第19話 告白
藍子さんとは、夜まで時間があったこともあり一度家に帰ってから待ち合わせることとなった。
私はその間、帰る途中も、家に戻ってからも、待ち合わせ場所に向かうまでの道中でも、先ほどの収録のことを思い出して暗い気持ちになるだけだった。
指定された待ち合わせ場所に着くと藍子さんもちょうど着いたところだったようで、そのまま藍子さんが予約してくれたお店に向かい歩き出す二人。
「この先だから、ついてきて」
藍子さんの後を追い路地に入っていくと、立派な門構えのお店の前に辿り着いた。
「ここ、来たことある?」
私なんかの稼ぎではそうそう入ることのできそうにないお店であったため、私はあるわけがないといった顔で首を横に振る。
「いらっしゃいませ、ご予約のお名前は」
「麹町の柏木です」
慣れた感じで藍子さんがお店に入っていく様子に見とれながら、私は慣れない感じでその背中を追い掛けていった。
「今日って、柏木さんも来るんですか?」
藍子さんがクスっと笑って答える。
「来ないよ。ここ予約する時のルールっていうか、ああ言えば個室の場所とか出入りする時とか、上手いことやってくれるの。長瀬さんが店長さんと昔からの知り合いなんだって」
なるほど。たしかに藍子さんのような人気メンバーがその辺で飲食するわけにはいかないだろうし、そういう仕組みがあるのは納得だ。
「奏だって今では世間に顔を知られているんだから、外で飲食する時は気を付けなよ。柏木さんに相談してみたらいいと思う」
私なんか誰も気づかないと思うし、それ以前に私は仲の良い友達も限られ、そもそも外食する機会が少ないから平気ですと言おうか迷っているうちに、案内先の個室の前に着いた。
「失礼します、お連れさまがお見えです」
店員さんがノックをして引き戸を開けると、個室のなかには葵さんが一人座っていて、携帯電話を操作しながら既に一杯お酒を飲んでいる様子だった。
「葵、飲むの早くない?そんなに遅れてないでしょ!」
藍子さんが半分笑いながらその姿にツッコむ。
「少し早く着いたから、まぁいいかなって思って」
思いもしない同席者を前に私が入り口で立ち止まっていると、藍子さんがグッと腕を引いて私を座らせた。
「言ってなかったけど、今日は葵も時間あるっていうから誘っちゃった」
葵さんがグラスを置いて私にメニューを渡す。
「お疲れ、何飲む?」
その声は私に届いていたのだが、内容は全く頭に入ってこなかった。それより私は今日の出来事を思い返し、葵さんにお詫びをしなくては、お礼を言わなくてはと、何から話せばいいのかわからず一人であたふたしてしまっていた。
「奏も二十歳越えたよね、たしか。明日早くないなら、軽く飲もっか。喋りやすくなるだろうし。何でもいいなら、私と同じの頼んでおくよ?」
ほとんどお酒を飲んだことのない私に注文なんてできるわけもなく、私は藍子さんに言われるままに頷いた。
藍子さんが店員さんを呼び手際良く注文をし始めるなか、少し落ち着いた私はこわごわと葵さんに話し掛けてみた。
「あの・・・。今日は本当にすみませんでした。それと、助けていただいてありがとうございます」
他にも色々と言わなくてはならないことはあったのだが、しっかりと言葉になったのはとりあえずこの二つだった。
「あぁ、あれね。いいよ、別に。あんたのためってだけでもないし」
葵さんは少し笑いながらそう答えて、グラスに僅かに残っていたお酒を飲み干し、ジェスチャーで追加の注文を藍子さんに促す。
藍子さんは横目でそれを見ながら特に返事も確認もせず、さも当然のことのように注文を一つ増やした。二人とも実に慣れた手つきだ。
そして注文を終え一息ついていた藍子さんが、思い出したように葵さんに訊いた。
「そういえば、結菜は平気だった?」
そうだ、葵さんは私に怒って部屋を出ていった結菜さんを追っていったのだった。それは、つい数時間前の出来事なのに随分前のことのように感じられる。
「大丈夫、あの子もバカじゃないから。今頃、奏に悪かったと思ってるよ。きっとね。まぁ、バツが悪いからしばらくはそっけなくされるだろうけど」
葵さんが悪戯な表情で私を見ながら言った。
「結菜さんが怒るのは当然です、私が悪いので。私のせいで、先輩たちにも迷惑を掛けてしまって・・・。本当にすみません」
謝ること以外に、私には言葉が見つけられない。
「もう、とりあえず謝るのはいいから。それよりこれからもお仕事は続くんだから、今日はどうすればいいか一緒に考えよ」
そう話し始めたところで店員さんが注文した飲み物や料理を持ってきて並べ出したため、藍子さんは話すのをやめて、しばらく皆でその様子を眺めていた。
どうすればいいか、か。そうだよね、どうにかしないと。
少し経って店員さんが立ち去ろうとしたところで、藍子さんが再び話し始めた。
「それで、今まではこっちが驚くくらい堂々としてたのに、どうしちゃったの?今日は」
そこまで言ったところで、店員さんと入れ替わるように入ってきた人物が藍子さんの言葉に付け加える。
「今日は、じゃない。今日も、だから!」
入ってきたのは美咲さんだった。
美咲さんは入り際に持ち場に戻ろうとする店員さんに自分の飲み物の注文を告げ、そのまま葵さんの横に腰を下ろし話を続けた。
「この間も何も喋れなくて、今日も何も喋れなくて。あんた今回センターになってから、まだ一言も発してないんじゃない?」
美咲さんは更に続けようとしていたが、藍子さんがそこに割って入った。
「美咲、挨拶も無しにいきなりそんなに捲し立てたら可哀想でしょ。それより、来るの遅いじゃない。今日の雑誌の取材ってそんなに長かったの?」
多忙な美咲さんは私たちと一緒に収録に臨んだ後、一つ別の仕事をこなしてからここに現れたらしい。しかし遅れたのは別の理由だったようで、あきれたような顔でその話を始めた。
「ちょっとさ、聞いてよ。その取材はそんなに長くなかったんだけど、終わったところで柏木さんから電話が掛かってきて。それがスケジュールの話だったんだけど、とにかく長くてさ。しかも半年先の話だよ。そんなに先のこといきなり説明されたって、絶対に私、覚えていられないと思わない?」
葵さんが笑いながら料理を取り分けて美咲さんに渡す。
「ごめんね、今日は美咲の愚痴を聞く会じゃないの。それはまたやるからさ」
藍子さんが仕切り直そうとしたが、その言葉をきっかけにまた美咲さんが話し出した。
「そうそう、奏の話だ。それでホントにどうしたの、あんた。この間までと別人みたいじゃない。ステージに上がったり、カメラが回ったりすると憎らしいくらいアイドルのスイッチが入る子で、凄いなって思ってたくらいだったのに。ここのところは見ていて拍子抜けよ」
葵さんが大きく頷きながら続けた。
「たしかに、選抜に入ってからけっこう一緒に仕事してるけど、この間から急に大人しくなっちゃったよね。何かあった?」
私は、二重人格のことを話そうか、どうしようか真剣に悩んでいた。話さなければ説明がつかないと思いつつも、そんな話をいきなり喋り出して先輩たちにふざけていると思われないか。半信半疑でもあったからだ。
「センターの重圧ってやつ、なのかな。フロントまでって自分一人ってことはないし、どんな感じかってなんとなく想像がつくけど、センターは違うからね。私も葵も経験無いけど・・・」
藍子さんはチラッと美咲さんを見た。
発言を求められたことに気付いた美咲さんが、少し姿勢を正して答えた。
「私は初めてセンターになった時も、何とも言えない高揚感はあったけど、やるしかないって感じで迷いなんか無かったけどな」
藍子さんと葵さんが目を合わせて同時に笑った。
「よく言うよね、何かっていうと私の部屋に三人で集まって話を聞いてあげてたのに。ねっ、葵」
葵さんが頷くのを見て、美咲さんはとぼけたような顔をしてグラスのお酒に口をつける。
この私たちのグループを代表する、同学年の人気メンバー三人組の関係については、インターネット上を中心とした一部のファンや世間を煽ろうとするマスコミから、憶測で「不仲説」なるものを流されてしまうことが少なくない。
そしてそれを信じている人がいるのも事実のようで、少し一緒に居ないだけでも話題にされてしまうのが今の状況だ。人気グループの人気者同士、「有名税」のようなものなのだろう。
しかし実際にはそんなことは微塵もなく、本当に仲が良く信頼し合っているのだろうなと、私はこの短いやり取りを見ていただけでも確信を持つことができて、一人の麹町ファンとして嬉しくなった。
この素晴らしい先輩たちの作り上げたこのグループに、後から入った私なんかが汚点を残しては絶対にいけない。あらためて私は自分がしたことを申し訳なく思い、それと同時に全てを話そうと心を決めた。
この人たちに嘘をつくことは出来ない。そう思ったのだ。
「あの・・・」
藍子さんがどうしたといった顔で頷き、美咲さんと葵さんも話しをやめて私の方を見る。
「今から話すことは、わけのわからない話になってしまうかもしれないんですけど、全て本当のことなので信じていただきたいです」
そう前振りをして、私はいつかの面談の日から今日までに自分に起こったことを、一つ一つ包み隠さずに話していった。
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