第9話 選び抜かれる

 私たちのグループの選抜発表は、毎回、冠番組のスタジオ収録の際に行われることとなっていて、今回も多分に漏れず番組収録での発表だった。


 それはスタジオに全メンバーが集結し、一人ずつ順番に発表される選抜メンバーがスタジオに用意された壇上に上がる様子と、そのメンバーによる喜びのコメントをその場に居る全員で見守るというものだ。収録の最後にはスタジオが壇上のメンバーと席に残されたメンバーという形でキレイに分けられ、その空気感の違いが映し出すコントラストには何とも言えない残酷さがある。


 特に選抜でも三列目のメンバーや多くのアンダーメンバーたちにとっては、誰が選抜に残れるか、上がれるか、そしてアンダーに落ちてしまうかが発表されるということで、私たちのグループの活動のなかでも一番緊張感が高まるといっても過言ではないのが、この選抜発表というイベントだ。


 そんな天国と地獄を分ける審判の場が定期的に催されていて、今日がまさにその日だった。


 もっとも選抜常連、特に二列目やフロントに位置するメンバーにとっては、次は自分はどのポジションになるのか、センターは誰かといった程度の意味合いしかなく、この類型に当てはまる一握りのメンバーたちがリラックスした雰囲気で発表に臨んでいることは、テレビ越しに見ているファンの目にも明らかだろう。


 かくいう私はというと、選抜云々とは縁遠いアイドル生命を懸けた生存競争に追われていて、本来であれば今回は初めてドキドキしながら発表を待つはずのアンダーのフロントメンバーではあるのだが、その法廷を自分に関係の有るものだとは思っておらず傍聴席から眺めるような気持ちで収録に参加していた。


 また、かつての私と同じようにアンダー三列目が指定席となっているようなメンバーのなかには、もしかしたら私以上に客観的で、早く終わらないかな、くらいにしか思っていない子もいるかもしれない。選抜を目指してアイドル活動をしているのだから決して褒められたものではないが、その気持ちもわからなくはない。


 最近ではすっかり大幅な選抜メンバーの入れ替えは起こらなくなり、だいたいが二人か三人のメンバーが入れ替わるくらいだ。それもアンダーのフロントと選抜の三列目の間だけで、立ち位置もそれほど動かないことが多く、ファンからも選抜固定化問題としてその是非を問う声が上がっているらしい。


 そうはいっても、実際に実績を残していっているメンバーを外すのは容易ではなく、裏を返せばそれだけグループが成熟していっているとも言えるか。


 今回も同じような展開だろうと、諦めと安心が入り交じったような空気も漂うなか、三列目の左端から順番に判事役の木田さんによる発表が始められた。


 発表の際には先にポジションごとに付された番号が読み上げられ、一呼吸置いた後にその位置を与えられたメンバーの名前が呼ばれる。


 私は自分が選抜に上がるなんて思ってもいないため、順番に呼ばれるメンバーたちを見ながら、次のシングルの期間に一緒にアンダーで活動するメンバーが誰かを確認するくらいのつもりで、ぼんやりと発表を聞いていた。


 その時、ふいに周りが騒がしくなった。


「はい、出てきて」


 木田さんの声がして、呼ばれたメンバーが立ち上がる。


 私は、一瞬、何が起きているのか理解ができず、脳内で何気なく聞き流していた木田さんのその一つ前の言葉を再生する。


「三列目16番、新田奏」


 私だ。私が呼ばれている。


 それでも私は、頭では理解したであろう現実を受け止めきれず混乱し続けていた。


 しかし、そんな状況でも私は立ち上がり、笑顔で壇上に向かう。「アイツ」にとっては想定内なのか、想定していなくてもアイドルであるからにはそれは問題ではないのか。


「新田は今回、初めて選抜メンバーに選ばれたわけだけど、どう感じてる?」


 私はこの瞬間を夢見て長い下積みを続けてきたはずだったが、いざその場に立たされてみると、言葉というものはなかなか出てこないものだ。訊かれているのが私だったら、何も言えず黙ったまま喜びと不安、そして過去の自分を思い返して涙を流すことしかできなかっただろう。


 それも「アイツ」にとっては関係のない話だ。


「選抜に入ることを目指して頑張ってきたので、選んでいただけてとても嬉しいです。でもここがゴールではないので、これからは、もっともっと頑張っていきたいと思ってます!」


(堂々としてて凄いなぁ。そしてまずは模範的な回答。よしよし、これくらいなら誰も怒らないよね)


「それと・・・」


(ん?まだ何か言うの?)


「私、麹町に入る前からずっと美咲さんに憧れていたので、選抜のお仕事で会える時間が増えるのが嬉しいです。少しでも近づけるように頑張ります!」


(何それ、今ここで言うこと!?わけわからない・・・)


 いきなり名前を出された美咲さんが戸惑いつつ笑っているところに、広沢さんがすかさずツッコむ。


「いや、まだ由良が選抜に入るかはわからないよ。今、決まってるのは三列目までだからな!」


「あっ、そうですね。でも、美咲さんが大好きです!」


(これ、大丈夫かな・・・。美咲さんにも変な子って思われるだろうし、他の先輩もいるのにいきなり美咲さんに絡むなんて。憧れてるのは事実だけど・・・)


 木田さんが笑いながらまとめる。


「いや、でも目標があるのは良いことだし、それが由良だって、もちろん桐生でも一井でもいいと思うよ」


 名前を出された先輩たちが、そんなそんなといった感じで視線を落として小さく首を振る。


「ここのところ、新田の感じが良い方で違ってたのはみんな気付いてたし。選ばれるべくして選ばれてるんだから、自信持って頑張りなよ」


 木田さんが少し真面目な顔で私に声を掛けると、広沢さんがそれに続ける。


「そうだよ、俺らの後輩の芸人でも最近になって新田のこと知ってファンになったってヤツもいるし!」


 そこで私、というか「アイツ」が、もちろんわざとではあるのだろうが調子に乗ったような体で言葉を返す。


「その後輩さんに、握手会で待ってますって言っておいてください!」


(お願いだからそのくらいにして。複雑な気持ちで席に座ってる子もいるんだから・・・)


「おぉ、言っておく、言っておくよ。じゃあ、せっかくだからカメラに向かってそいつに一言、言ってあげてくれよ」


 広沢さんが面白がって更に私に求める。


「後輩さん、来てくださいね。待ってますよ!」


(緊張感のある選抜発表のなかでもこのテンション、すごいなぁ。ウチみたいに真面目な子が多いグループだとこういうのは目立つし、番組としても助かるだろうけど、後が心配・・・)


 ひとしきり私の時間が終わったところで、選抜発表が再開される。


 ここまでに発表された三列目の顔ぶれは、私と一緒に弥子さんがアンダーから上がったものの、他は前のシングルでも三列目に名を連ねていたメンバーたちばかり。そんななか前作が三列目でまだ呼ばれていない二人は、二列目から三列目に移ったメンバーがいなかったため、残念ながら私たちと入れ替えでアンダーに落ちたものと思われた。


 二列目の方も前シングルのフロントから一人、デビュー曲以来、一度も二列目より後ろには下がったことのない、誰もが認める中心メンバーの一人でありファッション誌のモデルを務める里見さとみあおいさんが今回は二列目に入っただけで、他に新しい顔はなかった。

 

 やはり大きくは動かないようだ。


 この時点で呼ばれていないメンバーは前作のフロントから葵さんを除いたメンバーと、葵さんと同様に全てのシングルで二列目以内に入っていて女優としての評価も高い籠守沢こもりざわ都美とみさんだけだ。この時点でスタジオにいる人間のおそらく全員が、木田さんの発表を聞くまでもなくフロントメンバーの構成を確信しただろう。


 そして発表された名前はやはり予想通りで、センターは引き続き美咲さん。これで二人が中心に並ぶ陣形のだぶるセンターを含めると、三作連続で五回目のセンターだ。


「由良、連続でセンターだけど、どう?」


 木田さんが美咲さんにコメントを求める。


「そうですね、最近はありがたいことに私たちを知っている人も増えてきて、そんななかでセンターを務めるのは何回やっても身が引き締まる思いなんですけど、この位置をいただけるのは素直に嬉しいです。でも、まだまだ私たちのグループも私個人も上を目指していかなくてはならないので、引き続き頑張っていきたいです」


 照明の眩しい壇上の新選抜メンバーも、残念ながら椅子から離れることができなかったメンバーも、皆が美咲さんの言葉に共感して頷いていた。


 その想いは司会の二人も同じだったようだ。


「そうだよな。でも由良が言っていた通り守りに入ったら終わりだと思うから、攻め続ける姿勢は大事だと思うよ」


 木田さんの言葉に美咲さんが頷きながら答える。


「そういう意味では、さっきの新田のコメントみたいに一つの目標を達成してもそこがゴールじゃないって気持ちは大事だなと思って。少しハッとさせられました。選抜に頼もしい子も入ってきたので、色々と楽しみです!」


 あの美咲さんが、私なんかのことに触れてくれた。嬉しくて嬉しくて、涙が出そうなくらいなのだが、そんな時でも「アイツ」はいたって冷静だ。他のメンバーと変わりなく、微笑みながら美咲さんの話を聴き小さく手を叩いている。


 その後も、スタジオを出るまで終始「アイツ」は笑顔のままだった。私では考えられないくらい、初めて選抜メンバーに選ばれたとは思えない落ち着きぶりようだ。ここはまだ通過点ということなのだろうか。


 こうして私にとって初めての選抜「入り」発表は終わった。

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