#23『もう一度、少年は己が正義に問いかける』

【送信完了】



(……これで必要だったはすべて揃った。ついでに憂さ晴らしもさせてもらったがな)



 標的を蜂の巣にすることにも段々と飽きてきた王太郎は、その視線をへと向け直した。

 すでにヒールアイゼンで踏みつけることによって身動きは封じており、“グラトニー・ガトリング”の銃口もコックピットブロックに突きつけたままである。



「お兄様」


「ああ、わかっている」



 まで時間を巻き戻した王太郎は、そこでようやくこの戦いの本題ともいえる事柄を切り出した。



「オルカ、たったいまお前の辿るべき“結末”の一つをした」


『…………』


「結論を述べよう……貴様は現時刻ここで死ぬ、オレによって撃ち殺される。その“結末”へと至る運命ルートは、オレがトリガーを引くことによって確定する」


『ならさっさと撃てばいい』


「そうしたいのは山々だが、その“結末”は残念ながらオレにとって最善ではない。──だから、お前が選べ」


『何……?』



 モニターに映るオルカが怪訝な面持ちを浮かべた。

 操縦桿の引き金に指を添えたまま、王太郎は先ほどまで死闘を繰り広げていた相手に対し“交渉”を持ちかける。



「これは取引ビジネスだ、オルカ。こちらが出す2つの条件を遵守するのであれば、貴様の身の安全は保証してやろう」


『ボクは時の番人タイムキーパーだ、命乞いなどしない』


「フッ、まあ聞け」



 王太郎の目的はあくまで妹が死ぬ運命を回避することであり、障害オルカを排除することは手段ではあっても願望ではない。

 だからこそ彼は、運命の行く末を自分ではなくあえて相手へと委ねる。不本意ではあったが、そうすることでしか“最善の結末ベストエンド”へ辿り着けないと判断したからこそ、彼は今この瞬間に至るまでを整え続けてきたのだ。



「先刻にも告げたことだが、オレはこの破壊し尽くされた街をタイムリープで戻すつもりだ。そうしたいという意思は今でも変わらない」


『だったら早く実行しろ。歴史に悲劇を確定させるな……!』


「クク、残念だが……本当に心苦しいことだが、それはできんのだよ……オルカ」


『なに……っ!?』


「このガトラベル・アインスがタイムリープを行なった場合、世界はオレという観測者を中心にして再構成される。するとどうだ、確かに街は破壊される前の状態に戻るが、同時に“障害オルカを倒した”という事象までもが消え去ってしまう……それはオレにとって、現状いまよりも遥かに不都合なことだ」



 いくら街を元通りにできたところで、ガトラベル・ツヴァイがまた不知火を襲いに来てしまうのでは意味がない。

 そしてオルカの目的は歴史改変を阻止することであり、『この戦闘をなかったことにする』のは彼にとっても本望であるはずだ。


 王太郎とオルカ、両者にとっての最優先事項。

 それらを照らし合わせた上で、もっとも可能性の残された“妥協案ルート”を提示する。



「『街は元に戻す』、『貴様も殺さない』……その代わり、『鋼城不知火には決して手を出すな』。それがこちらから要求する“第1の条件”だ」


『貴様……ボクを脅すつもりか、街の住民たちを人質にとって……!』


「それで1000万人の命が保証されるのだ、そちらにとっても悪い話ではないだろう? お前はただ“もう一人の命も見逃す”だけ……たったそれだけ、それだけでいい……とても簡単なコトだ」



 大のために小を切り捨てるのではなく、大も小も生かすという選択肢。

 王太郎がオルカに促しているのは、そのような決断だった。


 無論、オルカにとってその選択は『“お父様”の意思に背く』という反逆行為にも他ならない。それは彼の哲学に反する行いであり、きっと彼自身もそれを望まないだろうということは、王太郎とて理解していた。


 そう。理解しているがゆえに、こうして彼は“第2の条件”を用意していたのだ。



「もしも要求が飲まれなかった場合、当機は直ちにこの場で“No.24-XX”を起動させる。……この意味、わかるな?」


『……!』



 “No.24-XX ゼノ・エクスプロージョン”。

 現在ガトラベル・アインスが使用可能な全6種のアクセスコードの1つにして、同シリーズ機には“ネメシス・ナーヴガス”や“イールド・ユアセルフ”と同様に標準装備されている──にも関わらず、時流法によって厳しい制約がかけられているという、カタログスペックにおいては群を抜いて最大威力を誇るギガンティックウェポン。


 発動プロセスは、機体に内蔵されている二基の時流タービンを同調させたまま意図的に暴走を引き起こさせ、オーバーフローによる連鎖的な誘爆を引き起こすこと。

 その威力は、爆心地とその周辺をさせる──と、少なくとも理論上では推定されているらしい。


 つまりここで作動させてしまえば、ガトラベル・アインスもガトラベル・ツヴァイも世界配列このせかいから完全に消滅する。

 ただ爆発でブッ飛ぶのではない。過去・現在・未来のすべてに存在している“王太郎たちを構成する分子ピース”が取り除かれ、それによって生じた隙間を埋めるようにして世界パズルは分解・再構成されてしまうのだ。



『人間の所業じゃない……』


「承知の上だ。そして夢半ばで倒れるのは、何もオレと貴様だけではないぞ……くじらも、この街で毒ガスによって殺された市民たちも、ここに集まっている未来が砕け散る。時を巻き戻した程度では直らないくらい、バラバラにな……」



 仮にその岐路ルートを辿ってしまった場合、『歴史改変を阻止する』というオルカの目的は真の意味でに達成されなくなってしまう。

 それだけではない。くじらの望んでいた『歴史からすべての元凶を取り除く』という最終目標も完全には果たされないし、さらには王太郎自身までもがあれだけ渇望していた『妹と共に生きる』という未来さえも閉ざすことになる。


 ただ、この場にいない不知火だけが生き残る。

 無論、生き残った彼女を守るものは誰もいない。

 その結末はまさしく、王太郎の敷いた『妹の死を回避する』という最低ラインは辛うじて満たしている……たったそれだけのものだった。



「オルカ、貴様に残された選択肢カードは二つに一つだ。この場にいる全員の未来を『救う』のか『殺す』のか……さあ、選んでもらおうか」


『……どちらを選んだにせよ、どっちみちボクは“お父様”の正義に背くことになるな。そんな不平等な条件をボクが素直に飲むと思ったか』


「違うな。そもそもの前提が間違っているぞ」



 今のオルカは、“お父様”の用意した天秤にかけて物事を判断しようとしている。

 その行為そのものが筋違いだった。王太郎が彼に求めているのは、そんな機械的な回答などではない。



「オレはそんな借り物ではなく、貴様自身の正義に問いかけているのだ。何を守り、何を敵に回すのか……お前が決めろ、オルカ」


『何……?』


「お前自身のもっともを優先させろと言ってるのだ。オレと貴様にとってのそれをかんがみれば、オレ達の利害関係もおのずと一致すると思うがな」


『ボク自身の譲れないものだと……? それをあんたが知っているっていうのか』


「ああ、知っているとも」



 オルカが何を基準にして物事を考え、何のために行動していたかなど、もはや過去を“観測”せずともわかる。

 彼がずっと身を案じ続けてきた少女のことを、王太郎は知っている。



「それはお前だ、くじら」


「……へっ!? わたし、ですか?」



 王太郎が肩越しに振り向くと、後部座席リアシートのくじらは意外そうに目をぱちくりとさせた。

 天才を自称している彼女の鈍感さに呆れつつも、王太郎は再びオルカのほうを向き直って問いかける。



「そうなのだろう?」


『………………』


「今さら違うとは言わせんぞ。でなければ、くじらがお前ほどの追っ手を振り切って過去へ跳躍ジャンプできたことの説明がつかない。“アクセラレート・アーマー”を所有するガトラベル・ツヴァイなら、過去へ跳ぶ前に始末することも容易だったはずだ」



 少なくともくじらが2031年に現れた時点で、ガトラベル・アインスは飛行用モジュールを数箇所損傷しているだけであり、タイムトラベルは依然として可能な状態だった。

 それこそオルカが本気になれば、くじらが2131年から跳躍ジャンプを行う前に阻止することもできたはずだ。だが、彼はそれをしなかった。



「お前は“お父様”の正義とは関係なく、お前自身の個人的な感傷によってくじらを見逃したのだ。“図書館”にとっては不利益なその判断も、しかしお前にとっては少なからず得のあるものだった……違うか?」


『……ああ、そうだよ。あの時くじらちゃんを見逃したのは、そうした方がボクにとっては都合が良かったからだ』


「ほう。しかし、貴様が本当にくじらの身を案じているのならば、なぜ“図書館”を裏切ってくじらの味方になろうとはしなかった? こいつもそれを望んで……」


『さっきから偉そうに……貴様に何がわかる!? “お父様”が正しいということをボクが証明しなければ、他に誰がくじらちゃんを赦してやれるんだよ! かつて多くの命を奪った罪悪感で押し潰されそうになっていた、彼女の心を……!』



 追い詰められてなりふり構っても居られなくなったのか、遂にオルカの口から本音が溢れた。


 彼があれほどまで“お父様”の掲げる正義に拘っていた理由。

 それは決して彼が非道な行いを肯定しているわけではなく、それによって傷ついてしまったくじらの自我そのものを守るためだったのだ。


 たとえほんの僅かでも『この正義は間違いである』と受け入れてしまえば、その時点でくじらの“罪”も本物になってしまうから──だからこそオルカは、こそが正しいと叫び続けていたのである。

 たった一人の少女を、肯定してやる為だけに。



「……だから貴様は、あえてくじらと敵対する道を選んだというわけだ。たとえ彼女の期待を裏切ることになろうとも、“彼女を肯定すること”だけは決して裏切らないためにな……」


『その為にも、くじらちゃんには悪いが叛逆を諦めてもらう必要があった。だからあんた達に何度も時間を繰り返させ、その行く先でボクが絶対の壁として立ちはだかれば、いつか心が折れてくれると思ったんだ……』



 そう。オルカの目的は初めからガトラベル・アインスの完全な破壊ではなく、くじらと王太郎に『諦める』という選択を選ばせることにあった。

 でなければガトラベル・アインスが修復作業を行なっていた四日間の間に襲撃がなかったことの理由がつかないし、タイムリープ能力を有するガトラベル・ツヴァイであれば、そうすることも十分可能だったはずである。


 『ガトラベル・ツヴァイは絶対に負けない』という自信と、『いずれくじらは心が折れるだろう』という過信。

 その2つがオルカの複雑な心情を示す何よりの証拠であり、同時に完璧主義な彼が犯した判断ミスでもあった。



「だが、結果として壁は崩れた。が、お前にとっては最大の誤算だった……というわけだ」


『ええ、迂闊にもボクはあんたに“何度も繰り返す機会”を与えてしまった……それが巡り巡って“ボクが絶対に倒せない存在”を生み出してしまうきっかけになったのは、なんとも皮肉な話ですけど』


「フッ、たしかに情けないことこの上ないな。なにせ貴様は、自分が盛大な勘違いをしていることにまだ気付けていないのだからな」


『……どういう意味だ?』


「前提が間違っていると言っただろう。くじらはし、それでもと必死で足掻いているのだよ。いつまでも時間の檻に閉じこもっている貴様なんかよりも、よほど前向きにな」



 オルカから心身を案じれられるまでもなく、くじらは自己に対する嫌悪感などとうに乗り越えているのだ。

 『罪から逃れる』のではなく、『罪さえも自分の一部として受け容れる』ために──それは彼女自身が生来から持ち得る強さでもあるし、共犯者たる王太郎が支えになったことにより、その意志はさらに強固な“覚悟”となっていた。



「オルカくん。私は、私自身の意思で未来に進もうとしてる……だから、心配いらないよ」


『くじらちゃん……』



 結局は自分の空回りであったことに気付かされたオルカは、今一度、己の胸に問いかけるように瞼をそっと閉じる。

 幾ばくかの時間を経て、やがてゆっくりと目を開いた彼は──ただ一言、目の前にいる男に訊ねた。



『カネシロ・オウタロウ。あんたはボクという絶大な壁を前にしても果敢に立ち向かい続け、結局最後まで心が折れることはしなかった……それほどまでにあんたの心を強くしたのは、一体なんだ』


「フッ、愚問だな」



 王太郎は答える。



「オレが兄であるからだ。妹を守ってやるのは、兄として当然の務めだろう?」



 無限回にも及ぶタイムリープを実行した理由としては、あまりにもシンプルで安っぽい理屈。

 あるいは、王太郎が嬉々として語るその在り方こそが、彼の思い描く“ヒーロー”への理想像あこがれそのものだった。


 そして彼は、たとえ世界のすべてを敵に回してでも妹を守り抜く。

 妹の生存を運命が阻むのならば、本気で世界の構造ルールを組み替えることも辞さないだろう。


 王太郎が“そういう男”なのだということは、その執念めいた気迫からも十分過ぎるほど伝わってきていた。

 そんな彼の在り方を嫌でも思い知ったオルカは、しばらく考えた末にようやく自らの結論を下す。



『……まったく。呆れるくらいに妹バカですね、貴方は。相手にするだけでも疲れてしまいそうだ』


「お褒めいただき光栄だ」


『……いいでしょう、そちらの要求は受け容れる。ただし、こちらからも一つだけ条件を出させてもらうぞ』



 王太郎がそれを承諾すると、オルカはすべてのわだかまりを振り払ったような真っ直ぐな視線でこちらを見据える。

 その瞳に、未来への希望と絶望を綯い交ぜにした色を浮かべながら、彼は重々しく口火を切った。



『あなた達が選んだのは修羅の道だ。もしも“お父様”への反逆を企てていることが察知されてしまえば、“図書館”は本格的に排除へと乗り出すでしょう。……きっと今回以上のが、あなた達の行く末を拒んでいくはずだ』


「わかっている。それでもオレは、常に妹の味方であり続けると決めた」


『ああ。だからたとえ何が起きようとも、くじらちゃんだけは絶対に守り抜いてみせろ。その誓いを遵守してくれるのなら、ボクはあんたに全てを譲る』



 男として、幼馴染として──くじらの側に居続けるという役目を、少年は彼女の義兄となった男へと託した。

 その判断が懸命なものだとは、オルカは微塵にも思わない。

 それでも彼は、先の見えない“未来”へと無性に賭けてみたくなったのだ。そう思わせてくれるだけのカリスマ性にも似た不思議な魔力を、王太郎からは感じられたような気がした。



「いいだろう。お前は安心しておウチで宿題でもやっているがいい」


『勘違いしないで欲しい、別にあんたのことを認めたわけじゃないからな……ボクはただくじらちゃんの決断を尊重したい、それだけだ』


「フッ、面白いヤツだ」



 王太郎は満足らしく笑みを漏らすと、あらかじめ用意していたデータファイルをガトラベル・ツヴァイへと転送する。

 緻密な計画のスケジュールが記載されたその情報群をオルカが読み上げていると、くじらが説明を始めた。


「これからアインスとツヴァイのシステムを同期リンクさせ、二機同時のタイミングでタイムリープを発動させます。そしてお兄様とオルカくんには、それぞれ現時点での記憶を保持したまま2日前──2021年12月23日へと遡っていただきます」


『わかった』


「早くしろ。時間が惜しい」



 王太郎が急き立てると、くじらは手際よくタイムリープに必要な数値をコンソールパネルに入力する。

 オルカも同様の作業を行い、すると程なくして稲妻のような光がコックピットのスクリーンを埋め尽くし始めた。時間跳躍タイムジャンプモードへと移行した機体が、両肩の粒子加速装置から放電を起こしているのである。



「これできっと不知火ちゃんの運命は変えられたはずです。あとは、お兄様……あなたがケジメをつけるだけです」


「ああ、わかっている」



 意識が/肉体が遠のいていく。

 ここじゃない何処かに旅立とうとしている兄を、妹はとびきりの笑顔で送り出そうとする。



「ではお兄様、過去みらいでまた会いましょう」



 そう、告げた。

 そして二機のガトラベルから放出されている粒子は、さらに範囲を広げていき_















【送信完了】



 時計の針世界の構造は、ふたたび巻き戻りはじめた書き換えられた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る