#04『なんと、空から妹が落ちてきた』

「──それで結局、その女性研究員を解雇にしてしまったのですか。はぁ、お気の毒に」



 あれから数時間後。

 実験場を後にした王太郎は、霧咲とともに次なる仕事現場へと移動していた。

 AIアシスタント“ドライアド”が自動運転する車両に揺られながら、今日あった出来事の愚痴を聞かされていた霧咲は思わずため息を吐く。そんな彼女の反応を見て王太郎は、なおさら不満そうに唇を尖らせるのだった。



「自業自得だ。オレに口答えをするからこうなる」


「坊ちゃんらしいクズ……もとい、自己本位ジャイアニズムっぷりですね。私が上司なら即刻クビにしているところです」


「フッ、残念ながらオレはそのクビにする側だ。でなければこんな社会不適合者が組織に属せるハズもないだろう」


「おや、自覚がおありでしたか」



 今まさに“口答え”をしてみせた霧咲だったが、それに対して王太郎が怒鳴り散らすようなことはなかった。

 むしろ気を許すように微笑を浮かべている彼を見て、霧咲は(表情にこそ出さないものの)どこか可笑しな気持ちになってしまう。



(相変わらず身内には甘いのですね)



 他人には非常に徹する大企業の社長も、気心の知れた人間に対してはどこか寛容すぎるきらいがあった。

 霧咲の毒舌に対していちいち腹を立てていないも、彼なりの信頼の証であると言えるだろう。


 ──と、自分のメイドが胸中でそう呟いていることも知らず、王太郎はため息混じりに愚痴を続ける。



「解雇したあの女……正直、切り捨てるには惜しいヤツだったのだがな」


「はぁ。では、どうして?」


「たとえ能力が伴っていようが、些細なことでセンチになるような半端者はうちには必要ないということだ。狂気に身を委ねてこそ研究者サイエンティストというものだろうに」



 もっとも人間性ヒューマニズムとは得てしてそういうものではあるのだが、もとより王太郎はそんなものに端から期待などしていなかった。

 むしろどんなに人間性や倫理観が欠け落ちていようと、有能であれば彼は全幅の信頼を寄せる。海神グループの社長は、そんな人間よりも人としての部下を愛する男なのだ。



「……まあ、もとより他人などあまり宛てにしていない性分なのだがな。ぶっちゃけ大概の仕事はオレがやったほうが早い」


「COOにあるまじき問題発言ですね。あらかじめ録音していなかった私の不用意さが悔やまれます」


「仕方ないだろう、時間とは有限なのだ。この短い生涯のなかで何かを成し遂げるには、たとえ不本意だろうと組織の力を借りるしかなかろう」



 『オレと全く同じ能力を持ったクローンでも量産できれば話は別なのだがな』と、王太郎は冗談めかしく肩をすくめてみせる。

 もっとも彼ならクローンの製造くらい本気でやりかねないことなので、受け手が霧咲でもなければとても成立しないブラックジョークではあるのだが。



「ときに霧咲、今のうちに明日のスケジュールを確認しておきたいのだが」


「はぁ、私はあくまでメイドであってマネージャーではないのですが……少々お待ちを」



 毎日さまざまな仕事に追われている王太郎にとって、予定の確認をする時間といえば移動中か就寝前くらいのものである。

 そんな彼の多忙さを理解している霧咲は、文句こそ言いつつも手慣れた動作でタブレットを取り出した。端末内にもインストールされている“ドライアド”にスケジュール管理アプリを立ち上げてもらい、そこに書かれている内容を淡々と読み上げていく。



「朝5時に起床、6時には出社し、9時から月イチの経営会議に……」


「それくらいの恒例行事ルーチンは把握している。重要なもの以外読み飛ばしてくれ」


「わかりました。では、14時から取引先のオズ・ワールドリテイリング社社長が訪問されるので来客対応。その後18時より、経営者や株主向けの交流パーティーが予定されています」


「また会食か、あまり気乗りはせんな……」



 パーティーという単語を聞いた途端、王太郎は風船のガスが抜けたようにうんざりとしてしまう。

 それを横目に見た霧咲は、彼女にしては珍しく気遣わしげに声をかけた。



「やはり海神わだつみ会長……お父上と顔をあわせるのは気が引けますか?」


「あの男はどうも苦手だ。目の前に立たれるだけで……まるで鏡を見ているように、心を見透かされた気分になる」



 鋼城かねしろ海神わだつみ

 海神グループの創始者にして、たった一代で巨大企業へと発展させた男──そして、王太郎にとっては実の父である。

 現在は代表取締役社長の座を王太郎へと譲っており、自らは同社グループの会長に就任している。

 そのような背景のせいで“親の七光り”と陰口を叩かれてしまうこともあって(理由はそれだけではないのだが)、正直なところ王太郎自身は父のことをあまり快く思ってはいなかった。



「この地位はオレ自身が、実力で勝ち取ったものだというのに……それを解らずに嫉妬するバカどもが多すぎる。そんな奴らとメシなんぞ食いたいと思うか?」


「ええ、残念ながら嫌でも出席してもらいます。すでに衣装のクリーニングを業者に手配してしまったので」


「チッ、心を見透かすエスパーがここにもいたか……」



 すっかり退路を断たれてしまった王太郎は、気を紛らわすように車窓の方へと視線を向ける。

 桜島都心部にかかっている陸橋のうえを走る車。ガラス一枚を隔てた向こう側にある夜景は、ここ数年の間にいくつも建てられた高層ビル群が輝きを放ち、見事なまでの摩天楼を形成していた。採掘プラントが築かれる以前までの自然豊かな情景はそこにはなかったが、これはこれで美しい眺めだと少なくとも王太郎は思っている。


 なにせこの島は海神グループによって再開発された、言わば本社ビルを王城とする企業城下町だ。

 その壮大なまでの絶景が、美しさが、王太郎に君主としての使命感を湧き上がらせてくれる。



(この島は……いや、この世界は余すことなくオレの庭だ。そしてゆくゆくは、時の果てさえも支配してみせる)



 それこそが王太郎の覇道。

 これほどの地位を手に入れてもなお未だ欲望の器を満たせないでいる彼が、たとえエゴイストと罵られようとも欲しているもの──人類の不可侵領域“時間”。

 ずっと心の奥底に抱えてきたわだかまりを清算できるほどの、圧倒的にして絶対的な技術的特異点シンギュラリティ。それが王太郎には、どうしても必要だった。


 いな、成さなければならない理由があった。



(いま推し進めている計画プロジェクトが、少しでもその礎になればいいが……)



 順調にことが運んでいないことに対する鬱憤を振り払うように、王太郎は星々が輝く夜空を見上げる。

 その光点のなかに──いくつか不自然に動いているものを見つけてたのは、そのときだった。



「む、なんだあれは……?」



 最初は旅客機かと思った。

 が、複数の光が蛍のように不規則な軌道を描いて飛んでいるのは、明らかに旅客機のそれではない。

 ならばヘリか戦闘機か……おそらくこれも違う。プロペラの駆動音やアフターバーナーが撒き散らす騒音は微塵も聞こえないし、そもそも自衛隊が出動するような事態が起きているという報告も(今のところ)受けていない。


 ──だとすると、あれは一体……?


 頭上を飛び交っている謎の飛行物体に見入っていると、そのうちの一つがなにやら急激に高度を落とし始めた。

 エンジントラブルでも発生したのだろうか。黒煙の尾を引きながら落下してくるそれは急速的に、尚且なおかつ確実に王太郎の乗る車のほうへと迫ってきていた。



「坊ちゃん!」



 その声で我に返ったそのときには、すでに霧咲は助手席から身を乗り出していた。

 マニュアル操作でハンドルをぶん回し、そして大きく逸れた車体を息つく間もなく真っ直ぐに戻す。先ほどまで走っていた地点に何かが墜落したのは、そのコンマ数秒後のことだった。



DRY-ADドライアド、車を止めて! 坊ちゃん、お怪我は?」


「いや、問題ない……それよりも、今のはなんだ!?」



 まさに間一髪のところで衝突事故を免れた王太郎は、すぐに車を降りて状況を確認しようとする。

 停車させた車から見て数十メートル後方のアスファルトに、空から落ちてきたくだんの飛行物体は激突──否、足を踏ん張ってしていた。


 桜島上空に突如として現れた謎の飛行物体。その正体は飛行機やUFOではなく、なんと巨大人型ロボットだったのだ。

 全高7メートルほどの屈強なボディ。とくに太ももから逆関節型をした脚部までのラインは非常に太ましく、いかにも兵器然とした力強さを感じさせる。

 重厚感のあるパールブラックで塗装された全身に、青く発光するエネルギー供給チューブを張り巡らせ、頭部の単眼モノアイには血のような緋色の鬼火ひかりを灯している。臀部からは尻尾にもみえるケーブルユニットが生えており、全体的に獣のようなシルエットの印象も相まって、どこか刺々しく攻撃的な雰囲気を放っていた。



(飛行能力を備えた作業用人型重機マシンワーカーだと? いや、現代の技術水準でそんなものが作れるとは到底考えにくい……だが現に、アレは上空を高速で飛んでいた。それも推進力なしで……?)



 ――などと王太郎が見たこともないマシンに見入っていた、そのときである。

 首の後ろに位置するコックピットブロックのハッチが開きはじめ、なんと中から搭乗者パイロットらしき人物が身を乗り出してきたのだった。



(有人機! それに、女だと……?)



 乗っていたのは、無骨な人型機械とは不釣り合いなほどに繊細で華奢な少女だった。

 ふわりと柔らかそうなショートボブの銀髪と、アメジストの輝きを放つ大きな目が印象的で、浮世離れした妖精めいた雰囲気を放っている。しかしその身に纏っているのは華やかなドレスなどではなく、体のラインがぴっちりと浮かび上がったパイロットスーツだった。小柄ながらも女性らしい起伏のある体つきが、彼女の非現実的な存在感をさらに深めている。


 年齢は王太郎よりも10つほど下……およそ16、7歳くらいだろうか。なんにせよ、少なくとも面識のない人物であることだけは確かだった。



「助けてください、追われてるんです……!」


「……は?」


「私は2131年からきたあなたの義妹いもうとです! お兄様にいさまっ!」



 鈴を転がしたように甘ったるい……けれど芯の通った声音こえで、彼女は確かに王太郎をそう呼んだ。

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