#02『ゆえに、兄は幻想を追い求める』
「坊ちゃん。気分が
大企業の若き社長、
運転手つきの車で毎朝出勤する彼は、今日もいつもと同じように
文庫本の文章を目で追いつつも、前の座席にいる人物へと生返事をする。
「……いいや、今朝は抜いてきた。あまり時間もなかったのでな」
「はぁ。
「ほう、
「黙りなさい脳みそチ◯ポ野郎。なんなら今すぐ『IT社長、未成年と援助交際』という大スクープを週刊誌に送りつけてやりましょうか」
眉ひとつ動かさずに
社長を相手にしてもまったく
年齢は王太郎より1つ上。長身で日本人離れした容姿をしており、西洋風のエプロンドレスを違和感なく着こなしている。
そして“イケメン社長”と持てはやされる王太郎と並んでもまったく引けを取らない
そんな霧咲が(使用人という身分でありながら)主人である王太郎に対しても
ゆえに王太郎も主従をこえた信頼を彼女に寄せているつもりだし、
「フッ、安心しろ霧咲。もとよりオレは妹以外には欲情などしない」
「なにをどう安心すればよいのか理解に苦しみますが。
……ドン引きついでに申し上げますが、大のオトナがブックカバーすら付けずにライトノベルを読んでいるのも
霧咲はルームミラー越しに、読書に
彼が手にしている文庫本の表紙は、マンガ風にデフォルメされた少女のイラストが大々的に
「なあ霧咲。我が社のリリースしたAIアシスタントが、業界で高いシェアを
「あらゆるタスクを遂行できる汎用性の高さと、自然な会話をこなせるハイレベルな人工知能……でしょうか。それとあなたの
「フッ、大アリだともさ──“
王太郎はパタンと本を閉じると、とつぜん“運転席”に向かって呼びかける。
なお彼が座っているのは後部座席であり、付き人である霧咲は前の助手席にいる。そして車内には2人以外に乗っている者はいない。
つまり本来運転手がいるはずのその席には、なんと誰も座っていなかった。
──が、たとえ運転席は無人でも、そこに運転手はたしかに存在していた。
たったいま王太郎の発したボイスコマンドによって
そして間髪を
《はいはーい! ボクになにか用かい、マスターくん?》
やや幼い顔立ちとは不釣り合いな、健康的に細く引き締まった
衣装は白地に青と紫の差し色が入った巫女服風のミニスカート。ヘソと太ももが露出しており、ほどよく筋肉のついた脚をガーターベルト付きのストッキングが包み込んでいる。
彼女の
言うまでもないが実在する人物ではなく、バーチャル空間上にのみ存在する架空のキャラクターであった。
「ドライアド、目的地への到着まではあとどれくらいだ?」
《いつものルートはトンネル事故の影響で道が混んでるから、だいたい20分ってところかな。あっ迂回ルートを通れば2分30秒の時短になるけど、マスターくんはどっちがいい?》
「オススメのほうで頼む」
《りょーかいっ! それじゃあ自動運転をルートBに更新するね》
ドライアドが軽快に返事をした次の瞬間、それまで直進していた車がひとりでに車線を変更しはじめた。
自然体の少女のように振る舞っている彼女ではあるが、見かけによらず
「──と、このように我が社の
「誰に対して説明しているのですか」
「もはやラノベをキモオタ小説などと
「金持ちのイケメンが言うと妙に嫌味ったらしいセリフですね」
一席ぶってみせた王太郎に
王太郎自身が代表取締役社長COOを務める巨大
そのイメージキャラクターとして生み出されたドライアドは、いまや世界中を
「ともかくオレがこのような文献を手にしているのだって、
「表紙にデカデカと『お兄ちゃんだけど本気で好きになってもいいよね?』というタイトルが書かれている時点で言い逃れは難しいかと」
「なにかね、まるでオレが妹属性のキャラクターに欲情しているかのような言い草だな」
「先ほど自分でそう
「オレはただ純粋に想いを
王太郎が
そうして車内にしばらくの
先に霧咲が降りてドアを開け、次いで後部座席から社長である王太郎が降車する。
そして重要な書類の入ったアタッシュケースを霧咲より受け取ってから、2人はオフィスビルの入り口に向かって歩き始めた。
「坊ちゃん」
「ここでは社長と呼べ。……なんだ?」
歩く足を止めぬまま、
「ネクタイを締め忘れております。時期的にクールビズにはまだ早いかと」
「フッ……よいか、霧咲」
すれ違う社員たちに挨拶をしつつ、ビル最上階の社長室まで続くエレベーターへと乗り込む。
ガラス張りのシャフト越しに見える
「世界はオレを中心に廻っている。オレを
「はぁ、いつもの
「
霧咲が
開いたドアをくぐって数歩ほど歩くと、すぐにだだっ広い
(ああ、そうだ。王たるオレが
社長専用のデスクへと腰かけると、さっそく机の上に置いたアタッシュケースを開封する。
その中に入っていた紙資料を手に取ると、王太郎はいつになく真剣な
(ならばオレは、すべての財を投げ打ってでも手にしてみせる。たとえそれが、ただ過ぎ去りゆくだけの
じっと見つめている文字列が、彼のかけている眼鏡にぼんやりと反射する。
そこにははっきりと太字で──『
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