#21『妹のために、兄は聖者を冒涜する』

【2021年12月25日(タイムリープから4日目)】



 セントクリスマス。

 世界中の人々が祝福に満ちた気持ちで迎えることとなるその日の朝──しかし東京に住む約1000万人は、ともすれば冒涜的とれるやかましいサイレンの音によって叩き起こされていた。


 理由は原因不明のスモッグの発生と、それにともない緊急警戒警報が発令されたこと。

 東京都区内を包み込むように広がった濃紫色こむらさきの霧は、人体への強い有毒性が確認されたため、直ちに注意喚起がなされたのだ。……もっとも、(ガスマスクと防護服を個人的に所有しているようなごく一部を除いて)住民たちはそろそろ毒素に全身を蝕まれて生き絶えている頃合いだろうが。



「あーあ、これで私達も歴史に名を残す大量虐殺犯の仲間入りですねぇー」


「大丈夫だ、タイムリープがあれば生き返る」



 あまりにも悲惨な街の状況に対して、たる二人の会話はひどく軽やかものだった。

 彼らは自分たちが引き起こした生物災害バイオハザードによって、最早ゴーストタウンと化した街並みを上空から見下ろしつつ、なおもガトラベル・アインスに外部接続されたコンテナ状のユニットからカプセルを投下し続ける。


 “No.14-NN ネメシス・ナーヴガス”。

 兵装名が示すように四次元武器庫4Dコンテナから転送されてきたギガンティックウェポンの一つではあるが、その運用目的は他の武装群とは根本的に異なる。

 主に拠点や施設の制圧を目的とし、そこにいる者たちを迅速かつ効率的に喰らい殺す対人化学兵装──それは人類が持つ負の部分のみを圧縮したような、歴史上においてもっとも忌避されるべき禁断の兵器だった。



(人道からはもっとも外れた場所にあるこの神経ナーヴガスを、忌み嫌うのは当然だろう。……マトモな感性を持つ、真っ当な人間であれば、な)



 王太郎もくじらも決して殺人趣味の快楽主義者というわけではないが、倫理観などという不明瞭なもののために過激な手段を取り下げるほどお人好しでもない。その一点において二人の意向は合致していた。


 ゆえに彼らには迷いがない。

 そこにあるのは『どんな手を使ってでも目的を達してみせる』という、強い意志のみ。とうに彼らは、名実ともに真っ当な人間ではなくなっていた。



(だからはやく来い、警察子イヌ。誰よりもお前なら、こんな状況を見過ごせるハズはないよなぁ……?)



 そんな胸中での呼びかけに応じたかのように、機体のレーダーが遠方から高速で接近してくる機影を捉えた。

 コックピット内に小刻みな警告音が鳴り響き、前部座席フロントシートに座す王太郎もすぐさまモニター上ににガイドが示された方角を見やる。スモッグが散布されている影響で、ハッキリと目視することまではできなかったが──その正体が白い増加装甲に覆われたガトラベル・ツヴァイであるということは、わざわざ姿を確認するまでもなかった。



「ガトラベル・ツヴァイ、遭遇エンカウントしました。お兄様、準備はいいですか?」


「無論だ。そして気を引き締めろ、この作戦の要はお前なのだからな」


「大丈夫です。は私に任せてくださいっ」



 くじらからの軽快な返事を聞き届けた王太郎は、再び前を向き直ると──



「さぁ、白黒つけようか」



 歪に口端を吊り上げ、ペダルを蹴り込んで人型を飛び立たせた。

 “No.03-C C カーネージ・チェーンソー”を構えた漆黒──ガトラベル・アインスが、その大振りな刃を振りかぶりながら標的に向かって一直線に突っ込んでいく。

 純白──ガトラベル・ツヴァイもまた即座に機体の全長ほどある巨大な両手斧“No.20-TT タナトス・トマホーク”を虚空から取り出すと、直後に飛んできたチェーンソーを刀身で受け止めてみせた。



「クフハハハハッ! こんな早朝からお勤めご苦労だなぁ、オルカくん!」


『貴様……ッ! なんの罪もない民間人を無差別に攻撃したりして、いったいどういうつもりだ!?』



 接触回線が開くや否や、すぐにオルカからの怒声が飛んでくる。

 あまりにも予測していた通りの反応だったため、王太郎は思わずほくそ笑んでしまった。



『何をわらっている……!?』


「いやあ、すまないと思ってな。別にオレやくじらは、何も“時の番人タイムキーパー”を敵に回したいってわけじゃあないんだよ」


『こんな惨状を作り出しておいて、どの口が……!』


「フッ、本当さ。壊した街はタイムリープを使って戻すつもりだったし、だから誰かの命を奪うつもりだって毛頭ない……そう、これはただの遊戯ゲームなのだよ。リセットボタンを押せばすべて元に戻る、現実ではない幻想ゆめの中での戯れ……」



 言いながら、有視界通信がたしかに開いていることを確認した王太郎は──その表情を相手へと見せつけるように、愉快そうな笑みをさらに強めていく。



「ククク……でもしょうがないよなぁ……? たとえいずれは消えゆく夢現ゆめうつつだとしても、が観測されたとなれば、“図書館”の犬はそちらの対処を優先せざるを得ないものなぁ……?」


『! まさか……わざと自分の歴史影響度パラドクスレベルを引き上げることで、ボクを誘い出したというのか……? カネシロ・シラヌイへの奇襲に先手を打つために……』


「これはゲームだと言っただろう? 今は盤上に集中したまえッ!」


『……ッ!!』



 いつの間にか接続部分アタッチメントにエナジーケーブルを挿入されていた“カーネージ・チェーンソー”が、鎖鋸くさりのこを急速的に回転させはじめ、凄まじい量の火花を散らしながらトマホークの刀身をジリジリと削り裂いていく。

 そのまま出力を上げたガトラベル・アインスは、勢いのままに相手をトマホークごと振り飛ばした。


 得物を手放してしまったガトラベル・ツヴァイは空中でどうにか体勢を立て直すと、すぐさま飛翔する巨大な拳フリューゲル・フィストを射出。続けて両肩に大量の自律誘導弾を内蔵したコンテナ──“No.13-MM メテオストーム・ミサイル”を展開・全弾発射させ、圧倒的な火薬量による弾幕を瞬時に形成する。



『カネシロ・シラヌイの身柄を隠したのもお前なんだな……っ!?』


「ハッ、知らんなぁ!」



 もちろんハッタリだ。

 日が昇るよりも前に部屋から連れ出した不知火の身柄は、“ネメシス・ナーヴガス”の危害が及ぶ範囲外の安全な場所にて待機させてある。

 どうやらオルカには早くもそれを看破されてしまったようだが、だからといってこちらの作戦に支障が出るわけではないため、気にする必要もなかった。



(ククッ、後手に回るのはオレの趣味じゃないのでな……貴様にはオレの用意した戦場フィールド規定レギュレーションで相手をしてもらうぞ)



 ギガンティックウェポンの携帯数で勝るガトラベル・ツヴァイによる、連続換装を駆使した波状攻撃。

 王太郎はまず最初に真正面から飛来してきた“フリューゲル・フィスト”を、迷わず真横に跳んでかわそうとし──



 避けた先で、ミサイルの集中砲火に晒されてしまった。

 炸裂した火薬はガトラベル・アインスの装甲をいとも容易く食い破っていき、機体は為す術もなく爆s_












【送信完了】











「……!!」



 王太郎は真正面から飛んできた巨大な鉄拳をとっさにチェーンソーで唐竹割りに叩き切ると、即座に機体を真後ろへと退かせた。

 真っ二つに割れた“フリューゲル・フィスト”が数瞬ほど遅れて爆発し、こちらへ向かってきていたミサイル数発を巻き込んで誘爆させる。


 だがそれで安心する間も無く、残ったミサイルたちが群れをなして一斉に突っ込んできた。

 流星雨メテオストームの名に違わぬ物量の嵐は、逃げようとしたガトラベル・アインスの背中へ容赦なく降り注い_




【送信完了】




 王太郎は決して背中を向けることなく、逆になんと自分からミサイルの大群へと機体を突っ込ませた。

 思い切りのいい……しかし、どう見ても無謀としか言いようのない行動だった。数十基ものミサイルが織り成す弾幕を掻い潜ることなど、それこそ体感時間を加速させる“アクセラレート・アーマー”でもなければ出来ないような芸当である。



【送信完了】


【送信完了】


【送信完了】



 だが、そんな鹿は現実に起きた。

 四方八方を飛び回るミサイル。その弾道のひとつひとつが肉眼ではとても捉えられないスピードであるにも関わらず、ガトラベル・アインスは巧みなマニューバさばきで、次々とそれらをかわしていく。


 まるでミサイルの方から標的アインスに道を譲っているかのように──ついに黒い機体は一発ももらうことなく、無傷のまま弾幕を切り抜けてみせたのだ。

 思わぬ大陶芸サーカスを見せつけられたであろうオルカは呻き声を上げる。



『あれをすべて避け切っただと……?』


「クフハハハハハ! 止まって見えるぞぉッ!」



 そして加速を緩めぬまま、ガトラベル・ツヴァイの懐に躍り出た王太郎は冷徹に斬りかかる──!



「……!」



 だが、横薙ぎに振るった“カーネージ・チェーンソー”は虚しく空を切った。

 確実にガトラベル・ツヴァイを両断できる間合いだった──にも関わらず手応えはなく、あるのは残滓ざんしのような赤い粒子のきらめきのみ。


 かつて味わった絶望の片鱗が、王太郎の脳裏をかすめる。

 思考するまでもなかった。あの間合いから放った斬撃を躱せる方法など、たった一つしか思い浮かばない。



『誰が……“止まって見える”ですって……?』



 すぐさま転じた視界の先に、“アクセラレート・アーマー”の加速能力を発動させたガトラベル・ツヴァイの姿はあった。

 おそらく攻撃を食らう直前に加速して振り切ったのだろう。今まさにオルカは、彼自身の手札にある最大のカードを切ったのである。


 ──が、稼働時間が5秒にも満たないうちに、オルカはどういうつもりか“アクセラレート・アーマー”を再び等速状態セーブモードへと切り替えた。

 112秒の制限時間リミットを迎えるまでは随分と余裕があるはずだが、エネルギーを温存することで少しでも息切れを先延ばしにしようとしているのだろうか? 王太郎は瞬時にあらゆる憶測を立てつつも、その真意を探るように言葉を返す。



「フン、違うというのか? 貴様ら番人イヌどもは秩序の名を借りて、人類を歴史ごと時の監獄ディストピアへと閉じ込めているだけではないか。ただ、に留まっているだけ……時計の針を進めることも、そして戻すことも禁忌としてな」


『世迷言を……“図書館”が守っているのは、徹底した管理体制によって築かれた理想郷ユートピアだ! それで人類の平和が保たれるなら、ボクの行いもまた正義に他ならない……!』



 オルカの主張はあくまで一貫していた。

 秩序の維持を何よりも重んじている彼は、人類全体にとっての平和を美徳とし、またその平和状態が揺らぎかねない時流犯罪──すなわち歴史の改変行為を何よりも憎んでいる。


 99の民を救うためなら、1の命を切り捨てることに何のためらいも抱かない。そんな彼の在り方は、まさしく理想的な“正義の味方よごれやく”そのものだろう。



「でもオルカくんが信じているのは、“お父様”の借り物の正義でしょう? それは本当の正義なんかじゃないよ……」



 オルカの語る正義というのも、所詮は“図書館”の創立者によって定められた基準でしかない。

 そのことを指摘したくじらだったが、それに対してオルカはひどく落胆したような声音で応える。



『くじらちゃん……“お父様”の理想を否定することは、たとえキミであっても許さないよ。戦争のない以上に幸福な世界なんて、あるはずがない……!』


「違うよ、オルカくん」


『何が間違っているというんだ!? 戦争行為の原因をすべて排除し、いずれ恒久的な平和を実現することが確定した最善最高のタイムライン──それが“お父様”の目指した正しい世界だ!』


「だから、んだよ……オルカくん。たしかにキミの理想はそんな優しい世界かもしれないけれど、それはきっと“お父様”の言うとは違う」


『……何が言いたいんだい』


「本当に“お父様”の目的が悲劇を回避することなら、でも20世紀に世界大戦が起きているのはなぜ? ヒロシマとナガサキに原爆は落ちているのはどうして?」



 それは二人の会話を聞いていた王太郎にとっても、くじらの言葉を聞くまでは気付かなかった矛盾点だった。

 人類史と戦争の悲劇が切っても切り離せない関係にあるということは、歴史の教科書にも書かれている周知の事実だ。“図書館”に属していない王太郎ですら、そのことは常識として記憶している。


 そう、“戦争が起きたという過去”は間違いなくとなっているのだ。

 歴史になっている──それはすなわち、“図書館が容認した世界線ルート”だということに他ならない。


 “

 歴史の裏側を知らない人々からすればなんでもないその事実は、正義を誰よりも崇拝するオルカに対してのみ鋭利なナイフのように突きつけられ、彼の貫いてきた信念を痛烈に揺らがせる。



『それは……それらはいずれ理想郷ユートピアを築くために、必要な行程だったんだ。犠牲なくして繁栄は得られない』


「そう。少なくとも科学の発展という視点から見れば、戦争の歴史も間違いなく必要不可欠だった。『戦争は発明の母』なんて言葉があるけれど、実際は反吐が出るくらいにその通り……きっとわたしやオルカくんのような兵器なれのはても、死者の土の上でしか生まれることができなかった」



 人の科学技術が行き着いた末路ジーニアス・アーキテクチャーシステム……と、かつてくじらは自らを卑下していた。

 そして彼女は、自分とオルカがであるとも称していた。


 くじらはそれ以上を語ろうとはしなかったが、おそらくそれは言葉通りの意味だったのだろうと王太郎は推測する。

 “図書館”によって生み出された人型ひとにして人間ヒトならざる異形の存在──それがくじらであり、オルカであり、人型タイムマシン・ガトラベルである。いわば彼女たちは戦争や悲劇の抑止力であると同時に、真の意味での平和を破壊した諸悪の元凶でもあるのだ。



 ──“私が造られる”という出来事そのものを歴史から抹消し、タイムマシンが存在しない未来に変えること。この宇宙からタイムマシンによって起こされた全ての悲劇を消し去る……それが私の最終目標です。



 自分自身の存在を消そうとしているくじらの気持ちが、ここにきて少しだけわかったような気がした。



『“お父様”の掲げる正義は、所詮はただの独りよがりでしかないと……つまりキミはそう言いたいんだね』


「わかってくれたなら、道を譲ってくれると嬉しいんだけどな」


『残念だけど、それはできない。“お父様”の真意がなんであれ、ボクがあの人の理想を正しいと思う気持ちは変わらない……たとえそれが借り物だろうと、ボクはのために戦うだけだ』



 大のために小を切り捨てる。

 たとえ傲慢と罵られようが、それがオルカ自身の抱く“正しさ”であることには変わりない。

 彼がそのような結論に至ることはわかっていた。……わかっていたが、心の奥底で期待を捨てきれずにいたくじらは、諦めたように短く溜め息を吐いた。



「……そっか」


『キミにはあるのか? 絶対に敵わない相手ボクのガトラベルに、立ち向かうだけの正義りゆうが』


「正義なんてないよ」



 くじらは即答した。



「でも、“願い”ならある。私はそれを叶えるために、キミには何としても退いてもらわなきゃならない」


『無理だね。対時流犯罪者タイムクライマー戦に特化した装備を複数所持する実戦型ツヴァイに、元開発班のキミと試験型アインスが勝てるはずない』


「いいえ勝てます、だってくじらちゃんはですから。……ねっ、お兄様?」



 くじらはこちらの顔を覗き込むと、自信に満ちた表情で微笑みかけてきた。

 王太郎も肩越しに彼女のほうを振り向き、半ば呆れたような笑みを返す。



「フン……だから今朝にもあれほど言っただろうが、ヤツとは戦わなければ永久に分かり合えないとな」


「でも、これで迷いは完全に断ち切れました。私たちが“時の監獄おとうさま”の支配から脱出するには、やはり門番かれを直接ブッ飛ばす以外に道はないようです」


「元よりオレはそのつもりだ。永遠に針が回らない世界になど、オレは意味を見出さない……妹を救い、そしてオレ自身の止まった時間を、もう一度動かすためにも──」



 操縦桿を固く握り締めた王太郎が、再び正面モニターへと向き直る。

 前方で静止していたガトラベル・ツヴァイもまた、“アクセラレート・アーマー”を倍速状態アクセルモードへと再移行させていた。さらに右腕部にも“No.02-BB ブラストバンカー”を出現させ、オルカは完全な臨戦態勢となる。


 立ちはだかる強大な運命に対し、王太郎は挑むように言い放った。



「まずは貴様という障害物を排除する。すべてをこの手に取り戻すまで、オレは何度でも運命きさまに抗ってやる……ああそうとも、だ」


『そうはさせない。あんたはここで倒す、そしてカネシロ・シラヌイにも人柱となってもらう。──ここから先の未来へは、一歩たりとも踏み入れさせない』



 白と黒。

 番人と叛逆者。

 正義の味方アルトルイスト利己主義者エゴイスト

 相対する2機の人型タイムマシンは、互いに凍てついた視線を交差させると──次の瞬間、死の濃霧ナーヴガスに包まれた首都・東京の空にて激突した。


 ときの行く末は、この聖戦ゲームの勝者の手によって委ねられる。

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