第19話 本性


「命令ってことは操れる。でもそれは……死体限定?」

「ああ、なんて賢い子だろう君は。是非私のコレクションに加えたい。ああ、主人の名前はもちろん私、木枯時人の名前で刻んであげたいものだ」

「コレクションだあ? そこで動いてる気味の悪いやつらかよ」

「もちろん違うとも。彼らはそう、失敗作なんだよ。作る過程でどうしてもできてしまう不良品なのさ。私の作るコレクションはそれは美しくたおやかで賢い。そう、今回の贄である彼女のように。だから悪魔様に捧げる贄にしようと思ったんだが、君が片付けてくれてね。ありがとう、ブレイクくん」


 死体は魂の箱だ。例え中身が失われたとしても粗雑に扱われていいものではない。それを、ひつぎは知っている。そしてブレイクはひつぎを失うわけにはいかない。だから、2人はこの老紳士めいた悪魔崇拝者を、木枯時人を殺さなければならない。

 殺意に燃える碧眼で時人を睨んでから、まずひつぎをどうするべきかと考える。ここの地理についてはひつぎよりブレイクの方が詳しい。ひつぎが絶対安全で、なおかつブレイクの斧が振り回せる広い場所。

 それを考えたときとっさに浮かんだのが、公園の近くに併設してある子ども騙しに大きな観覧車のあるデパートの屋上だった。それを思いついた途端ブレイクはひつぎを片手で抱いてもう片方は斧用に残して邪魔になる通行人は全て押しのけ走り出していた。


 走り出してから数分で着いたそこは、相変わらず人気がなく寂れていたが。観覧車だけは問題なく回っていた。ブレイクは先ほどよりも乱れた服で係員を無視して回ってきた黄色い観覧車の箱、その中にひつぎを乗せる。ゆっくりゆっくりと上へとのぼっていくのを見て。ブレイクは。

 ブレイクは。

 ブレイクは。

 嗤った。


「ひっひゃはははははあっははははははははははは」

「おやおや、ひつぎちゃんの衰弱が激しくて壊れてしまったか?」

「おい、ジジイ。てめえ、笑わせるんじゃねえよ。こちとらお荷物がいなくなってやっと本気で戦えるんだからよぉ」

「お荷物とはひどい言いざまだ。私に貸してくれれば綺麗な人形に」

「こうやって、かあ?」


 ごろり。

 転がされたのは赤い唇の美しい女性の頭部だった。長かっただろう黒髪はざんばらに切られ、ところどころにほこりを巻きつかせている。元は化粧がきちんとされていただろうが、転がされたことによって剥げてしまっていた。血はにじみ出ないものの傷も負っている。

 わなわなと時人の顎が震え、モノクルについた逆十字が揺れる。そう、それはコレクションだった。時人が一番に可愛がっていたものと言っても過言ではない。死体をこよなく愛する彼にとって、このデパートの正面のガラスケースに飾った死体は何よりもそこがふさわしいと厳選してきたものだったのに。ブレイクを追いかけているときは、裏口から時間短縮のため入ったからわからなかったが、もし、他のコレクションもこんな無残な姿にされてるのだとしたら。


「俺はバカだからよぉ。物の価値なんてよくわからねえんだわー。それで? そのゴミが何の価値があるって?」

「私の、私の芸術作品をおおおおおおおおおおおお!!」

「あーあ、ジジイががたがたうっせえなあ。もういいわ、お前死ねよ」

「いけ、不良品ども! こいつを痛めつけろ、目の前であの少女を人形にしてやる!!」

「これだから気ぃ短ぇジジイはよぉ。まあいいや、俺に刃を向けるってことは死んでもいいってことで、俺よりも強い自信があるんだよなあ? じゃあいいぜ、お前ら全員。……もう一度死ね」


 ブレイクが、大量殺人鬼、数いるシリアルキラーの中でもトップクラスと呼ばれるには訳がある。昔といっても数年前だが、ブレイクは一度収監されたことがあった。

 もちろん罪名は殺人だったが、その次の日には大量殺人に変わっていた。

 朝来た看守が最期に見たものは、三面、鉄格子すら血みどろの中で自分よりはるかに体格のいいだろう囚人たち184名全員を朝食で出たフォークでなぶり殺しにしているブレイクの姿だった。声もなく立ちすくむことしかできなかった看守は、そのままでいればよかったのだ。とっさの正義感で銃を取り出したが故に、ブレイクに殺されたのだから。そのまま看守を殺し逃亡していまに至るのだ。

 あの時はフォークなんてしょぼい得物しかなかったが、いまは違う。斧があるのだ。使わなければ損というものだろう。


 ブレイクは一回屈んで立ち上がれないように足を切断し、そのまま立ち上がって首を断つ。案の定血飛沫は出なかった。

 走り出して駆け抜ける勢いのままに斧を振るうブレイクはまさに修羅と言ってもよかった。一振りで十数体もの不良品を片付ける。時人がコレクションを作るときに出る不良品……というか、腕とか目とか良い部分だけを切り取って残ったスクラップともいうべきゴミは大体1体につき9~30体。

 それを4体分、約109体。造作もなく息切れすることもなく片付けていくブレイクに時人は恐怖を覚えるが、そんなことお構いなしにブレイクは手ごたえの感じないつまらない作業だと言わんばかりの顔で切り裂いていく。やがて全部が伏したころ。

 

「なあ、ジジイ。てめえ人形作るのが好きっつたよなあ。ひつぎでは作れんのかあ?」

「!! も、もちろんだとも! あれほど賢く聡明な人形を精巧に作るには私の手でなくては! そ、そうだ、主人の名前はブレイクくん、君の名前に」

「そうか、まあ聞いてみただけだけどなあ」


 ざしゅっ。


 懸命に命乞いにも似た自身を売り込もうとする時人を、何の感慨も抱かずにその首を切り取ったように見せかけて。首には浅い傷しか刻まなかった。薄く皮膚をなぞっただけの刃に、そこにまるで光明が見えたかのように歓喜に唇を震わせる時人を冷めた目で見ながら。ブレイクは俯くとにたあっと黒いマスクの上からでもわかるほどにつりあげた唇で。


「まだ観覧車が下りてくるまで時間があるからよぉ。愉しもうぜぇ? 人形趣味のクソジジイ」

「ひっ……!!」

「まああれだわなあ。望みすぎた罪っつーの? 俺がじいっくり断罪してやるよ」

「や、やめ。く、来るな!!」

「あひゃひゃ、ぎゃははははっははははははははははははは!!」


 ひつぎを乗せた観覧車は、まだ天辺についたばかりだった。




 痛みのために気を失っていたひつぎはいつの間にか仰向けに気のベンチへと寝かされていて、誰かが額の脂汗を拭ってくれた行為で目が覚めた。横腹に感じていた痛みはもうない。これは時人を倒したということだろうかと自由に動く首でブレイクを探すため横を見て、ひつぎは固まった。

 恐怖に叫ぶ時人の首があったからだ。しかも生首。しばらく凍り付いているとぷっと誰かが吹き出す音がして、そちらを見ればすぐ前のベンチにブレイクがいた。げらげらとこちらを指さしながら大笑いしている。

 痛みがなくなり軽くなった身体で起き上がると、ひつぎはブレイクに静かに近づいていき。すぐ前に行くと影ができたことで、うつむきながら笑い転げていたブレイクが顔をあげるのと同時に。

 ひつぎはその包帯のまかれていない方の顔に向かってグーパンチを食らわせたのだった。


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