第24話 そうは問屋が…

 私が決意を固めたあの日から数日が経ち、ついにその機会が訪れることとなった。


 用意されていたのはある意味で最高の舞台、生放送の歌番組だった。先輩たちですら未だに緊張すると言っている、収録と違いやり直すことのできないなか他のアーティストや司会の大物タレントと一緒に番組を作るという、中途半端な誤魔化しが一切きかない場だ。


 私のアイドル人生を賭すステージとしては、これ以上なく、何の不足もない舞台である。


 楽屋に入った私に、緊張はあったが迷いは全くなかった。もうそこに「アイツ」に何かを頼る私はいない。私は期待でも不安でもない、ともすれば心地よくすらある高揚感を抱えながら着替えやメイクなど準備を進めていった。


 本番に呼ばれるのを待つまでの間、私は椅子に座ったまま少し目を閉じ、これから自分のやること、やらなければならないことに思いを馳せていた。そういえばいつかの握手会の時も、こんな感じで目を閉じていたらいつの間にか寝てしまっていたな。あそこから全てが始まったんだよね。あの時は驚いたなぁ・・・。


 なぜだかはわからないが頭のなかにあの日の出来事が鮮明に蘇ってきて、私はそれを少し嬉しくも感じていた。


 そんな私のところに、藍子さんが心配そうな顔をしてやってきた。


「奏、大丈夫?そうはいっても心の準備とか色々あるだろうから、今日が絶対ってわけじゃないんだからね。体調不良でお休みすることとかは、望ましいことではないけど他の子だってあることだし無理しなくていいんだよ。ウチはグループでやってるんだから、誰かが困ってたら誰かがカバーする。今までも、これからも」


 藍子さんは、私の覚悟―失敗したら卒業―を知っているわけではなく、本気で私を心配してくれている。この人はどこまでいっても優しい。大切な、愛する、青春の全てを捧げてきた自分たちのグループに対して迷惑しか掛けていない私に、よくぞここまで優しくできるものだ。この人に対しては本当に尊敬しかない。


 私は藍子さんが私の肩にのせた手の上に手を置き、力強く答えた。


「大丈夫です。私、やります」


 その言葉に、藍子さんが一瞬驚いたような表情を見せてから、すぐにニコっと笑い私を後ろから抱きしめた。


 そしてしばらくして番組の開始時間がやってきた。


「さぁ、行くよ!」


 藍子さんがこの日の出演メンバーを集め円陣を行い、威勢のいい声を上げた。


 スタジオに続く廊下を歩いていると美咲さんが後ろから私の肩を叩き、振り向いた私にハイタッチを求めてきた。


「藍子から聞いたよ。心配なんかしてない、期待してるから。思い切ってやりなよ!」


 私は美咲さんの手を叩き目を合わせて微笑んだ。隣では葵さんも親指を立てて笑っている。


 スタジオに入る直前になって私は猛烈な緊張に襲われたが、これは今まで私が経験してこなかった、「アイツ」が肩代わりしてくれていた生放送特有の緊張であって、決して今日という日とそこに待つ私の試練が生みだしているものではない。そう自分に言い聞かせることで、私はその緊張を消化していった。


 そして番組の本番が始まった。


 選抜に入ってからはおかげさまで何度も歌番組にも出させてもらい、「アイツ」も含めた私にとっては初めてのことではないはずなのだが、この日はスタジオの照明が一層眩しく感じる。


 私はこんなに輝かしい場所を与えていただいていながら、今まで自分ではそれを味わうことをせず、全て「アイツ」に任せきっていたのか。もったいないという気持ちと申し訳ないという気持ち、その両方が私の心に浮かび上がってきた。


 でも今日は違う。私は自分でこの光を浴びて、華を咲かせなくてはならないのだ。


 番組のオンエアが始まってから、冒頭の挨拶のシーンまでは表情が硬かったのだろう。藍子さんが私に「笑って」というように、頬を人差し指で押し上げる仕草を何度か見せてきた。


 私はぎこちないのはわかっていたが、自分にできる限りの笑顔を作った。テレビを見ている方々にどう見えていたかはわからないが、自分では大好物のショートケーキをホールで出された時のような笑顔を浮かべていたつもりだ。


 番組の冒頭に求められた一言コメントにはキャプテンということで藍子さんが応じてくれ、私は他のメンバーと一緒に笑っているだけでよかった。


 しかし、その後の歌唱シーンの前に用意されている司会者とのトークの場面では、センターを務めるメンバーが曲の内容や自身の近況など、司会者がその時に振る話題に答えるのが恒例となっている。そこからは逃げることはできない。


 私は何度も頭のなかでそのシーンをイメージしながら、その時が訪れるのを待っていた。


「さぁ、続いては麹町A9のみなさんでーす」


「よろしくお願いします!」


 司会者の紹介に、前方に呼ばれていたフロントのメンバーが全員で頭を下げて応える。


 座り位置はちょうど少し前の情報番組の収録時と同じく曲のフォーメーションを反映させたような形で、画面の前の視聴者から見て右側に座っている司会者の大物タレントとアナウンサーの二人と同じ前列に、右から美咲さん、私、結菜さんの順に座り、後ろに藍子さんと葵さんが座った。


「新田さんは今回が初めてのセンターということだけど、どう、緊張する?」


 司会者がさっそく私に質問する。


 私は、その時の私に出来る精一杯の笑顔とともに答えた。


「はい、緊張します・・・」


 司会者は私がもう少し何か言うかと思い一瞬、間を空けたようだが、続きがないことを感じ取り次の質問に移った。


「今回の曲は映画の主題歌に使われているってことだけど、映画の方はもう見たの?」


「はい、見させていただきました・・・」


 良くないこととはわかっていたが、私は二度続けて返事と訊かれたことをそのまま返すだけの回答をしてしまった。なんとか笑顔だけは維持しているものの、自分でもそれではいけないことはわかっていた。


 それでも「アイツ」のようにその場で機転を利かせて会話を広げるような、相手から次の質問を引き出すような回答は、どんなに上手くやろうと思っていても素の私にはとても出来そうにない。そうしようと思っているし、そのつもりでこの場に居るのに・・・。


 また司会者が一瞬の間を空け困ったような顔を微かに覗かせた時、私と司会者の間に座っていた美咲さんが耐えきれず口を挟もうと息を吸ったのがわかった。


 あぁ、また先輩たちの力を借りてしまうのか。結局、私は自分の力では何も出来なかったんだ。


 世の中そんなに甘くない。私ごときがこの期に及んで腹をくくったところで、いきなり上手いことできるわけがなかったのだ。


 私は自らの希望が潰えたことを悟り、あらためて自分が立てた誓いのことを思い出していた。

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