#12『またしても、運命は彼に牙を剥く』

「ギガンティックウェポン、“No.01ナンバーワン- A A アクセラレートアーマー”……だと?」



 モニターにそう表記された警告文を読み上げながら、王太郎は全身から赤い輝きを放ち始めたガトラベル・ツヴァイの姿を見て、息を呑んだ。

 彼がそれほどに危機感を抱いた理由は、決して切り札を隠し持っていた敵に対しておそおののいたからではない。

 ただ、同じコックピットにいるくじらの動揺が背中越しに伝わってきたので、彼は本能的に警戒したまでに過ぎないのであった。


 そう。このときの王太郎はまだ、“アクセラレートアーマーを起動させたこと”が何を意味してるのかを、微塵さえも理解していなかった。



「……っ! お兄様、いったんこの場から離れましょう!」


「なっ……貴様はこのオレに、尻尾を巻いて逃げろと言うのか!? ヌイを殺したヤツを目の前にしておきながら……!」


112秒ほんのすこしだけでいいんですッ! その制限時間リミットさえ逃げ切ることができれば……!」


(? くじらの奴、何をここまで慌てている……?)



 王太郎の目にくじらの反応リアクションは、ひどく大袈裟なものとして映った。逆にくじらは“これ”がいかに不味い状況かを、限られた時間の中で上手く王太郎に伝えることができず、恐怖した。

 そんな二人の軋轢あつれきを悟られてしまったのか、オルカから同情しながらも突き放したような冷ややかな声が届く。



『無駄だよ、くじらちゃん。気の毒だけど……──』



 同時に、目の前にいたガトラベル・ツヴァイの姿も霧消むしょうしたかのようになくなっていた。

 否、消え失せたのではない。の敵機接近を示す警報アラートが鳴り響いたのは、そこから瞬きをする暇もない間に起きたことだった。



「!? いつの間に後ろへ……ぐうっ!?」


「きゃあ……っ!」



 とっさに旋回しようとするも間に合わず、蹴りを叩き込まれたことによる激しい衝撃が機体とコックピットを襲う。

 そして王太郎が痛みを堪えながらもどうにか顔を上げたとき、すでにガトラベル・ツヴァイは視界モニターから消え去っていた。



(まさか、加速している……ッ! ヤツがまとっているあのアーマーが、機体スピードを格段に上げているのか……!?)



 そのような確証を抱かざるを得ない現象が、今まさに敵の位置座標を示すレーダーの中で起こっていた。

 音速を超えた弾丸のような何かが自機アインスの前後左右を、数秒の間に何度も信じがたいスピードで往復している。

 まるで蝶のように翻弄し、こちらが完全に無防備となったタイミングを狙って死角からの奇襲攻撃。その一撃離脱ヒットアンドアウェイを繰り返しているのだ。



(超加速による連続ラッシュ攻撃……シンプルだが、たしかに強い!)



 目で追いきれないレベルの速さで標的に動かれてしまうのは、相手にとって厄介この上ないだろう。

 そう、それは相手側──この場においては王太郎にとっての話だ。



(しかしオレは見抜いたぞ……そのじゃじゃ馬のスピードは、手綱を握っているお前にも到底扱いきれない代物であるハズだ……!)



 フルスロットルで走る車のハンドルを上手く切れるはずがないように、“単純に速く動ける”というだけならば、それは搭乗者であるオルカさえも振り回されてしまうことを意味している。

 おそらく弱点もそこにある。そう踏んだ王太郎は、即座に虚空から“カーネージチェーンソー”を取り出し両手で構えた。



(ならば、突っ込んできたところを迎え撃つまで……ッ!)



 高速で動くことがわかっているなら、こちらもそれをわきまえた上で立ち回ればいいだけのことだ。


 ──逃げろだと? このオレの辞書に、そんな言葉は存在しない!


 わざと隙を見せ、敵がとき、振り向くと同時にチェーンソーでぶった斬る。

 この戦闘に最速で決着をつけるための解を導き出した王太郎は、そのプランに基づいて冷静にタイミングを測り始める。

 彼の思惑通り、こちらが見せた隙に乗じてガトラベル・ツヴァイは急接近してきた。その“豪速球”の軌道を目で追えるわけではないが、なにせ全高7メートルもある大玉でかいまとだ。むしろ外すほうが難しいだろう。



「そこだ……ッ!!」



 9回裏のマウンドに立つ打者のごとく、フルスイングで“カーネージチェーンソー”を振りかぶるガトラベル・アインス。

 タイミングは完璧だった。この僅かな戦闘時間の間、すでに王太郎は機体を手足のように扱えるほどの操縦技術を体得していたのである。


 まるで自ら刃へと吸い込まれていくかのように、突っ込んできたガトラベル・ツヴァイはそのままチェーンソーよって両断されていく──そのはずだった。



「な……に……?」


『だから、んですよ……今のボクには、この世界の万象すべてがね』



 気が付いた時には、王太郎の駆るガトラベル・アインスのほうが地面に突っ伏していた。握っていたはずのカーネージチェーンソーはいつの間にか手を離れ、すぐ近くに刀身が折られた状態で突き立てられている。

 対し、ガトラベル・ツヴァイはまったくの無傷だった。その姿をモニター越しに確認すると、王太郎の頭はさらに混乱パニックへ陥ってしまう。



(まさか避けられたのか? あの間合いで? 馬鹿なありえんブレーキを踏める余裕さえも奴にはなかったはずだそれなのになぜ???)



 王太郎には最初、なぜ自分のほうが床に這いつくばっているのかが、まるで理解できなかった。

 作戦やそれを実行に至るまで、自分の行動に一点の曇りもなかった。あの一瞬の攻防においてこちらが敗北を喫する要因など、存在しなかったはずなのに──

 


(! 違う、加速しているのは機体だけじゃあない……オルカあいつ自身もだ! ヤツはチェーンソーの軌道をハッキリと捉えていた……じゃなきゃあこんな無茶な避け方はできないッ!)



 そもそもの前提を読み違えていたことに、王太郎はようやく気付く。

 加速しているのはガトラベル・ツヴァイだけではなく、オルカの“体感している時間”そのものでもあったのだ。


 まるで時間という名のラインから自分のみを切り離したように、アクセラレートアーマーを装ったあの機体だけがのである。

 たとえ説明されても手放しにはとても信じられないような機能モジュール──その恐ろしさを、王太郎は理屈を超えた過程たいけんを経て



「くっ……さ、30秒経過です……!」


(30秒……たった、それだけだと……?)



 震えた声で発せられたくじらからの報告が、さらに果てのない恐怖へと王太郎を導く。

 アクセラレートアーマーが加速を行える制限時間は、たった112秒。一聞しただけだと大して長い時間には感じられない数字だが、今はそれが逆にキツい。


 残り82秒。もはや永遠にさえ感じられるその“僅かな時間”を乗り越えた先に、果たして自分は五体満足のまま生きていられているだろうか──そんな最悪のビジョンが、嫌でも頭をよぎってしまうからだ。



(考えろ、考えるのだ……奴を倒すための一手を! それが何処かに、きっとあるハズなのだ……ッ!)



 嵐のように繰り返される怒涛の連続攻撃にさらされながら、それでも王太郎はまとまらない思考を無理やり動かそうと尽力する。

 本音を述べるならば、結論こたえなどとっくに出ていた。ただ王太郎自身がそれを認めたくなかったから、彼は無情すぎる現状にひたすら足掻こうとしているのだ。


 だが、しかし──



「む、無理だ……勝ち目なんてあるハズがない……」



 文字通り気が遠くなるような戦闘の最中さなか、ついに王太郎はそれを受け容れてしまう。


 生まれも育ちも生粋きっすいのエリートであった彼にとって──その“挫折”という感情は、今まで味わったことのないものだった。

 それゆえにアクセラレートアーマーの超加速が織りなすプレッシャーは計り知れないほどの巨大な絶望となって、28年ものあいだ膨大に膨れ上がっていた王太郎の自尊心をいとも容易たやすく押しつぶす。



「あ……あぁっ……ぅぁぁぁああああああ……っ!!」


「お兄様? しっかりしてください、お兄様!」



 二度も妹を救えなかった。

 だからせめてもの手向たむけとして、敵討ちをしようとしたのだ。


 思えば、心のどこかで軽んじていたのかもしれない。

 自分が望みさえすれば、世界は絶えず味方してくれるハズだ──と。



「あ、アクセラレートアーマーは絶対無敵の能力……勝てるわけがない、オレたちはこのまま為す術もなく“蹂躙”されてしまうんだぁ……っ!」



 自分でもなにを喋っているのかわからない心地のまま、ただ動物的な本能に煽られてつい恐怖心を口走る王太郎。

 刹那。そんなすっかり怯えきってしまった彼の正面にあるモニターに、ガトラベル・ツヴァイの顔面が大映しとなる。



「ひっ……」


『これで“詰み”だ』



 下段からすくい上げるような拳がガトラベル・アインスの腹部を殴りつけ、そのまま立て続けにブラストバンカーに装填された火薬が炸裂した。

 それによって勢いよく杭が押し出され、腹から背中にかけてを斜め一直線に刺し貫く。その一撃の余波は後背部のコックピットブロックにも及んでおり、爆風とスパークが王太郎の狭まっていく視界を塗りつぶしていった。


 そして数秒間の気絶から王太郎が再び覚醒すると、鼻腔を突くような刺激臭が漂っていることに気付く。

 すぐに背後を振り向くと、苦しそうな表情で荒い呼吸を繰り返しているくじらの顔がそこにあった。口元からは大量の血がこぼれており、真っ白だった肌も吐瀉物と赤い血とをないぜにしたもので汚れてしまっている。



「くじら!? お、おい……しっかりしろッ!」



 返事はなかった。

 まだ辛うじて意識はあるようだが、途切れてしまうのも時間の問題だろう。彼女の腹は飛んできた破片でずたずたに切り裂かれており、火花に触れてしまったのか身体中の皮膚もあちこちが焼け焦げてしまっていた。



『諦めろ、現時刻ここがお前たちの終点ゴールだ』


「っ……!」



 奇跡的に生きているスピーカーから、ノイズ混じりの声が発せられる。



『これでほねずいまで理解できただろう。番人ボクがいる限り、お前たちは運命を変えられない。ここから先の未来へは、一歩たりとも踏み入れさせない』



 112秒の加速時間を終え、全身から冷却用の白煙を吐き出しながらも立ちはだかる白鋼しろがねの巨人に対し、王太郎は何も言葉を返せなかった。

 ただ、死んだ実の妹しらぬいに何もしてやれなかった無力感と、はじめから逃亡をうながしていた義理の妹くじらにすらも致命傷を負わせてしまったことへの罪悪感が、このときの彼を支配していた。


 兄として、戦士として……あらゆる意味において王太郎は今、敗北したのだ。



「こ、殺されるのか……オレは、こんなところで……何もできないまま……」


『アナタがおっしゃる通り、生殺与奪いかすかころすかの権利はボクの手の内にある。けれど、この場ではアナタは殺さない』


「え……?」


『勘違いするな。別に不殺主義者じゃなければ、情けをかけてるわけでもない。時流犯罪人タイムクライマーにはその罪の重さを身をもって実感してもらうために、歴史の修復作業に立ち会ってもらう義務があるからだ。刑はその後に執行する』



 回線越しに語りきかせながら、オルカの乗るガトラベル・ツヴァイがゆっくりと近付いてくる。

 おそらくはこちらの身柄を拘束するつもりだろう──が、もはや王太郎には抵抗する気力すらもなかった。


 ──この実験の行く末にあるものは、きっと人類が手を出していい領域じゃなあい……!


 ある女性研究員から言われた言葉を、今になって思い出す。

 そうだ。己のエゴイスティックな感情だけで、歴史すらも塗り替えようとした自分が間違っていたのだ。

 その行為が悪であるならば、正義によって裁かれるのは当然の結果だ。なにもおかしいことじゃない──



「…………め……ないで……くだ……さ……」



 今にも消え入りそうな命の灯火を燃やしながら、くじらがボソボソとなにかを呟いた。

 彼女は王太郎の背中にもたれかかると、血まみれの腕で背後から抱きしめてくる。


 操縦桿すらも握っていないガトラベル・アインスが突如として浮上し始めたのは、そのときだった。



『再起動だと……!? 待て、逃げるつもりか……!』


「ち、違う! システムが勝手に……!」



 独りでに離陸シーケンスを開始したボロボロの機体は、各所から黒煙を上げながらもその場を飛び立っていく。

 無論、ガトラベル・ツヴァイもすぐに追いすがろうとしたが──どうやらアクセラレートアーマーを使用した影響により一時的な出力不足に陥っているらしく、すぐに追跡して来ることはなかった。


 それから数十分後。

 脱線事故のあった現場から遠く離れた郊外の森に、ガトラベル・アインスは不時着した。

 木々をなぎ倒しながらの胴体着陸にこそなったものの、王太郎も機体もまだどうにか動ける状態にある。もっとも、もはや王太郎に再び操縦桿を握る気力など残されていないのだが──




 後部座席リアシートに座るくじらは、すでに生き絶えていた。

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