第23話 覚醒は近かった
「あーあ、あーあ。つまらないなあ! せっかくひつぎちゃんが覚醒すると思ったのに、あっさり殺されちゃうしさあ!」
「神よ、聖杯を持って参りました」
「ま、いーや。僕の手で覚醒させてあげればいいことだしぃ。あ、ありがとね。そこ置いといて。さて、じゃあ早速いちゃついてる2人に聖杯を届けに参りますか!」
そうして散々殺人ゲームを楽しんだ神は。日々の退屈を殺したそれは。聖杯をとって、いくつものディスプレイの中。1つだけ特に大きな画面に映しされているひつぎとブレイクの元へと降臨する準備をするのだった。
圧縮、凝縮、濃縮なんでもいい。とりあえずそういった白い光の柱が天からベンチにいるひつぎたちの前へと落ちてきた。とっさにひつぎをかばうように片手で抱きしめてもう片方の手で斧をとったブレイクに、その声は光の中から出てきて姿を現した。そして気軽に片手を上げた。
「やあ、ひつじちゃんにブレイク。生き残ったんだねぇ、おめでとう」
「早く聖杯寄こせイカレ神」
「ブレイクは相変わらずだなあ。まあいいや、ひつぎちゃんちょっとこっちおいで」
「……? はい」
光の塊が人の形をとったそれに少年のような少女のような女性のような男性のような声。神は真の姿を現さずに、けれど笑顔をとっているのだと雰囲気でわかる。穏やかに手招きをしてひつぎを呼ぶと、ひつぎはそれにふらふらついて行く。まるで操られているかのように。
ひつぎが近くまで行くと神は。光る手らしき部分をずぷりとひつぎの胸に埋め込んだ。
「かっは……!?」
「ひつぎ!?」
「あー、無駄無駄。ここは僕の空間だからね、その斧はなあんにも出来ないよ」
「クッソ! ひつぎ!」
「もううるさいなあ。僕はただひつぎちゃんを目覚めさせようとしてるだけ。現人神の最期の血脈に根をはらせ……ん? おやおや、根ははってるんだね。じゃあ開花させるだけか、いやあ楽でよかった」
「なにいってんだてめえ!!」
斧を振り回すブレイクだが、なにかに弾かれるように斧はひつぎと神の間へとは入っていかない。
「じゃあ、開花させようか」
「あ……あああああああああああああ!!」
「ひつぎ!」
激痛に悲鳴を上げ背中をのけぞらせるひつぎの胸の中を無理やりにぐちゃぐちゃといじって、神は満足したように手を引きぬいた。それと同時に。ごきん、ばきんと骨を砕くような音がして。骨格が崩れる。
ひつぎの背中から白い光がもれ、それはやがて圧縮され形をとり、翼へと変わる。それは現世に降り、人と交わったことによって弱ってしまった現人神の真の姿にひつぎが生まれ変わる瞬間だった。
元々、兆候はあったのだ。現人神はアルビノのような容姿を持つ。まさしく覆った白い眼帯の下、退化して見えなくなってしまった黒い左目以外ひつぎはアルビノと同様に見られていた。けれど光に弱いということもなかった。だって、アルビノではないのだから。
ブレイクは息を呑んでその光景を見ていた。見ていることしかできなかった。
ばさりと空力的に人を浮かすことができるほどの大きな翼をひつぎが手に入れたときには。その翼を広げ、白い羽根が舞っているのはひどく幻想的だったがもう、ひつぎは『人』ではなくなっていたのだから。そしてあまりに大きすぎる力に、未熟なひつぎの心は。
「あは、あははは、あは」
「ひつぎ……」
「あははははははははははははははは」
「ひつぎ!!」
壊れてしまっていたのだから。
ただ虚ろな瞳で宙を見て、笑い続けるひつぎにブレイクは駆け寄った。左手に持っていた斧を放り出し、おや? という雰囲気を纏った神には目もくれず。斧に、人殺しに固執していたブレイクが、自らの意思で斧を放り投げる瞬間を。武器を捨てる瞬間を初めて見たのだから。そしてただひつぎを両手で抱きしめて、耳元で「約束」とかすれた声で呟いた。
「ひつぎ、約束しただろ? 俺に名前教えるのはてめえだって。思い出せ、こんなとこで壊れてる場合じゃねえだろ。なあ、ひつぎ」
「あははは、あは、あはあ、あ」
「ひつぎ、頼むから」
「あははは、あ、あ。ぶれいく? やくそく、なまえ、わたしがブレイクに、おしえるってあは、やくそく」
「そうだ。だから早く戻れ、ひつぎ!」
それでもなお、宙を見て笑い声を上げるしかしないひつぎに。ブレイクは身体から手を離して、その小さな頭を抱え込むと。何度も何度も呟いた。囁いた。言った。「約束を」と。「ひつぎ」と。それはひどく真っ白な願いで、無垢な祈りで、現人神の血はその祈りに反応して奇跡を起こす。
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