第17話 内緒
「ブレイク、わたしが。わたしが、ブレイクの目になるから……だから、わたしの言うこと、信じて」
「ぐっうう……お、う」
「ブレイクの左側に斧が床に刃が下になって落ちてる。はあっ……もう少し左。グリップ、つかめた?」
「はー、はあ……おう」
「わたしが合図したら……それを思いっきり前に向かって振り抜いて」
「わか……った!」
こつん、こつん、こつん。陽乃子が狂ったように笑いながら、手中でマチ針を弄びながら近づいてくる。音をたてて跳ねる鼓動に、落ち着け落ち着けと言い聞かせて。まだ、まだ早いと近づいてくるブーツの音がするたびにひつぎは耐える。まだ、まだだ。
こつん。
「いま……!!」
「うおらああああ!!」
「ひっ!? きゃああ……あ……あ」
ひつぎの合図と同時に前へと振り抜いた斧の刃は確かな手ごたえとともに、陽乃子の身体を斜めに真っ二つにした。カフェという閉じた空間で、濃い血の匂いが満ちる。
血が噴き出るが、その血はいままで首を落としてきた時の鮮血とは違いどこかどす黒く濁っているような気がひつぎにはした。上半身と下半身、斜めに切り裂いたものの、心臓はまだ動いているのか虚ろな口調で陽乃子が呟く。
「そん、な。わたく、しの。えいえんの、びぼう、が」
「はっ!! 美貌……っはあっ、っつーには年、食いすぎてんだよ、ババア!」
「でも……これなら、あなたは年を取らずにいられる、ね」
「あ……えいえんのわかさぁ、びぼう。わたくしの、ものにぃ。やっと……」
はりつけたような、おっとりとした笑みとは違う。綺麗な純粋な笑みを浮かべながら、やがて息絶えた陽乃子。
それと同時に巻き戻るかのようにひつぎの全身をちくちく縫われるような痛みはなくなった。これが神さまの言っていたハンデの1つなのだろう。しかし。ゆっくりと立ち上がって両手をぐーぱーしてみたりしたひつぎはブレイクの方を振り返って驚いた。
「ブレイク……?」
「あ? んだよ、痛ぇ」
「なんで、ブレイクだけ……?」
ブレイクの左目は治らないままだった。ためしにブレイクが自身で刺さっていたマチ針を抜いてみたものの目から血が噴き出して、いまは涙のように流れているだけで何も変わらない。ブレイクが途中からの贄だからだろうか? でもセーブ地点までは一緒に行けたのに。ぐるぐると思考はまわり続けるが。
その血の涙が、あまりにもひつぎには痛くて悲しくてたまらなかったから。強く思えば思うほどにひつぎの胸の中に白い光が根を深くはり始める。
木張りの床に膝をつき、胡坐をかいたまま左目を押さえているブレイクの手袋をはめた手にそっと触れる。そのまま手をずらして。
「ひつぎ?」
「……」
治ればいいのに。
心の中で呟いて、そっとその小さな唇で針で穴を開けられてしまった瞳に口づける。
それはひどく神聖で、情欲の欠片もない神々しいまでに白い光がブレイクの視界を覆った。
なにが起こったのかわからない。
それはひつぎにも、ブレイクにも。だって、ブレイクの瞳に口づけたのはひつぎで、それなのになぜかまばゆいまでの白い光に見えてしまったのだ。そう、見えなくなってしまったはずの左目でブレイクは光を見ていた。
そっとひつぎが離れたときには。
「見……える?」
「……え?」
「おい、ひつぎ! 見えんぞ!? 見えるようになった! さっき何した!?」
子どものようにはしゃいで、左目が見える見えると両手を広げて騒いでいるブレイクに小さく笑うと。ひつぎは。
「……内緒」
とだけ少し血のついてしまった唇に人差し指を添えて、そっと言ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます