#03『たとえ、悪魔に魂を売ろうとも』
時に、西暦2031年。
日本の九州地方南部、鹿児島県にある活火山・
それをある条件下に置くことによって抽出される膨大なエネルギーは、原子力に変わる新たな資源として世界各国から注目された。
動力源としてのサクラニウムの優位性。それは“時間の流れをエネルギーに変換する”という、超常的かつ唯一無二の特性にある。
この性質を応用して造られたサクラニウム原動機──『
その『サクラニウム』及び『時流タービン』にいち早く目をつけたのが、巨大
彼らはその財力をもって島の所有権を取得すると、火山そのものを採掘プラントとして再開発、実質的にサクラニウムの採掘権を独占してしまう。
やがて火山の周りに築かれた拠点は街となり、採掘の富で
「プロト・ワン、各部問題ありません」
「時流タービン、正常に稼動中です」
「サクラニウムのエネルギー
桜島火山の
海神グループが保有するその施設で、王太郎はこれから行われようとしている“実験”に立ち会っていた。
彼の視線の先──コントロールルームの分厚いガラスを隔てた向こう側には、無骨な外観をした機械が広い空間の真ん中で鎮座している。
ただ必要なパーツを大きな箱の中に詰め込んだだけのような、まだデザインすらろくに施されていない鉄と電子機器の塊。
それこそが、海神グループが極秘裏に研究を進めているタイムマシン開発プロジェクトの試作1号機……通称『プロト・ワン』だった。
「始めろ」
「はっ、テスト開始」
「コンバートレベルを基底状態から高位へと推移、出力の上昇を確認……」
王太郎の合図によって、周りにいる研究員たちが一斉にコンソールを操作し始めた。
彼らはキータイピングの音を奏でながら、計測した結果を逐一報告してくる。絶え間なく流れ込んでくる情報の嵐を耳で拾いつつも、王太郎の鋭い視線はあくまで防護ガラスの向こうにいる『プロト・ワン』にのみ注がれていた。
「90……92……95……まもなく臨界点です」
(いけるか……?)
『プロト・ワン』の排気口から放出されている青白い粒子の量を見て、王太郎の中に淡い期待が芽生えていた。
この臨界点さえ突破することができれば、理論上では時流タービンが過剰回転状態へと移行し、さらに光速度を越えることで時間流を加速ないし逆行──より噛み砕いていえば、目標であるタイムトラベルが可能な状態になるとされている。
これまで行ったテストでは、この臨界点へと突入する前の段階でなんらかのノイズが発生してしまっていた。しかし今回はそのような兆候も見られず、時流タービンは順調にコンバートレベルを上昇させている。
オペレーターの叫び声が響いたのは、その直後だった。
「システムに異常発生! 出力、急激にダウンしていきます……!」
「なに……ッ!?」
王太郎がどよめいたのと同時に、『プロト・ワン』からオレンジ色の火花が飛び散り始める。エネルギーを変換する工程で生じる負荷に、タービンが耐えきれなかったのだ。
暴走を防ぐための緊急停止プログラムが作動し、煙を上げている『プロト・ワン』は自動的に停止する。
かくして数度目のテストは、今回も芳しい成果を得られぬまま終了してしまった。
「くそっ、なぜだ……いったい何が足りないというんだ……!?」
王太郎は苛立ちのあまり、思わず頭を抱えるような自問を吐き捨てる。
その周りで落胆している研究員たちも、概ね同じような心境だった。
時間の流れを司るための鍵となるとされるタキオン粒子。それとサクラニウムとの関連性にいち早く気付いた海神グループが、総力を挙げて行なっているタイムマシン開発計画は──実際のところ、その初歩段階で躓いてしまっているのが現状だった。
(『物理法則は過去へのタイムトラベルを許さないだろう』──かの理論物理学者が遺した言葉だったか)
人類の夢ともされるタイムトラベルの可否については、技術的な問題を指摘するものから半ば思考実験に近い理論まで、すでに嫌というほど様々な議論が交わされている。
さらには仮にタイムトラベルが可能だとした上で、倫理的な観点から“タイムマシンの実現”そのものを危険視する意見も決して少なくはない。
そしてタイムマシン開発の最先端ともいえる研究チームの中にも、そのような思想を持つ者がいた。
心に荒波を立てている王太郎のもとへ、白衣を着た一人の女性研究員が歩み寄る。
「社長……たいへん申し上げにくいのですが、これ以上タイムマシンの開発を続けるのは危険かと」
女性の一言により、他の研究員たちがどっと騒めきはじめる。
それは禁句を口にした彼女に対する当然の反応であったが、王太郎はすぐ彼らに沈黙を促してから、改めて女性へと問いかける。
「オレも貴様も、危険を承知のうえでこの場に立ち会っているのではないのか?」
「そういうことを言っているのではありません! この実験の行く末にあるものは、きっと人類が手を出していい領域じゃなあい……
女性は明らかに暴走していたが、止める者はいなかった。それは研究員たち全員が大なり小なり抱いていた疑念を彼女が発言してくれたからであり、それに対する王太郎の返答を、誰もが聞き届けたがっていたからである。
そういった場の空気感を王太郎自身も肌身で感じ取ったが──しかしそれで彼が慎重に言葉を選ぶようなことはなく、かえって尊大な態度で言い放つ。
「世界はオレを中心に
「はっ……?」
「貴様がなにを言おうが、それは机上の空論にしかならないということだ。ヒステリックになって怖気付くのは、この実験が実証されてからにしろ」
その女性研究員は科学者として聡明な人物だったが、それ以上に赤い血のかよった人間である。
ゆえに彼女が意図的な悪意をぶつけてきた王太郎に対して怒りをみせるのは、至極当然の反応であった。
「ヒステリックなのはあなただわ! 己のエゴイスティックな都合だけで、人類全体すらも危険に晒そうとしている……!」
「エゴなものか、タイムマシンの開発は人類にとっての悲願だ」
「
しかし女性の主張は、突然の平手打ちによって強制的に中断させられた。
頬をぶたれてフラついた彼女を、王太郎はなおも冷酷な眼差しで追い詰める。
「踏み入りすぎたな。お子さんもまだ小さいだろうに……残念だよ」
「っ……!」
「もはや貴様など不要だ。連れていけ」
──この男は
黒服たちに連行されていく女性の背中を見送りながら、研究チームの誰もがそのような恐怖を感じていた。
それでも誰一人として止めようとはしなかったのだから、ある意味では彼らもまた“人でなし”の類だと言えるだろう。
この場にいる全員が、とうに狂ってしまっていた。
(
魔王のような暗い微笑を張り付かせ、
「続けるぞ。貴様たちも実験は大好きだろう?」
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