根も葉もなくても華は咲く
くま蔵
第1話 陽の当たる場所
「こっちも一枚お願いしまーす!」
「あっ、こっちも一枚!」
「すみません、終わったらこっちにも!」
掛け声と眩しいカメラのフラッシュの光がひっきりなしに飛び交うここは、あのハリウッドスターの来日時にも使用されたという、都内の一等地に建つ超一流ホテルの一番広く豪華な宴会場だ。
その高額な使用料をものともせず行われているこの日の催しは、国内最大手の化粧品会社、カマクラ化粧品のシャンプーの新ブランドと併せて就任した新イメージキャラクターのダブルお披露目イベントで、その注目度の高さからマスコミや関係者の来場も多く会場はいつもにも増して華やかな様相を呈している。
イメージキャラクターとして登場したのは今が人気絶頂のアイドルグループ「
「今回、メンバーの皆さんがかねてから熱望されていたというシャンプーの、それもかのカマクラ社さんが社運をかけて開発されたという新ブランドのイメージキャラクターを務められることになりました。その率直な感想をキャプテンの
イベントの最後に行われている質疑応答の時間、まずは定番の質問から。
「そうですね、メンバーのなかには仰っていただいた通りこういった商品のイメージキャラクターに起用されることを楽しみにしていた子もいて、こういう機会を与えていただいたことには心から感謝しています。この素晴らしい商品に相応しいアイドルになれるよう、これからも日々精進していきたいと思っています」
模範回答を行ったのは背筋を伸ばし左端に凛と立つメンバーで、お嬢様育ちだったのか、その立ち姿からも品の良さがうかがえる。アイドルの傍ら、スポーツニュースのキャスターやファッション誌のモデルもこなす人気メンバーの一人であり、このグループを
「CM制作などのプロモーション活動も既に始まっていると思います。その辺りについてタイアップ曲となる新曲のセンターを務める
次にマイクを向けられたのは、こちらもファッション誌のモデル、それも超が付く人気モデルで映画やドラマなどでは女優としての顔も見せている人気メンバー。新曲の歌唱フォーメーションにおいて最も目立つ、一番前の真ん中、「センター」を務めるグループの看板メンバーだ。このグループで最も一般知名度が高いとされているのもこの人に他ならない。
「自分たちの楽曲がテレビで頻繁に流れるというのはとても嬉しいのですが、一方で自分の歌が流れると思うと・・・。嬉しいのと共に少し不安もあります。下手クソって思われたらどうしようって」
他のメンバーが自分の前で小さく手を扇ぎ即座に否定している。それはそうだ。この方は人気だけでなく歌やダンスなどのスキルもトップクラスと評される、グループきっての実力者なのだから。あんたでダメならどうなるの、といったところだろう。
「質問はあと一つとさせていただきます。どなたかいらっしゃいますか」
司会者が最後の質問を集まった記者たちに促し会場を見渡す。
「それでは・・・」
一瞬の沈黙の後に手を挙げたのは、大手出版社の週刊誌のベテラン記者だった。
「今回、初のフロントメンバーに抜擢され、その曲にこんなに大きなタイアップが決まったことから、あっという間に世の中に『見つかった』
(またその質問か。どこに行ってもこの質問多いなぁ・・・。私には他に訊きたいことないのかな。まぁ、「アイツ」のことだから適当にアイドルっぽく答えるんだろうけど・・・)
指名された右端のメンバーが、ニコッと軽く微笑んでから答える。
「シンデレラなんてとんでもない。そんなこと言ったら、まるで先輩たちが意地悪なお姉さんたちみたいになっちゃうじゃないですか!」
会場に笑いが広がり、場の空気が一気に和んだのが誰の目にもわかった。
(こういうところ、すごいよなぁ。質問した記者さんだって一期生とか二期生って単語をわざと使って、ピリッとした空気になるのを期待していただろうに。それを上手くかわしちゃって・・・)
「それにシンデレラは魔女のおかげで一晩だけ輝いて、その後は王子様が勝手に好きになってくれてお姫様になるけど、私は自分が努力を続けてその結果で輝いて、たった一人ではない多くの皆さんに愛されるアイドルになりたいので。そうだなぁ、例えるなら・・・サグラダファミリアとか!これ、意味わかります?」
その謎多き発言に、すかさず藍子さんが下ろしていたマイクを再び口元に近づけてツッコむ。
「何それ奏、人間じゃなくなってるじゃない!」
再び会場に笑いが起こる。
(わけわからないけど、こういうのがアイドルらしいってやつなんだろうなぁ。私には絶対に無理。って私なんだけどさ・・・)
「それでは本日のイベントはここまでとさせていただきます」
イベントが終わり楽屋に戻ると、「アイツ」は影を潜め私を支配するのは私だけとなる。私に戻った私は、相変わらずの人見知りと元来の大人しい性格もあり、周りのメンバーと談笑することもなく黙々と帰り支度を続けていた。そんな私にはコミュニケーション能力に長けた先輩たちですら気軽に話し掛けることは出来ないみたいだ。いつもいつも本当に申し訳ない・・・。
それでもまたアイドルをやらなくてはならない状況になったら「アイツ」が出てきて、何事もなかったように涼しい顔をしてやり遂げてしまうのだろう。なんといっても「アイツ」は、皆が抱く理想を具現化したような非の打ち所の無い完璧なアイドルなのだから。
かれこれもう一年半にもなるか。
私がアイドルをやらなくてはならない状況になると、私を押し込めて私の代わりにアイドルをやってくれる「アイツ」は、たしかに私のなかに居座り続けている。
話は一年半と少し前に遡る。
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