第20話 えっ…
私からの思いもよらない告白を受けた先輩たちは、俄かには信じられなかったらしく一様に呆気にとられたような、狐につままれたような、何とも言えない表情を浮かべていた。
「ごめん、私、バカだからイマイチ理解が追い付いてない気がする。藍子、説明して」
美咲さんがお手上げといった感じで藍子さんを見る。
「つまり、二重人格、たまにテレビのドキュメンタリー番組なんかで取り上げてる、あれね。その二重人格の症状が出始めてからアイドルのお仕事をする時には、それまでの奏ではない別の人格が出てきて、アイドルとして色々なことをやってくれていた。そういうこと?」
私は大きく頷いた。
「それなのに、この前の選抜発表の日から急にそのもう一つの人格は出てこなくなってしまった、と。そうなると素の奏が仕事をやらなくてはならないんだけど、その奏はこの間の色んな仕事をしていた奏ではないから、どうすることもできないっていうことか」
葵さんが藍子さんの話に続けた。
「なるほど。やっぱり二人とも頭良いね」
美咲さんも納得したようだ。
「でも、なんで突然その人格は出てこなくなっちゃったんだろうね。これからも出てこないのかな?」
そう言いながら藍子さんが首をかしげる。
「たしかに。アイドルがやりたくて、やっとセンターにまでなったのに、出てこなくなる理由がないよね。それじゃ何のために出てきてたのかわからないじゃん」
葵さんのその言葉に、話の全容を理解してご満悦だった美咲さんがまた怪訝そうな顔を見せ始める。
私もずっと同じことが引っ掛かっていた。何でこのタイミングだったのだろう。
それぞれがこの不思議な話に思いを巡らせ沈黙が続くなか、藍子さんは私に念のための確認をしておこうと思ったらしい。
「ちなみに、誰かにこの件って話したことあるの?」
この状況を把握している人が他にいるのか気になったのだろう。
「同期の長岡にだけ話しました。初めてそういう症状が出た時にたまたま近くに居て、どうしたのってきかれたので。その時は私も何が起きていたのかわからなかったんですけど、一緒にそのことを整理したりもしてくれて・・・」
「そっか。疑っていたわけじゃないんだけど、そんなに前から傍で見ていた証人までいるなら、思い込みとか勘違いということもなさそうね」
私が勝手にそう言っているだけの話ではないことがわかり、藍子さんは少し安心しているようにも見えた。
そして再び沈黙の時間が訪れる。さっきまでの賑やかな個室が、今のこの部屋と同じ場所とは思えないくらいの静まりようだ。
「それってさ、そもそも本当に二重人格なのかな」
ふいに葵さんが呟いた。
「あっ、あの、私なんかが言うとふざけているように思うかもしれないですけど、この話は全部、本当の話なんです」
私が真剣な目で訴えるので、葵さんが慌てて言い直す。
「あっと、ごめん。そういう意味じゃなくてさ。初めから二重人格ではない、何か別のものだったってことはないのかなってこと。奏の話は全部信じてるよ」
美咲さんが自分の髪の毛をグシャグシャとかき混ぜながら、葵さんに意味が分からないというような身振りを見せて説明を求める。
「私がモデルやってる雑誌あるじゃん。そこの出版社が出してる週刊誌の記者でさ、この業界に顔が広い人がいて前にその人に聞いたことがあるんだよね。有名なカウンセリングの先生がいるって話。奏が受けたの、もしかしたらその人かなと思って」
あの面談以降の出来事を余さず話すために少しだけ触れた、もう記憶にもほとんど残っていない、あのカウンセリングの方に話が向かうとは全く予想していなかった。私は当事者にも関わらず、ポカンとした表情で葵さんの話の続きを聞いている。
「もしそれがその先生だとしたら、本当に凄い人らしいよ。ただ普通のカウンセリングとは少し違ったことをするみたいで、詳しくは知らないんだけど奏の話にそれが何か関係しているような気がしてさ」
思ってもみなかった話の展開に、私はなかなかついていけないでいた。
「その奏が前にカウンセリングを受けたっていう先生に、もう一度、話をききにいくのは難しいのかな?」
藍子さんが私に尋ねるが、そんな著名な先生のところに私が個人で出向くことなんて容易にできるわけがなく、そうでなくとも普通に予約を取るのも大変という話だ。あの時も長瀬さんたっての依頼で実現しただけであったことを説明していると、美咲さんが名案を思いついたというように目を輝かせながら手を挙げた。
「そしたらさ、その記者さんを通じてプライベートでその先生に会わせてもらって、話をきかせてもらおうよ。葵がお願いすれば、そのくらいセッティングしてくれるんじゃない?」
美咲さんの無邪気な提案に、藍子さんと葵さんは顔を見合わせた。
「そんなの、さすがにその記者さんだって仕事でもないのにお願いできないし、先生にも申し訳ないでしょ。それに、その人が奏にカウンセリングをした先生とは限らないわけだし・・・」
藍子さんが常識的な回答をする。
「そんな条件に当てはまる人、そんなにいるわけないって!それにもし違っても、そんなに凄い先生なら何か今の状況を変える方法を知ってるかもしれないし」
どこまでもポジティブな美咲さんに、藍子さんは困った顔をして葵さんに意見を求めるような視線を送った。
二人のやり取りを聞き終えた葵さんが、美咲さんの提案に答える。
「そうだなぁ。相手も週刊誌の記者だから、それなりの条件を出せば骨を折ってくれると思うけど・・・。どうする?」
葵さんが何かを含んだような笑みを浮かべながら美咲さんを見る。
「何、条件って。私に何かしろって言うの?」
美咲さんが頬を膨らませる。
「記者だから、やっぱり情報が欲しいって言うでしょ。それも、できるだけ売れている子の。そうなってくると美咲ちゃんの力を借りるしかないじゃない?」
「そんな、私のためにそこまでしてもらうわけにはいかないです」
私が首を振りながらその案を拒否すると、そんな私の声にかぶせるように美咲さんが言い放った。
「あんたのためじゃなくてグループのため、でしょ。いいわよ、他で言ってない裏話の一つや二つ話してあげるから、その記者さんに頼んでみてよ」
藍子さんが心配そうな顔をする私を諭すように続ける。
「美咲にとって、一番大事なのはウチのグループなの。そんなグループが今、奏がこれからどうなるかに掛かっているとなったら、美咲に躊躇いはないってこと」
美咲さんは照れくさそうにしながら、葵さんにさっそくその記者さんに連絡するよう促していた。さすがに葵さんも直接連絡を取ることはできないようだったが、編集部の人を通じて打診してみてくれるらしい。
「とりあえず、この話は記者さんからの返事待ちってことで今日はいいかな」
藍子さんがキャプテンらしくまとめようとすると、美咲さんが声のトーンを変えて最後に一言と言って話し始めた。
「そういえばさ、奏とこういう風にちゃんと話したの初めてだよね。今更だけど。そういう意味では申し訳ない、今までこういう場を作らなくて。二期生が選抜に少ないなか、私たち一期生の年長組がもっと気を遣ってあげるべきだったと思う。気がつかなくてホントにごめん」
お酒が入っているからか、美咲さんが急にしおらしくなって私に謝りだした。
葵さんはお酒に強いのかあまり変わらない感じで、そんな美咲さんの頭を撫でて慰めている。
「美咲とこうしてプライベートで会ってみると、イメージがだいぶ変わるでしょ。普段の完璧なアイドルからは想像がつかないくらい、どこまでも人間くさい子なのよ、この子って。そんなところが超がつく美人なのに、みんなから親しみを持たれたり、愛されたりするところなんだろうね、きっと」
藍子さんが言ったことは、私が今まさに思っていたことそのものだった。
私はこの日、この先にどんな出来事が待っていようとも、この大好きなグループのために、この素晴らしい先輩たちのために、この貴重な出会いを与えてくれた仕事のために、自分の全てを捧げることを強く胸に刻み込んだ。
それだけの価値が、このグループには、この方々には、この仕事には、ある。
その翌日、葵さんから例の記者さんと連絡がつくとともに、お目当ての先生と会う日程の調整も快諾してもらえたことを知らせる連絡が私たちにあった。
そして切羽詰まっていた私たちの事情を察してくれたのか、思いのほか早いところで先生とのアポイントを取っていただけたようで、あっという間に私の運命を左右するかもしれない、その時がやってくることとなった。
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