#06『かくして、兄と妹の旅は始まる』

「言っておくが、ロボの操縦などまるでできんぞ。免許も持ってないしな!」


「大丈夫です、しっかり掴まっててください!」



 そう言われた王太郎はなにか掴まるものはないかと散々迷ったあげく、一番最初に目に入ってきた手元のレバーを握る。

 すると後ろの座席からくじらの細い腕が回され、その手を王太郎の手のうえに重ねて置いてきた。



「まずは邪魔な敵を一掃します……! アクセスコードG・Gグラトニーガトリング入力、右腕部ライトアームに展開!」



 くじらが手慣れた指さばきでコンソールパネルを弾き、その操作に応じて機体右側を映しているモニターが謎の発光を捉える。

 その光につられて視線を移すと――信じられないことに、何もない空間からガトリングガンの砲身が出現し始めていた。

 かのように、ガトラベル・アインスは全長の倍以上はあろう武器を右腕のハードポイントに装着すると、そのまま前方に向けて構える。



(……! これほどの火器を、いったいどこから……!?)


「ヒールアイゼン、固定ロック。エナジーケーブル接続コネクト――」



 かかとの末端に備えられた杭が足場へと打ち込まれる。

 それと同時に、尻尾のように見えた臀部のケーブルユニットが、ガトリングガンの接続部分アタッチメントへと挿入された。


 手元のサブモニターに表示されたパワーゲージがみるみる上がっていく。

 やがてそれが臨界へと達したとき、くじらは躊躇ためらうことなく操縦桿レバー引き鉄トリガーを引いた。



「――撃ちます!!」


「くッ……!?」



 ガトリングガンの銃口が火を噴いた瞬間、コックピット内に凄まじい反動が襲いかかった。

 機体側は踵の杭ヒールアイゼンを地面に打ち込んでいたためギリギリで踏ん張っているものの、王太郎の手の中で暴れるレバーは気を抜くと離してしまいそうになる。

 それでも歯を食いしばりながらレバーを握りしめていると、後ろに座るくじらがさらなる指示を飛ばしていきた。



「トリガーは緩めず、そのままレバーを思いっきり右に倒してください!」


「ええい、耳元で叫ぶな!」



 言われた通りに、重ねた手で握っているレバーを力いっぱいに傾けた。

 するとガトラベル・アインスはガトリングガンの銃身を右方に振り回し始め、射線上に展開していた量産機エトランゼの編隊を片っ端から貫き、文字通り蜂の巣へと変えていく──。



「……! おい、なにか来ているぞ!?」


ノープロブレム問題ありません!」



 次々と敵機が爆散していくなか、なんと仕留め損ねた一機が煙を突っ切ってこちらへ迫っていた。

 手に握っていた突撃銃を持ち替え、先端の銃剣を向けてくるエトランゼ・ストライカー。しかしくじらは取り乱すことなく、冷静に兵装コントロールパネルに表示されている武器のうちの1つ──“No.03ナンバースリー-CC カーネージチェーンソー”と表記されたコードを選択する。



「アクセスコードC・Cカーネージチェーンソー左腕部レフトアームに展開!」



 すると既に“グラトニーガトリング”を装備している右腕とは反対の手元に、これまた機体の全長を超えるほどのサイズを誇る巨大チェーンソーが出現した。

 地面に突き刺さっているそれを左手で引き抜き、エナジーケーブルをガトリングガンからそちらの接続部分アタッチメントへと移動させる。

 挿入すると、刀身の側面をかこむ刃がとたんに回転を始めた。耳をつんざくような高音を放つカタナを振りかぶり、ガトラベル・アインスは動き出す。



「はああああああああああああああああっ!!」



 闘牛とうぎゅうのごとく機体を疾走しっそうさせるくじら。

 対するエトランゼ・ストライカーは胸部のビーム兵器を応射してきたが、ガトラベル・アインスは最低限の動きだけでかわしつつ、なおも加速をゆるめずに接近する。


 そして敵機のふところにまで滑り込むと、すれ違いざまに左手の“カーネージチェーンソー”を勢いよく横にいでみせた。

 刃は装甲に覆われた腹部へと食い込み、ダンボールのようにいとも容易たやすく切り裂いていく──!



「これで……ぶった切れろおおおおおおおおおおっ!!」



 後背で爆発が起こる。

 突撃してきたエトランゼ・ストライカーは見事に両断され、ようやく夜の陸橋に静けさが舞い戻ってきた。



「ふぅ……ひとまず、この周辺にいる敵機はすべて撃破しました」


「これで一安心。──と、いうわけでもなさそうだな」


「はい。またすぐに増援が来るでしょう……が、しばらくはリラックスしててもいいですよ」



 正面のレーダーらしき機器を見やると、確かに自機周辺の敵反応は消失しているようだった。

 そこで王太郎はようやく安堵の息を吐くことができ、くじらから言われた通りにシートへと背中を預けようとした――。



「あんっ」



 が、後頭部になにか柔らかい感触が当たり、一瞬だけ思考が停止フリーズしかけてしまう。

 後部座席リアシート側の操縦者が前傾姿勢にならなければいけない性質上、どうやら前部座席フロントシートは肩の下辺りまでの長さしかないらしい。そのため首から上を支える部分がシートにはなく、後ろに座席を倒しただけで美容室のシャンプーチェアのように頭が宙吊り状態になってしまうのである。


 つまりたったいま王太郎は、後部座席リアシートに座るくじらの胸(そこそこデカい)を枕代わりにするような姿勢となってしまっていた。



「……………………………………いくら払えば許してくれる?」


「ふふっ、お代は結構です」


「怒らない……のだな。ラノベならビンタの一発でも返してそうなものだが」


「やだなぁ、これくらいの事じゃ怒りませんようっ。くじらちゃん天才ですし」



 コンソールパネルに何かの数値を入力しながら――少女は上からこちらの顔を覗き込むと、柔和に微笑みかけてくる。

 少なくとも王太郎にとって、彼女は初対面だ。

 ……初対面であるはずなのに、その笑顔を目にした途端、あたかも以前から気心の知れた仲だったかのような錯覚に陥ってしまう。



「この機体……ガトラベルが未来で作られたマシンなのはわかった。それはそうと、お前がオレに協力する理由はなんだ?」


「なんだって、お兄様と同じく未来を変えることですけど……ひょっとして私、まだ信用されてません?」


「完全には、な。確かにオレは現在ここから過去へさかのぼることをずっと望んでいた。だが、オレの目の前に突然現れて『過去を変えろ』と言ってきたお前の存在は、なんというか……あまりにも都合がよすぎる」


「むーん。つまりお兄様から見たくじらは、いきなり現れては甘い言葉で誘惑してくる超絶エロカワいらしい悪魔サキュバスちゃん……ってところですかね」


「そこまで懇切丁寧こんせつていねいに褒めちぎってやった覚えはないが、おおむねそんなところだ」



 聞きたいことは他にも山ほどあったが、一番気がかりだったことを問いただす。

 するとくじらはコンソールを叩いていた手を一度止めると、まるでこちらを試すように質問を返してきた。



「お兄様は、ご都合主義って嫌いですか?」


「物語の落とし所としては下の下だな」


「なら、こう考えるのはどうでしょう。くじらは未来からやってきた悪魔で、お兄様はその悪魔から契約を迫られている……これは取引ビジネスだと」



 『取引?』と目線で聞き返す王太郎に対し、くじらは上機嫌とも不機嫌ともつかない無機質な笑みを浮かべて問いかける。



「お兄様。あなたがもっとも欲しているものは何ですか?」


「……過去、取り戻せない時間、そこに置き去りにしてきたものだ」


「それは普通なら到底手に入らないものです。けど、私ならそれを手に入れる手段を……方舟ガトラベルを与えれあげられる」


悪魔おまえの望みはなんだ。なぜオレを選ぶ」


「ふふっ、それは乙女のヒ・ミ・ツです。だってくじらも、お兄様を大いにさせてもらうつもりですからっ」



 小悪魔的に笑むくじら。

 しかし彼女の目に迷いはなく、またハッタリを言っている様子でもなかった。


 ──このおんなはかえって信頼できる裏切らない


 偽物うそで塗り固められた仮面かお

 しかしその表情の中に真実ほんものを見出した王太郎は、おそらく生まれてはじめて義妹というものの存在を認めるに至った。



「クフハハハッ、いいだろう。義兄妹のちぎりを、たまには悪魔と交わしてみるのも悪くはない……鋼城くじら、決定だ」


「じゃ、利害一致で契約成立ですね! いえーいくじらちゃんの計算通り!」


「ただし、期限はオレのが達成されるまでだ! このオレがわざわざ手をわずらわせてやるのだから、文句は一切言わせん」



 彼の子供っぽい希望を聞き届けたくじらは、思わず呆れたような笑いをこぼした。

 彼女が止めていたコンソールでの数値入力を再開し、それが終わるまでしばらく待つこと数十秒。ようやく作業を完了させたくじらは、一息つく間もなく王太郎に次の指示を飛ばした。



「システム・時間跳躍タイムジャンプモードへ移行、これより転送先の座標固定を行います。お兄様、準備はいいですか?」


「ああ、エスコートを頼む」


「まず目をつむって、そして想像イメージしてください。暗く長いトンネルを超えた──その先にある、あなたか一番戻りたい時間けしきを」



 耳元でささやかれ、指示された通り王太郎はまぶたの裏側で夢想をはじめる。


 時間軸もどりたいじかん──算出完了10ねんまえ

 空間軸もどりたいばしょ──算出完了とうきょう


 そうして再び目を開いたとき、いつの間にか稲妻のような光がスクリーンを埋め尽くしていた。すっかり心を無にしていた王太郎は思わず飛び上がってしまう。


 はじめは敵襲かと思った。

 だが、すぐにそうではないことに気付く。


 その放電現象は、タイムマシンガトラベルの両肩にある粒子加速装置から発せられていた。



「なるほどな……時流タービンを2基搭載して、しかも同調させているのか」


「ですです。結構Gがキツイので、それなりに覚悟しておいてくださいっ」



 どうやら時間跳躍の下準備が完了したらしく、くじらに言われた王太郎は改めて身を引き締める。

 彼女の語ったことが正真正銘の事実である確証などないし、ともすれば回りくどい誘拐犯の可能性だってある。自分のことを恨んでいる部下たちが、物陰から“ドッキリ大成功”と書かれた看板を持って出てきてもおかしくはない。


 それでも王太郎は、未来の妹だというこの少女を信じてみることにした。

 喉奥に溜まった唾を飲み込み、操縦桿を強く握りしめる。遠方からの敵機影の接近を示す警告音アラートが弾けたのは、まさにその直後であった。



「この反応って……ガトラベル・シリーズ!? 嘘、このタイミングで……!」


「追手か。中断して迎撃するか……?」


「いえ、戦っても勝てない相手です! 少なくとも今のこの子アインスの装備では……なのでジャンプを強行します!」



 瞬時にガトラベル・アインスの全身に張り巡らされたチューブが青い輝きを強め、そして両肩部から凄まじい量の放電と粒子を撒き散らし始める。

 まるで意識や肉体が、フラッと現実世界から切り離されていくような感覚。その常世とこようつろ狭間はざまで、王太郎は急速的に迫りくる強襲者の姿を見た。


 ガトラベルと同型、同一のパーツで構成された人型マシン。ただしエネルギー供給チューブが放つ輝きは、くじらの機体とは好対照を為す赫色あかいろだった。

 右腕には火薬射突式のステーク。そしてただでさえ屈強なボディの上から、さらにジェット戦闘機を彷彿とさせる流線主体の形状をした白い強化アーマーを着込んでいる。


 赤い光を灯した単眼モノアイで、標的たるこちらに狙いを定めている白き狩人──王太郎とくじらの乗っている機体と相反する、もう一機の人型タイムマシンガトラベル。はじめは豆粒ほどの大きさにしか見えなかった瓜二つの双子は、音速をも超えたスピードでどんどん正面のモニターに大映しとなっていった。



びます! 衝撃に備えて!」


(間に合え……ッ!)



 やがてとうとう眼前にまで距離を詰めた白き追跡者ガトラベルは、遭遇エンカウントと同時に右手の杭“No.02ナンバーツー-BB ブラストバンカー”を黒い逃亡者ガトラベル目がけて突き出す。


 ……が、火薬により打ち出された杭が機体を貫くことはなかった。

 その切っ先が装甲面に到達するよりも早く、間一髪のところで時間跳躍タイムジャンプが発動したのである。



『………………』



 かくして陸橋に取り残された白い機体は、月光を背負ったまま呆然と立ち尽くしていた。

 “またすぐに追いついてやる”。

 そんな血に飢えた猛獣のような赤い漁火を、その眼に灯しながら──。

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