていたので、このまま和泉と同じことをしていたらマズいかなって思って。それに、あの方が番組的にも面白くなったじゃないですか!」


(ちょっと、桜子さんにケンカ売ってどうすんのよ。とりあえず謝って、気が動転していたとか適当に言い訳して!)


 桜子さんが明らかに怒ったような口調になった。


「あのさ、チームでやってるんだから一人一人がそうやって自分勝手なことをしちゃうと・・・」


 そう言い掛けたところで、弥子さんが間に割って入った。


「いいじゃない桜子、上手く騙せたみたいだし。あのまま私って当てられちゃっていたら、演技していた私の方が赤っ恥かくところだったよ。ありがとね、奏ちゃん。やっぱり美咲とかには見抜かれちゃうんだなぁ。付き合いも長いし仕方ないか!」


 そう言って弥子さんは桜子さんを連れてその場を去っていった。その去り際にはチラっとこちらを振り返り、気にしないでねというようなウインクまでしてくれて。


 弥子さんの大らかな性格と機転に救われる形で、この場はとりあえず収まった。


 この日の収録が全て終わった後、帰りの準備を済ませて楽屋を出るところで和泉が私に話し掛けてきた。


「かなちゃん、お疲れさま。今日のって、やっぱり・・・?」


 既に「アイツ」から解放されていた私は、黙って和泉の言葉に頷いた。


「和泉、どうしよう。桜子さん怒らせちゃったよね、大丈夫かなぁ。明日からレッスンとかもやりづらくなっちゃうよ・・・」


 これは私にとっては深刻な悩みだった。アンダーメンバーだけでの活動が多い私たちにとって、一期生でアンダーの中心人物でもある桜子さんと気マズくなることは死活問題なのだ。


「でもプロ意識高くて仕事にそういうの持ち込む人じゃないから、あまり気にしなくていいんじゃない?大丈夫だよ」


 和泉はそのことはそれほど気にならなかったようだ。


「そうだといいんだけど・・・」


 私は下を向いて弱々しく答えた。


「それより、やっぱりそうだったじゃん!」


 やはり和泉にとっての本題はこちらだったらしく、自分の推理が当たっていたことを称えなさいと言わんばかりに得意気に言った。


「そうだね。和泉の言う通り、要は私がアイドルをやる時に出ていらっしゃる、ということかと・・・」


 和泉の誇らし気な顔が少し面白くて笑ってしまいそうになったが、そうでなくとも悩みが一つ解決したこと自体は嬉しく、私は自然と和やかな表情になっていた。


「そしたら、これからアイドルとしてのお仕事、握手会とか番組収録、ライブとかのイベントなんかでは、かなちゃんだけど、かなちゃんじゃない、そう思っていた方が良さそうだね」


 やはり和泉はこの状況を少し楽しみ出しているような気がする。しっかり者の和泉だが、こういうところは年下らしく可愛いものだ。


「そういうことなのかな、いつまで続くのかはわからないけど。とりあえず何かあったらお願いね、色々と」


「何かって、今のところ良いことしかないじゃない。握手会は好評だし、番組ではみんなに笑ってもらえてたし。司会の二人も大絶賛だったよ。かなちゃんのシーンは絶対に使われるから!」


 そういえば、今まで自分が何かの企画に出演してカットされなかったことってなかったな。今回は使われるのかな。そうなったら親とか友達も喜んでくれるかな。


「今までは、ひな壇で少し映るだけだったもんね・・・」


 思わず感慨深げに呟いてしまった。


「そうだねぇ・・・。そう思うと、二重人格さんに感謝しなきゃだね」


 本当にその通りだ。私では出来なかったことを、私ではない私が実現してくれているのだ。


「うん、そう思う」


 私は和泉と目を合わせて頷きながら答えた。


 この日から、その出現条件も明らかになった私のなかのもう一人の私、「アイツ」の存在は私のなかで確実なものになり、私はそれを事実として受け入れていくこととなった。


 そして、そんな「アイツ」のおかげで私は不人気メンバーではなくなっていくのだが、この時の私はまだ、そのことは知る由もなかった。

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