#11『これは、彼女が至る一つの終点』

「ヌイ……そんな、嘘だと言ってくれ……ヌイぃぃぃぃぃぃぃっ!!」



 先ほどまで実の妹だった身体。その肉片の一部が、灰となって天へと昇っていく。

 それを見届けた途端、王太郎は焼け焦げた線路の傍らで泣き崩れた。



(なぜだ……どうして、こんなことになっている……?)



 行き場のない憤りを抱えながら、輝きを失った瞳がゆっくりと頭上を仰ぐ。

 彼の目の前には、上空から降下してきた全高7メートルもの巨大人型ロボットが、高い鉄壁のように立ちはだかっていた。赤い光を帯びた単眼モノアイでこちらを見下ろしているその機体は、くじらからガトラベル・シリーズと呼ばれていた機種──すなわち“人型タイムマシン”だった。



『あなたがカネシロ・オウタロウですね』


「……ッ、誰だ……!?」



 その声は白いガトラベルから発せられていた。

 さらに直後、は王太郎の呼びかけに応じるかのごとく、後背部のコックピットハッチを開いて生身をさらけ出す。



(! その顔は……)


「失礼、ボクのコードネームはオルカ。こう見えても“図書館”の執行部隊を任されている者です……と言っても、この時代の人にはわからないでしょうケド」



 そう名乗った人物は、16歳くらいに見える少年だった。

 ややあどけなさは残るものの、精悍で真面目そうな顔立ち。さらに外見から連想されるよりもやや低い声の印象も相まって、同世代の子供よりは少し大人びているように見える。


 そして色素が抜けたような白い肌、前髪がウェーブがかった銀色のショートヘア、大きく見開かれたアメジスト色の瞳──と(性別こそ違うものの)外見的特徴のほとんどが、どことなく鋼城くじらと酷似しているようにも思えた。

 もし彼が『くじらの双子の弟です』と名乗れば思わず信じてしまうほどに、その容姿は少なくとも赤の他人とは到底思えないレベルで非常に似通っている。



「…………えせ……」



 彼が何処から来た何者であるかなど、今の王太郎にとっては心底どうでもよかった。



「ヌイを……オレの妹をかえせ……たった一人の妹なのだ……ッ」



 ただ『妹が死んだ』という結果げんじつだけが、この瞬間ときの彼を支配する全てだった。

 兄として、唯一の肉親として、絶対に守らなければいけない人だったのに。

 突然現れて車両を襲った鋼鉄の刺客白いガトラベルは、そんな彼の想いすらも容易たやすみにじっていったのだ。



「お前がヌイを殺した……なぜだッ!? なぜオレの妹が、こんな……こんな死に方をしなくっちゃあいけない!?」


「カネシロ・シラヌイのことを言っているのなら、その糾弾は筋違いですよ。なぜなら彼女は本来、今からそう遠くない日に命を落とすことが確定してましたから」


「何だと……?」



 その口振りからして、オルカという少年が未来から来たタイムトラベラーだということはほぼ確定的となった。

 少なくとも彼は“本来の歴史”に関する情報をある程度把握しており、その上で王太郎の前に立ちはだかっている。


 だが仮にその推測が正しかったとして、一つだけ腑に落ちない疑問が浮かび上がった。



「筋違いだと……? ヌイの死因は、誘拐殺人事件の被害者となったからだった! 電車の脱線事故に巻き込まれたわけでもなければ、人型タイムマシンに車両ごと爆破されたわけじゃあない……!」


「……何が言いたいんです?」


「こんなは、本来の彼女が辿ったものとは違うものだと言っている! それが変わってしまった原因は、紛れもなく貴様がこの歴史に介入したからではないのか……ッ!?」



 言うなればそれは、歴史改変とも呼べるであろう行為だ。

 不知火がこことは違う場所で遂げるはずだった死は、他ならぬオルカと彼の人型タイムマシンの手によって、より悲壮な形へと書き換えられてしまったのである。



「……ハァ、だからそれも筋違いです。そもそもの前提が間違っているんですよ」



 しかし王太郎の述べた憶測は、すぐにオルカの口からハッキリと否定されてしまった。

 彼は面倒臭そうに小さくため息を吐きながらも、王太郎にとっては残酷な真実を語り聞かせる。



「この時代へと最初に介入し、歴史を改変しようとしたのはボクじゃあない……カネシロ・オウタロウ、あなたの方でしたよね」


「何……?」


「定められた歴史を時間遡行者タイムトラベラー改竄かいざんする行為は、極めて危険度の高い犯罪だ。ボクはそんな時流犯罪者を取り締まりに来ただけの時の番人タイムキーパーに過ぎない」



 『そして……』と、オルカは一呼吸を置いてから、念を押すように告げた。



「カネシロ・シラヌイの死はだ。改変などすれば、時の流れに大きな乱れが生じてしまう──だからここで処理する必要があった」


「なっ……」


「あなたが連れ出そうなどと下手を打たなければ、ボクもこんな強引な手段で彼女を排除することはなかったんですよ」



 まるで自分が不知火を殺した事実さえも棚にあげるようなその発言に、王太郎の怒りが限界を超える。

 そうだ! コイツが邪魔をして来なければ、あのまま不知火を救う事ができたのに!



「カネシロ・オウタロウ……残念ながら妹の死は、全てあなたの行動が招いた結果だ」


「貴様のせいだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 気がつくと王太郎は、丸腰のまま白いガトラベルに向かって走り出していた。

 その行動はどう見積もっても無謀としか言いようのないものだったが、彼は微塵の恐怖を感じることなく地面を蹴り、こちらを掴もうと差し向けられた巨大な腕をジャンプしてかわす。


 曲芸師も顔負けな身のこなしに、機体を司るオルカが一瞬だけたじろいだ。

 その間にも王太郎は腕部パーツの上に着地すると、まるで公園の滑り台を逆走するようによじ登っていく。

 そして白いガトラベルの頭部まで一気に駆け上がった彼は、無我夢中のまま拳を振りかぶり──


 カメラアイとしての機能を担っている単眼モノアイを、



「な……ッ!?」


(…………ん……だと……?)



 驚いたのはむしろ、拳を突き出した王太郎のほうだった。

 いくら装甲に覆われた箇所にくらべれば頑丈さはないとはいえ、巨大人型兵器を構成するパーツの一部を拳のたった一振りで損傷させられるなど、彼自身でさえ思ってもみなかったことだった。

 捨て身の抵抗により思わぬリターンを得た王太郎だったが、喜ぶ間もなくオルカは拳銃をこちらに突きつけてくる。



「動くなッ! 貴様……まさか、悪魔に魂を売り渡したのか」


(? こいつは何を言っている……?)



 白いガトラベルの上で銃口を向けられながらも、王太郎は目の前の少年がひとりでに何かを呟いているのを聞き逃さなかった。

 そんな二人の頭上を一条の熱線が駆け抜けていったのは、次の瞬間である。


 白いガトラベルに直撃させないように、2発、3発と立て続けにビームが通り過ぎていく。

 これは明らかに王太郎をこの場から助け出すための威嚇射撃だった。そしてこの状況下で自分を味方してくれるものなど、たった1人しか思い浮かばない。

 こちらへと急接近してくる黒い機影──その外部スピーカーから、少女の声が呼びかけてくる。



『お兄様、はやくこっちへ!』


「くじらか……!」



 ガトラベル ・アインスの姿を確認した王太郎は横目で、オルカが白いガトラベルのコックピットハッチを閉じるのを見た。

 すかさず王太郎もその場から駆け出し、線路のすぐ側に着地したガトラベル・アインスへと飛び移る。なおこの時点で(状況が状況のために気にする余裕もなかったが)、彼の身体能力は明らかに謎の向上を遂げていた。



「おい、タヌキ娘! 今までどこで何をしていた!?」


「たぬ……!? タヌキじゃなくてくじらです! とにかくその説明はあとで……!」



 ガトラベル・アインスのコックピットへと駆け込んだ王太郎は、モニター前方に映る白いガトラベルを睨み据える。

 先ほど直接対峙した少年から通信が飛び込んできたのは、そのときだった。



『くじらちゃん……その男を手引きしたのは、やはりキミだったか。どうして“お父様”に謀反むほんするような真似をするんだ』


「オルカくんこそ、本当にで良いと思ってるの? 今ここで流れを変えなくちゃ、この先に待ってる未来も変わらないんだよ……?」


『黙れ、ボクは時の番人タイムキーパーだ。歴史を変えようと企てるのなら、たとえキミだろうと容赦はできない……!』



 王太郎には、二人の会話していた内容が半分も理解できなかったが──彼女たちがそれなりに気心の知れた間柄であり、そして今は何らかの理由で敵対しているということは、両者の緊迫した空気感からなんとなく察することができた。


 よく似た容姿を持つくじらとオルカ。

 いったい二人はどのような関係なのか……気になるところでは合ったが、それ以上に妹を殺されたことへの恨みがこの瞬間は勝った。

 腹の底から這い上がってくる黒い衝動に身を委ね、王太郎は手元の操縦桿をギュッと握りしめる。



「オレが家から連れ出さなければ、妹はきっと前と同じ結末を迎えていた……貴様が邪魔さえしなければ、ヌイだって救えたハズなのだ……ッ」


『言ったでしょう、過去の改変は許されないと。お前たちが秩序を乱すというのなら、こちらも然るべき処置をとらせていただくだけです』



 冷徹に言葉を返しつつも、オルカは兵装コントロールパネルの数ある武装群の中からいくつかを連続で選び取った。

 アクセスコード“No.02ナンバーツー-BB ブラストバンカー”──火薬射突式鉄杭パイルバンカーが白いガトラベルの右腕に装着され、続けて左手にマニピュレータを覆うほどの巨大な拳“No.06-FF フリューゲルフィスト”、そして両肩に砲身の短い大口径機関砲“No.22-VV バイオレンスバルカン”が、それぞれの部位に出現、ハードポイントに接続される。

 どうやらあちらもガトラベル・アインスと同じように、何処からか専用の武器を転送させる機能を有しているらしい。



「『戦っても勝てない相手』……だったか、あの白いヤツは。オレにはこの機体とのスペック差などさほど感じられないが」


「いえ、あの機体──ガトラベル・ツヴァイとこちらアインスとでは、使用できるギガンティックウェポンの数が圧倒的に違うんです。……悔しいですが」


「ギガンティックウェポン?」


「ガトラベル・シリーズが使用する、全26種からなる武装群の総称です。普段は四次元空間内に格納されていますが、アクセスコードを入力することで使用者のいる時間・空間座標へと転送されます」


(四次元ポケット……いや、四次元武器庫コンテナといったところか)



 前の戦闘にて『グラトニーガトリング』や『カーネージチェーンソー』をどこからともなく出現させていたことに疑問を抱いていたが、くじらからの説明を受けたことでようやく王太郎の中でも合点がいった。



「つまりガトラベル・シリーズの戦闘力は、使用できる武器……つまりアクセスコードの所持数によって左右されると」


「早い話がそういうことです。そして、現在この機体に登録されているコード数は“6つ”だけ……量産機エトランゼ部隊ならともかく、実戦部隊所属のガトラベルを相手にするには少し心許ないかもしれません」



 『それに……』と、そのときくじらは何かを言いかけたが、重ねるようなオルカからの通信によって遮られてしまう。



『彼女の言う通りだ、カネシロ・オウタロウ。間違ってもボクの相手をしようなんて、愚かなことは考えない方がいい。投降を、これが最後の警告です』


「貴様……ヌイを殺しておいて、何を今更……ッ!」


『……警告はしましたからね。ボクのツヴァイを相手にして、“戦闘”なんて呼べるものが出来ると思わない方がいい。これから行われるのは……』



 言いながら、ガトラベル・ツヴァイは左手の巨大な拳フリューゲルフィストを勢いよく振りかぶると──次の瞬間。

 前腕部を切り離すと同時に底の推進器を点火させ、なんと拳そのものを質量弾ロケットパンチとして


 真正面から飛来してきた“フリューゲルフィスト”を、間合いから避けきれないと判断したくじらはとっさに両腕をクロスさせ、ガードしてやり過ごそうとする。

 


「くッ……!?」


「きゃあ……っ!」



 ……が、想像をはるかに超えた質量の暴力は、次元歪曲場防壁バリアフィールドも同時併用したガトラベル・アインスの防御をいともたやすく突き崩した。

 致命傷を貰うことだけは辛うじて避けられたものの、凄まじい衝撃が王太郎とくじらのいるコックピットへと襲いかかる。その隙に乗じて畳み掛けるべく、彼らの頭上へとガトラベル・ツヴァイが躍り出た。



『一方的な“蹂躙”だッ!!』



 両肩の“バイオレンスバルカン”を連射して牽制を行いながら、オルカの駆る機体はブースターに最大加速をかけると、一気にこちらとの距離を詰めてくる。

 そして彼はガトラベル・アインスの懐へと飛び込むと、両肩のバルカンを即座に分離パージ。そこに接続していたエナジーケーブルを右手に携えているパイルバンカーへと切り替え、そして躊躇なく抜き放った。



『貫き穿うがて! ブラストバンカーッ!!』


(! やられる──)



 その先端が触れるだけで、強固な装甲に風穴を開けるであろう必殺の一撃。

 しかし王太郎はすばやくレバーを引き戻し、わざと機体を後方に仰け反らせる。地面すれすれで姿勢を立て直しながら、着地と同時にダッシュローラーをフル回転させることで無理やり安定させる。



「──ものかよォッ!!」


『……ッ! かわされた……!?』



 さらに踵に装備されたブレード──“ヒールアイゼン”を片側だけ展開して地面に打ち込み、その足を軸にして急旋回。

 再びガトラベル・ツヴァイのほうを向き直り、そのままブーストペダルを思いっきり踏み込む。

 そして加速の勢いを緩めぬまま、ガトラベル・アインスは立ち尽くしている敵機へと強烈な頭突きを叩き込んだ。



『ぐぅっ……!?』



 思いもよらぬカウンターに虚を衝つかれ、ガトラベル・ツヴァイは防御も儘ままならぬまま攻撃をまともに受けてしまう。

 かくして衝突した両機はともに空中でバランスを大きく崩すと、線路を挟んだ地面のうえにそれぞれ着地。モノアイを不気味に輝かせながら、再び視線を交差させた。



「確かにこれは“蹂躙”だな。ただし、踏み躙られるのは貴様のほうだ……オルカ、オレは貴様に一切手加減などしてやるつもりはない。ここで必ず殺す……!」


『フフッ……素人と思って侮っていましたが、どうやら最小限の動かし方マニュアルについては、ちゃんとあたまに植え付けられているようですね』


「何……?」


『あなたはもう人間ではなく、寄りになりつつあるという事ですよ。ならボクもこれ以上、ツヴァイのスペックを出し惜しみする理由はありませんね』



 オルカが意味ありげに呟いた刹那──ガトラベル・ツヴァイの全身を覆っている白い増加装甲が、突如としてを始めた。

 肩部に格納されていた放熱用ユニットがスライドし、左右両側に展開。同時に頭部から伸びた2本のブレードアンテナが後方向に倒れ、より飛行に伴う空気抵抗の少ないポジションで固定される。

 最後にエナジーケーブルの接続部分がアーマーパーツ後方のアタッチメントへ挿入されると、全身を血液のように迸るエネルギーチューブの赤い光がより一層強まった。



『チュートリアルは現時刻ここまでです。カネシロ・オウタロウ……本気のボクに、アナタはどれくらいついてこれますか?』



 アクセスコード No.01“アクセラレート・アーマー”。

 それはガトラベル・ツヴァイを最強たらしめる、原初にして絶対のギガンティックウェポン。現状のオルカが持ちうる、最高にして最優の切り札カード


 その能力は──加速。

 増加装甲を介して全身にタキオン粒子を駆け巡らせ、文字通り音を置き去りにするほどのスピードを得る。対人型タイムマシン戦に特化した、まさに“同胞ガトラベル殺し”たる執行部隊のための専用特殊兵装だった。

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