#18『もう既に、刻まれた針は戻せない』

【2021年12月24日(タイムリープから3日目)】



「動かないでください。霧咲ざくろさん……あなたの負けです」



 4Dコンテナ四次元武器庫から取り出した“グラトニーガトリング”の銃口を霧咲の背中へ突きつけながら、王太郎を助けにきたくじらは外部スピーカー越しに勧告を促した。


 なおガトラベル・アインスの飛行モジュールは依然として自動修復の最中であり、未だガトラベル・ツヴァイと交戦できるような状態までは直っていない。

 しかし王太郎との連絡が急に途絶えてしまったことから、急いで彼のいる位置座標へと空間転移ワープアウトしてきたのである。


 (もっとも原理的にはいわゆる瞬間移動ではなく、ほぼ同一時間上に位置する学校の屋上から離れた座標への時空間跳躍タイムトラベルを行っただけにすぎないのだが)何がともあれとにかく間一髪だった。

 霧咲は王太郎の首元からゆっくりと手を離しながら、ガトラベル・アインスのほうを肩越かたごしに振り向く。



「はて、追跡されないよう手は尽くしたつもりでしたが……どうやら私の詰めが甘かったようです」



 彼女がそのように疑問を抱くのも無理はない。

 実際にGPSの信号は途切れていたし、万が一追っ手がいたときのための偽装工作も完璧だった。こうしてくじらが逃走先を割り出せた理由については、霧咲はおろか王太郎さえわかっていないことだろう。



(そろそろ、隠し通すのも限界かもしれませんね……)



 正面モニターに映る王太郎の顔を見据みすえながら、何かを決心したくじらはその視線を改めて霧咲へと向けなおした。

 指先をトリガーに添えつつ、真犯人である女性に向かって再度呼びかける。



「抵抗しなければ殺しはしません。どうか言うことを聞いてください」


「……言われずとも、そのような兵器に生身で挑もうなどという気は起こしませんのでご安心を。正直、理不尽さに腹立たしくはなりますが」


「あなたに個人的な恨みはありませんが、これも不知火ちゃんが死ぬ運命を回避するためです。……すべて、話してくれますか?」


「…………」



 もし霧咲が不知火の歴史影響度パラドクスレベルを知った上で犯行に及んだのであれば、その裏にはタイムトラベラーの関与が……あるいは彼女自身が歴史改変者ということになる。

 くじらもその可能性を有力視していたのだが、しかし霧咲はすぐにこれを否定した。



「残念ながら。私はただ個人的な理由と私情だけで事件を起こした、単独の誘拐犯に過ぎません。いえ、今となってはそれも未遂に終わってしまいましたが」


「そんな……」


「……ですが、貴女や坊ちゃんを見ていると、私もついそんな風に物事を考えてしまいたくなりましたね。『はじめから私は、仕組まれた運命というものに弄ばれていたのかもしれない』……と」



 それを仕組んだのは神かもしれないし、あるいはもっと超常的な何かなのかもしれない。

 父を殺され、母に体を傷つけられ、そして不知火を人質に取ることで、自らが生まれてきた意味そのものを探ろうとした。──その“運命”さえも仕向けた者が本当にいるのだとしたら、その者はきっと意地悪で不公平な性格なのだろう。


 霧咲はそんな“なるべくしてなった”自身の半生を悲観したが、同時にほんの少しだけ気持ちが軽くなっていくのを感じていた。



「ああ、きっとすべて運命だったのですね……父も母も私も不知火様も、運命という存在に愛されなかった……ただ、それだけのことなのでしょう」


「ざくろさん……」



 くじらが気遣わしげに声をかけようとした──そのとき、一発の銃声が彼女の耳を殴りつけた。

 撃ったのはガトラベル・アインスではない。


 いつの間にか霧咲の手に握られた拳銃から、ゆらゆらと硝煙しょうえんが立ち上っていた。そして彼女の傍らには、腹を撃たれて大量の血を吐き出している王太郎の姿があった。



「お兄様っ……!?」


「……坊ちゃん。私も貴方と一緒に、世界の中心に」



 呟きながら、霧咲は撃ったばかりの拳銃の先を、自らの小さく開けた口にくわえ込むと──



「立ちたかった」



 ゆっくりと目を閉じ、引き金を、引いた。

 くじらも咄嗟に呼び止めようとしたが、間に合わなかった。


 発砲の衝撃で霧咲の体が後ろに吹っ飛び、地面に勢いよく倒れこむ。

 頭部はなかった。顔はもはや原形をとどめておらず、およそ言葉では形容しがたい壮絶な表情へと成り果てている。



「そんな……なんで……っ!」



 くじらはたまらなくなってコックピットハッチを開けると、すぐに廃工場の床へと降り立つ。

 鋼城王太郎は撃ち殺され、その後で霧咲ざくろも自らの命を絶ってしまった。その生々しいまでの痕跡が、たったいまくじらの視界一面に広がっている。



「お兄様……!」



 くじらは悲痛な声で叫んだ。

 その声にぐったりとしていた彼の顔が上がり、薄くまぶたが上がる。



(! まだ生きている……!)



 撃たれた腹部からは大量に出血し、顔面も蒼白としているものの、まだかすかに息があった。

 胸が苦しくなるほどの焦燥しょうそうに襲われながら、くじらは彼の腕を縛り付けている紐を外し、その体をぎゅっと抱き寄せる。王太郎はかすかにうめき、くじらの胸の中でささやいた。



「く…………じら……」


「……大丈夫ですよ、お兄様。あなたとの契約は、こんなところで終わりになんてさせませんから」



 ──もとより後戻りできる段階など、とっくに通り過ぎているのだから。


 くじらは自分よりも大きい王太郎の体をどうにかかつぐと、そのままゆっくりと一歩を踏みしめる。

 彼女の目指す先──そこにはときめぐる方舟たるガトラベル・アインスが、暗闇をあわい光で照らしながら静かにたたずんでいた。





 王太郎がしばらくの眠りから覚めると、そこはガトラベル・アインスのコックピットの中だった。

 後部座席リアシートに寝かせられた体は麻酔ますいを打たれたように上手く起こすことが出来ず、辛うじて動く眼球のみを動かして辺りを見回す。


 するとかたわらには、心配そうにこちらの顔を覗き込んでいるくじらの姿があった。

 彼女は懸命に王太郎の手を握っていたが、肌の感覚もなくなっているため、こうして直接見るまでは触れられていることにさえ気付くことができなかった。



「霧咲はどうなった?」


「……お兄様を撃ったすぐ後で、自決を」


「そうか」



 半ば予想していた通りの結果を告げられ、王太郎は落胆とも残念ともつかぬ気持ちになってしまう。

 霧咲ざくろが死んだという事実は、自分でも驚くほどにすんなりと受けれることができた。それは決して薄情からではなく、彼女自身がすでに未来に希望など見出していないことを、直感的に悟っていたからである。


 ……と、王太郎はそこで自分の体から無数の管のようなものが伸びていることに気付いた。

 雪のように真っ白な神経繊維しんけいせんいを彷彿とさせるそれらは、先ほど銃弾を撃たれたばかりの傷口にぬいい付けられている。


 そして糸の行く先を目で追っていくと、なんと外に横たわっていると繋げられていた。



「“No.25-YY イールド・ユアセルフ”。戦闘用ではなく、物質資源の転換・再利用を行うためのギガンティック・ウェポンです」



 王太郎が問いただすよりも前に、先んじてくじらはそう説明した。

 “自己生産”を意味する兵装名。武装ウェポンとは名ばかりのその装備は、どうやら現地調達した資源を用いて、機体や搭乗者の破損個所・怪我を修復することができるらしい。


 この場合において“資源リソース”とは、すでに動かなくなった霧咲の亡骸なきがらのことを指していた。



「なんとも合理的なのだな、2131年の医療倫理は……」


「荒療治的ではありますが、緊急だったことはご理解ください。あの状態からお兄様を蘇生させるには、手段をごのみしている余裕もありませんでしたので」


「蘇生、か。まるでオレが死んでいるような言い草ではないか」


「はい。お兄様はすでに一度、肉体的な“死”を経ています」



 半分は冗談……そしてもう半分はブラフのつもりだった王太郎のセリフを、くじらは言い逃れしようとする素振りすら見せずにすんなりと肯定した。

 彼女は躊躇ためらいがちに目をそむけてから、やがて踏ん切りをつけたように詳しく説明する。



「結論から言います。今のお兄様の体は、ナノマシンを有した生体義肢クローンボディ──つまり普通の人間のものではないんです」


「……どういう意味だ?」


「ガトラベルが時間跳躍ジャンプを行う際、機体そのものや搭乗者は微粒子レベルに分解された上で過去への“転送”が行われます。しかしナノマシンを持たない通常の人体は、正確に伝達を行うことができず、また仮に別の時間から送られてきた記憶データのみを受信しても、脳の海馬が負荷に耐えきれず焼き切れてしまうんです」



 あえて端的に言うならば、『普通の人間のままでタイムトラベルは行えない』……という旨をくじらは告げた。

 そして2131年の人類は“ナノマシン”を体内に移植することで、その問題を解消することに成功したという。彼女はこの工程を『フォーマット化』と言い表した。



「一度フォーマット化された人間は、その時点でガトラベルと紐付けされるんです。その状態であればガトラベルの量子通信を受信でき、記憶の上書き行為──いわゆる、タイムリープが可能となります」


「……まさか、オレのいる場所を割り出せたのも」


その通りですイグザクトリー。お兄様は受信者レシーバーとして登録されていたため、ナノマシンの反応から位置座標を特定することができました」



 聞けば聞くほどに、王太郎は自分がすでにヒトならざる何かへと変容していることを自覚していった。


 ──視力が急激に回復し、もはや眼鏡をかけて矯正きょうせいする必要がなくなっていたのも。


 ──身体能力が飛躍的に向上し、ガトラベル・ツヴァイの単眼モノアイを素手で殴り砕くことができたのも。


 ──ガトラベルの操縦方法を一切教わっていなかったにも関わらず、気付いた時には実戦レベルで動かせるようになっていたのも。


 2021年に来てから王太郎の身に起こった不可思議な現象の数々は、そのどれもが『身体そのものを作り変えられた影響』という理由で説明づけることが出来るものだった。

 それらの情報を頭で整理していくうちに、王太郎の中である一つの疑念が芽生える。



「オレが2031年から時間跳躍タイムトラベルを行ったその時点で、すでにこの時代の構造は“オレの経験した2021年”と同一ではなくなっている……この話に間違いはないな?」


「ええ。この時代は過去であると同時に、“お兄様が10年前に跳んだ”という行動の結果をり込み済みのでもありますので。言うなればここは世界配列の変動が起こった後のタイムライン──『2021年 タイプB』と呼べる場所です」


「なら、この時代に……はどうなったのだ?」



 ──ナノマシンを持たないただの人間では、ガトラベルから送られてきた“未来の記憶セーブデータ”を受信ロードすることができない。


 くじらはそのように語っていたが、王太郎のこれまでの経緯とその証言を照らし合わせてみると、明らかな矛盾が生じる。


 2021年の王太郎が、で目覚めたこと──その説明が付かないのだ。

 当然ながらオリジナルのタイムラインにおける彼は10年前の時点でフォーマット化などされていなければ、そもそもガトラベル・アインスやくじらと出会ってすらいない。

 つまりこの時代の“ナノマシンを持っていない王太郎”が、10年後から送られてきた記憶データを受信することなどまずあり得ないのである。



(そう、あり得ない。だからこそオレは、ある大きな勘違いをしていたことに気付いた)



 受信したのは10年前の王太郎ではなく、当時の彼自身を基にして生成された生体義肢クローンボディだった──それならば全ての辻褄つじつまも合う。

 そして、元々この時代にいた“ナノマシンを持たない王太郎”は、おそらく……



んだな? まるでドッペルゲンガーが本物の存在を消して、すり替わるように……」



 その考え自体は、王太郎が推理によって導き出した憶測でしかなかったが──そう口にした途端、まるで記憶の扉が開けられたように、2021年へと到着した直後の出来事が思い出されていく。


 ナノマシンを持っていなかった2031年の王太郎は、肉体から切り離された記憶のみをデータ化して過去へと飛んだ。

 そして跳躍後、ガトラベルに保管されていたバックアップデータから生体義肢クローンボディを再生成。その時点でフォーマット化も施したうえで、“ドッペルゲンガーとなった王太郎”は“元々この時代にいた王太郎”を殺したのだ。


 あとは(おそらくくじらの手によってこの一部始終の記憶を封印されてから)実家のソファの上で目覚めた“ループのスタート地点”へと繋がる。

 ここに至るまでの経緯を見事に言い当てられてしまったくじらは、ただ申し訳なさげに目を伏せることしかできなかった。



「……ごめんなさい」


「なぜ謝る」


「なぜって……だって私はざくろさんの最期を見とっておきながら、彼女の命を冒涜するような真似をしているんですよ……?」


「……違う、あいつは自分の意思で未来を捨てたのだ」


「なんでそんなに平気そうな顔をしてるんですか……? それに例えざくろさんがそうだったとしても、お兄様は違うじゃないですか。少なくともあなたは未来を望んでる……なのに私は、勝手に体を造り変えて……」


「それはオレ自身が望んだことだ。それがタイムトラベルを行うのに必要な条件だったというなら、オレに何も異存はない」


「それでも! ……お兄様の記憶を閉じたのも、すべてくじらのエゴでしたから。言い逃れするつもりはありません……それでも私は、お兄様に“普通の人間”として生きていて欲しかった……」



 だが、王太郎自身が過去改変を望んでしまった時点でそれは不可能である。

 だからこそくじらは、彼が人でなくなっている事実そのものをひた隠しにすることで、身体の変容を気付かせないようにしていたのだ。


 限りない命を持つ自分ロクでもないかいぶつと、同じような存在になって欲しくなかったから──



「? なぜそこまで普通の人間であることにこだわる……? お前もオレと同じように、ナノマシンを体内に移植した生体義肢クローンボディ……いわば同類ではないのか?」


「いいえ。残念ながら私はヒトとも……そしてとも、根本的に異なる存在です」



 いぶかしげな王太郎からの問いに対して、きっぱりと首を横に振ってから──



人型タイムマシン1号機ガトラベル・アインスに搭載されている学習型人工知能マンマシンインターフェースが、自らの端末として生成した擬似人間体ガイノイド──それが私、鋼城くじらの正体なんです」



 ──くじらはこれまで言及を避け続けてきた“自身の正体”について、契約者たる王太郎に打ち明け始めた。

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