第18話 木枯時人

 2人は大通りを歩いていた。とりあえず、いつまでもあの喫茶店にいることはできないしあゆりと戦った公園に行って少し休もうという目的で歩き始めたのだ。ひつぎの注文通りに右側を歩いてくれるブレイクの背を追いながら、ひつぎは疲れたように小さいため息を1つついた。


「なあ、どんな方法使ったんだよ。魔法か? あの魔法使いと血ぃ繋がってたのか?」

「違う。……内緒って言った。ブレイク、しつこい人は嫌われる」

「はあー? てめえが俺のこと嫌うはずねえだろ、お前は俺の目なんだから」

「……」


 あれはあの時だけのこと。

 そう言い切ってしまうにはもう胸の中が苦しくなってしまうくらいには、ひつぎはブレイクになじんでしまった。情をわけてしまった。だからちょっとだけそのいつもの無表情を緩めて笑った時のことだった。


『これより4時間№5木枯時人の持ち時間となります』


 と天の声が耳元で聞こえた。まさか周りに殺人鬼が! と思って警戒している2人。そんなひつぎとブレイクをあざ笑うかのように、周囲の景色は何も変わらない。しばらく、そう30分くらいは警戒してその場に立っていたのだが、いくら待っても襲撃の様子はなく。ブレイクとひつぎが見えないコートを着込んだ人々がただ隣を通り過ぎていくだけだった。そういえば冬なのにかなりの軽装であるひつぎとブレイク。ひつぎにしたらブルマである。それなのにあまり寒さを感じないということはこれも神さまの配慮かなあと考えるひつぎ。こんな最後の方でやっと気づいた。

 人の警戒心というものはそう長くもたないため、とりあえず当初の目的通りに公園へと向かうため歩いていた2人。一応ひつぎを守る形で先頭にブレイクを置いて、殿をひつぎが務める。と言っても2人しかいないのだから務めるも何もないのだが。そんなこんなで歩いているとき、ひつぎがブレイクの横を通った中年男性とすれ違ったときだった。


 どすっ。


「……え」

「は?」


 横腹に衝撃がはしったひつぎは、予期しないそれにぐらりと倒れる。とさっと軽い音で倒れたひつぎのその音に、ブレイクは振り返って目を丸くする。だんだん熱を帯びてくるそこを見ると。

 柄が生えていた。

 そして柄と横腹の境目からぽた……と垂れた赤い雫に、だんだんと熱が痛みに変わる。


「うあああああああっ!!」

「ひつぎ!! おい、どういうことだ!? 俺たちは見えねえはずなんじゃ!」

「わたしもわからな……ブレイクっ! 前!」

「ああ!? ぐっ!」


 きぃん! 前から歩いてきていた、片腕のない女性が虚ろな目のまま歩きを走りに変えると。ブレイクに向かってサバイバルナイフを突きつけようとして、長い変わった形の斧に防がれていた。片腕がないのが悪かったのか、バランスを崩しアスファルトに倒れうごうごと蠢く様子は、その動きは人間のものではなく壊れた出来の悪いおもちゃのようだった。

 その奇妙な動きにぞっとしていたブレイクだったが、肝心のひつぎの方を振り向くと。ぐるりたくさんの人々に囲われていて見えなかったが、その隙間に全員がサバイバルナイフを持った老若男女だということがわかった。

 とりあえず、刺されてはいないようだがブレイクは手にもっていた斧のグリップの最大限下まで持つと、大きく横に振り。


「ひつぎ、てめえ頭下げてろ!!」

「うん……!!」


 返事が聞こえたのをいいことにして、ぶううん!! と風切り音がするほどに大きく横に薙いで、ひつぎを取り囲んでいた老若男女の首を刎ねた。

 それはまるでおもちゃのように、軽く何の抵抗もなく血飛沫すら起こらずにごろりごろりと頭だけが転がった。頭を失いよろめいて支えるものもなくひっくり返った十数人の死体たちに、その合間を縫うようにひつぎはブレイクの元へと、刺された横腹の柄を抜かずによろよろと歩いてきた。歩いてきたひつぎは何とかたどり着いたブレイクに、もたれかかっておかしいと思った点を伝える。考えることがブレイクといるひつぎの仕事だから。


「ブレイク……おかしい」

「ああ!? それよりてめえ、腹!」

「聞いて……欲しい。あの人たち、全員目がなかった。それでも、わたしを見つけて、取り囲むことなんてできると思う?」

「……そりゃあ」

「素晴らしい。できそこないを処理してくれたこと、改めて礼を言わせてもらおう。そしてひつぎちゃんと言ったかね? よくその歳でそこまで考えつくことだ」


 ふう……ふう……と息を漏らしながらなんとかブレイクにもたれかかっているひつぎ。その傷に触れようとしたブレイクを制して、ひつぎは疑問に思った点を突きつける。

 実際眼球のない人物ということは視界がないといことであり、いくら音に発達していてもそれだけでサバイバルナイフを持ってひつぎを傷つけることなく取り囲むなどできるはずがない。ブレイクもそう思ったのか、「出来ない」と続けようとした言葉を遮って、老年の男性の声が割り込んでくる。

 その声の持ち主の方を振り返れば白交じりの黒髪をオールバックにして、逆十字架の下がったモノクルをつけた黒いスーツに黒いリボンタイ。老紳士然とした男性がこちらを見ていた。白い手袋で、ぱんぱんぱんとゆっくりと拍手までして。しかしその手は純粋な拍手の手ではなく、黒い短鞭を握っていた。

 ※死体愛好家、鞭打命令の短鞭。その言葉とともに、首を刎ねても噴き上げない血、無い目玉でまるで本能のようにひつぎを取り囲んだ人々。この4つのヒントを組み合わせ、練るととんでもない事実にひつぎは至ってしまった。

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