#22『願わくば、唯一度の勝利を我が手に』

 結局のところ。

 “アクセラレート・アーマー”を発動させたガトラベル・ツヴァイとの大きく開き切った戦力差を、そう簡単に埋められるはずもなく。



『諦めろ、現時刻ここがお前たちの終点ゴールだ』



 何度も。



     『諦めろ、現時刻ここがお前たちの終点ゴールだ』


             『諦めろ、現時刻ここがお前たちの終点ゴールだ』


  『諦めろ、現時刻ここがお前たちの終点ゴールだ』



                  『諦めろ、現時刻ここがお前たちの終点ゴールだ』



 何度も、敗北の結末を迎えた。


 最初はその場から一歩も動くことができないまま、火薬射突式鉄杭パイルバンカーで真正面から胴体を貫かれた。

 その次は開幕の一撃をどうにか回避することに成功したものの、自機を上回るスピードで背後へと回り込まれ、そのままと同じように串刺しにされた。

 接近して斬りかかり、返り討ちにされた。後退しつつ射撃を浴びせようとするも、恐るべき速度で距離を詰められた。近づき、かわされ、狙い撃ち、また躱され……そして最後には、決まって杭を撃ち付けられた。


 およそ考え得るすべての負け筋を辿ったといっても過言ではないだろう。

 ただ積み重なっていくだけの惨敗の記録ログ。それは偶然が折り重なった結果であると同時に、定められた運命に決して人は抗えないという必然だった。



 ──それでも。

 たとえ0.001パーセントでも勝算があるなら、男は何度でも勝負ゲームに挑む。

 たった一度の勝利をその手に掴むまで、諦めるわけにはいかなかった。




















【送信完了】



「……ッ!!」



 コックピットの中で王太郎は、もはや思考するまでもなく反射的に操縦桿を動かしていた。

 真正面から繰り出されたガトラベル・ツヴァイの“ブラストバンカー”による刺突を最小限の動きだけで回避し、つづく第二撃も胴体をほんの少しだけ逸らしてやり過ごす。


 攻撃を躱されたオルカがほんの一瞬だけ動揺をみせた。

 その僅かな隙を見逃さず、王太郎は蹴りの一撃を加える。

 さらに蹴り飛ばした反動を利用してガトラベル・アインスは敵機との距離を離すと、眼下に広がる“ネメシス・ナーヴガス”に覆われた街へと全速力で降下していった。



『スモッグに身を隠したか……小賢しい、それで目眩しをしたつもりかッ!』



 をオルカが吐き捨て、ガトラベル・ツヴァイはガトラベル・アインスを追って濃霧の中へと突入してくる。

 地上付近はスモッグの影響で視界がほとんど閉ざされてしまっており、こちらからは勿論、相手からも姿を視認することは(相当接近しない限り)難しい。


 両者が互いの正確な位置関係を把握できない状況。この場合、相手をいち早く見つけ出して不意打ちを仕掛けるのが定石セオリーだろう。事実、そのように判断しであろうオルカもまた、まずはガトラベル・アインスを視認できる距離まで近付くべく行動を開始していた。



「くじら、レーザー砲を出せ。照準はオレがやる」


「了解。アクセスコードL・Lライトニングレーザー入力、右腕部ライトアームに展開します!」



 王太郎にも敵の姿こそ見えていないものの、しかし彼は敵の位置をしっかりと把握していた。

 ……否、正確には把握しているのではなく、


 ガトラベル・アインスは自身の全長よりも大きな長距離射撃用レーザーライフルを掴み取ると、その三又に分かれた砲身を一見デタラメとも思える方角に向かって構える。

 そして王太郎は3つ数えてタイミングを整えてから、まだ自動照準が固定ロックされていないことにも構わずトリガーを引いた。



 命中。

 視えてはいないが、そう解る。

 “No.12-LL ライトニング・レーザー”から発射された青白い光線は、寸分の狂いもなくガトラベル・ツヴァイに直撃した。


 敵も次元歪曲場防壁バリアフィールドを展開しているせいで撃破にこそ至らないものの、飛行状態を維持できずにそのままアスファルトへと墜落する。

 今のでことができた。は順調だ。



制限時間リミットまで残り30秒……ここまでは目隠しをしながらでも出来るがな)



 難関はここからだ。

 遠方からの狙撃を食らったガトラベル・ツヴァイは、即座にこちらの位置を逆算して割り出し、“アクセラレート・アーマー”の最大速度で向かってくるだろう。


 幸いにも距離は離れている。

 ヤツが接近するまでに、どれだけ足止めを喰らわせられるかの勝負だ。


 そう己に言い聞かせつつも、王太郎はすぐに“ライトニング・レーザー”を機体に投げ捨てさせ──



「いつものを出せ!」


「ええっと……コレですか!?」



 出現した“No.07-GG グラトニー・ガトリング”を間髪入れずに右腕のハードポイントへと装着させ、砲身を大きくはね上げてから前方に構えた。


 ──ヒールアイゼン、固定ロック。エナジーケーブル、接続コネクト


 そして発射シーケンスが整ったことを素早く確認した王太郎は、一切の躊躇なくトリガーを引いた。



「くぅッ……!!」


「きゃっ……!」



 予め想像していたこととはいえ、発砲に伴う凄まじい反動がコックピット内に襲いかかった。

 それでも王太郎は手の中で暴れる操縦桿レバーを必死に押さえ込みながら、重く言うことを聞かない銃身あばれうまを力任せに振り回す。


 ガトリングガンから発射された弾丸は次々とビルの壁面を穿うがち、えぐり、ガラスを散らせ、神経ナーヴガスによって侵され死体の山となった内部のオフィスを、内側から蹂躙していく。

 射線上にあった都会のビル街コンクリートジャングルは、ものの数秒で倒壊していった。ガラス張りの壁はもはや原型をとどめないほど真っ黒に破壊され、各所から火の手が上がっている。さらに被害は連鎖的に拡大していき、かくして目の前の視界をあれほど埋め尽くしていたビル群は、まるでドミノ倒しのように次々となぎ倒されていった。



(残り15秒……)



 炎の照り返しを受け、ビルの崩壊を静かに見つめるガトラベル・アインス。

 だがそのとき──炎の中を突っ切るようにして、白い機影が音速を超えたスピードで近付いてきた。


 倒壊し尽くされたビル街の大通りを、読んで字の如く潜り抜けてきたであろうガトラベル・ツヴァイ。その姿を正面モニターに捉えた王太郎は、すかさず“グラトニー・ガトリング”を応射する。



『無駄だ、弾道はすべて見切っている! 何者だろうとボクの加速スピードには追いつけない……!』


(だろうな)



 “アクセラレート・アーマー”の超加速が圧倒的な強さを誇っていることは、

 たとえ一瞬でも隙をみせれば、文字通り凄まじい速度でつけ込まれてしまう。

 攻めたところで勝ち目などない。だからこそ王太郎は、自らの負け筋をひとつひとつ確実に潰していく方法を選ぶ。



(お前はその加速能力で得た余剰時間リソースの大半を、攻めや守りではなく“敵の観察”に費やす傾向がある。向かってくる攻撃はすべて見切り、『確実に刺せる』と判断した時にだけ接近する……そういう堅実な試合展開ゲームメイクを好むプレイヤーだ)



 なぜそのような一撃離脱ヒットアンドアウェイの戦法を好んでいるのかは……まあ、単に彼自身の正確に由来するものだろう。

 いずれにせよオルカは、決して相手が格下だからといって無茶な短期決戦へと持ち込むタイプではなく──むしろその逆で、いかなる相手でも冷静に力量を測った上で、たとえ時間をかけたとしても最も確実な手段を選び取る。



(……そして、お前の“弱点”もそれだ)



 砲弾のごときスピードでこちらへ向かってくるガトラベル・ツヴァイは、明らかに“グラトニー・ガトリング”の銃弾を一発ももらうことなく、全て回避するように直線ではなくジグザグな機動を取っていた。

 人型タイムマシンの持つ防御力なら、多少の被弾であれば余裕で耐えられるはずである。──にも関わらず、オルカはわざわざ弾道を見切った上で避けようとするのだ。

 そうなれば必然的にも生じる。



「くじら、“チェーンソー”だ! ヤツをここで迎え撃つ……!」


『何もかも遅い……お前の動きは、すべて視えているぞッ!!』


(そうだ……いつだってお前は、目に視える要因を全てを測ったうえで踏み込んできた)



 ガトラベル・アインスは右腕のハードポイントから“グラトニー・ガトリング”を分離パージさせると、即座に新しく出現した“カーネージ・チェーンソー”の柄へと手を伸ばす。

 だが、すでにガトラベル・ツヴァイは目と鼻の先にまで近付いていた。その右手に“ブラストバンカー”を携え、瞬く間に射程距離内へと飛び込んでくる──!



「フッ……だが、これは!」


『なに……ッ!?』



 王太郎はチェーンソーを掴もうとする動作を途中で止めると、片足側だけ打ち込んでいたヒールアイゼンを軸にして、その場で機体を急速旋回させる。


 すると直後──手放したもののが、回転による遠心力をのせた大振りのスイングとなって繰り出された。

 まるで恐竜が尻尾を薙ぎ払うような動きで、“ガトリング砲の銃身”という名の大質量はガトラベル・ツヴァイに横合いから襲いかかる。




 ──そして。

 衝撃に耐えきれなかったガトリングの砲身が、バラバラに砕け散っていくのと同時に。

 “アクセラレート・アーマー”の稼動限界を迎えたガトラベル・ツヴァイが、ガトリングをぶつけられた衝撃で大きく吹き飛ばされた。


 王太郎はついに、運命の112秒無限にも等しい地獄を乗り越えたのだ。



『……驚いたな。まさかここまでやるだなんて……正直、想定外でしたよ』



 まだ勝負が決まったわけではない。

 のらりくらりと立ち上がったガトラベル・ツヴァイは強制冷却を行いつつも、白い増加装甲をバラバラと脱ぎ捨てていく。

 じっと奥歯を噛んでいるオルカに対し、王太郎は有視界通信を介して見せつけるように笑んだ。



「クク、まさかこんなに早くくたばってくれるとはな。貴様はもう少し根性のあるヤツだと思っていたが、とんだ見込違いだったようだ」


『……本当に驚きだ、まだそんな軽口を叩く余裕があるなんてね。“こんなに早く”……? むしろアンタにとっては逆だろう』


「…………」


『アンタは戦闘中にタイムリープを行い、この戦いを何度もした……きっとこの“たった112秒”さえも、何千回、何万回と試行錯誤トライアンドエラーを繰り返して……』



 オルカの推測はズバリ的中していた。

 ガトラベル・ツヴァイが“無敵”となれる112秒、その永遠にも等しい刹那を王太郎たちが乗り越えるためには、結局“死を繰り返すことまわりみち”こそが最短の道だった。

 文字通り敗北を重ね、それによってつちわれた経験値バトンを、次回の自分へと受け継いでいく──そんな気が遠くなるような戦いリレーを、王太郎は今現在に至るまでずっと繰り返してきたのである。



「そうだ……そしてようやく辿り着いた。……オレ一人では決して渡り切れない、困難な道であったがな……」



 言いながら、王太郎は後部座席リアシートに座っている義妹くじらの顔をチラリと見据える。

 最初にこの作戦を聞いた時は無茶だとも思ったが、ここまで来たのならもはや認めざるを得ない。──彼女は、真に“天才だった”と。



「誰しも肉体を一つしか持たない以上、人は逆立ちをしたって二人分の労働を同時に受け持つことはできまい。過重労働オーバーワークを押し付けるのはブラック企業のやることだからな……“戦闘”を行いながらも“タイムリープに必要な演算作業”を並行するなど、どれだけ優秀な人材であろうとも成し得ない神業だ」



 『だが……』と、王太郎は再び正面のオルカを向き直った。

 くじらも強い意志を秘めた眼差しで、彼と同じ方向を見つめる。



「オレは一人ではない……このガトラベル・アインスには、オレと野望を分かち合った妹も乗っている。そしてこの心の中に、絶対に救うと誓った妹がいる。だからお前の加速スピードにも追いつけたのだ……」



 複座型コックピット機構がオミットされている二号機ツヴァイ以降のガトラベル・シリーズでは決して実行できなかったであろう──初期型テストタイプであるガトラベル・アインスだからこそ、実現できたタイムリープ戦法だった。


 そして、そんな橋渡しをしてくれたのはくじらだが──王太郎を何よりも支えてくれたのは、この場にいないもう一人の妹である。

 何度も心が折れそうになったとき、いつも彼女の顔が頭に浮かんだ。

 “彼女の明日みらい”という森羅万象の何物にも変えがたい報酬があったからこそ、この永遠にも等しい時の中を駆け抜けることができたのだ。


 



『その覚悟は認めましょう……でも、まだ勝負は決していませんよ』


「フッ、どうかな。今のオレは貴様以上に貴様を熟知している……だからこそ言おう、貴様はオレを倒せない」


『ならばその言葉、撤回させる……ッ!』



 ごう、とガトラベル・ツヴァイが飛び出した。

 迷いのない直線的な加速で、一気にこちらの懐へと飛び込んでくる。一見すると怒りで先走った攻撃のようにも見えるが、オルカは間違いなく『確実に刺せる』と見込んだ上で行動に移している。

 彼はこの状況においても冷静だった。


 しかしオルカの放った理性的な攻撃さえも、王太郎の反射的な回避が上回る。

 彼はガトラベル・アインスの胴体をほんの数十センチ単位で逸らさせると、たったそれだけで“ブラストバンカー”の刺突を躱し切ってみせた。


 さらにすれ違う瞬間、ガトラベル・アインスは痛烈なボディブローを相手の腹部めがけて叩き込む。

 思わぬカウンターを喰らってしまったガトラベル・ツヴァイは、そのまま為す術もなく仰向けに倒れこんだ。



『……今のも、たのか……』


「いいや? もはや貴様を倒すために時間を巻き戻す必要はなくなっているのだよ、オルカくん。わざわざ未来の先読みなど行わずとも、貴様の攻撃は鼻歌を歌いながらでも避けられる」


『なんだと……?』


「言っただろう、今のオレは貴様以上に貴様を熟知していると」



 王太郎がタイムリープによって積み重ねてきたのは、なにも敗北の記録だけではない。

 彼自身の戦闘経験値──それ自体もまた幾万回の死線をくぐり抜けたことによって、今や膨大に膨れ上がっているのだ。それこそひと一人の生涯分を遥かに超えるような時間を“この一戦”に費やし続けたからこそ、その技術スキルは限界値まで研ぎ澄まされていた。

 彼個人の戦闘能力がどこまで通用するかは定かではないが……少なくとも何万回と相手にしてきたオルカであれば、ほぼ100%に近い精度で打ち勝てる。その確信が今の王太郎にはあった。



「かつて強大な壁であった貴様の価値は、もはや道端に落ちている石ころ以下へと成り下がっているのだよ。……まあ、オレの征く道を阻む障害物という意味では、どちらもさして変わらんがな」


『くッ……!』



 王太郎は倒れているガトラベル・ツヴァイを容赦なく踏みつけると、その強固な装甲へとヒールアイゼンをすかさず打ち込む。

 そうして敵機の身動きを封じると、即座に“グラトニー・ガトリング”を右腕のハードポイントに再装着。その銃口を後背部のコックピットブロックへと押し付けた。



「オレは運命を変える。邪魔するものは、何者だろうと撃ち滅ぼしてやる」



 歪に見開かれた王太郎の瞳に、もはや目の前にいる敵の姿など映っていない。

 彼が撃ち抜こうとしているものは、とっくにオルカではなくなっているのだから──。



 手元のパワーゲージが上昇していくのを確認しながら、王太郎はトリガーにそっと指を添える。


 オルカとガトラベル・ツヴァイが現れなければ、妹が死ぬ未来をもっと簡単に回避することができたはずだった。

 つまりこいつも死の要因、世界の癌だ。

 そんな存在は、このオレの世界にわに必要ない。


 だから殺す。

 必ず、殺す──!



「貴様などアウト・オブ・眼中だ」



 やがてエネルギーが臨界に達すると、一切の躊躇なくトリガーを引いた。

 毎秒60発という速度で打ち出される砲弾の応酬。そのゼロ距離射撃。

 暴食グラトニーの名を冠したガトリングから放たれる75mm口径弾の暴風は、ガトラベル・ツヴァイの重装甲を虫のように食い破っていく。


 そのは、装填された弾丸をすべて撃ち尽くすまで続いた。

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