第7話 常識の違い

 だから匂いで見つけたパン屋の中でメロンパンとチョココロネ、せっかくだからと他にも色々と紙袋に入れてパクってきてしまった。少々の罪悪感が良心を刺激したが、それでもお金を持っていないひつぎにできることはなくとりあえず「ごめんなさい、美味しくいただきます」とこちらを見ないでレジ打ちに徹している店長らしき名札のついた恰幅の良いおばさんに言って店を出た。一緒にいたブレイクは珍妙なものを見るような顔でひつぎを見ていた。

 せっかくなので、落ち着いて食べたいというひつぎの言葉に、そういうものだろうかと首を傾けつつもブレイクは路地裏の公園があることを教えてくれた。

 なぜこのような場所を知っているかというと『神の作った箱庭』の内容は毎回同じで、今回で4度目の参加だというブレイクはそこでも自分の持ち時間が来るまで寝ていたことがあるらしい。さっさとその場所に向かおうとするブレイクの腰辺りのジャージの裾を茶色い紙袋を持った手とは逆の方で掴む。その行為に怪訝そうに振り返ったブレイクに、ぜーぜーと肩で息をしながらひつぎは。


「待っ……てっ。足の長さが違う、の!」

「あ?」

「人もいっぱいいるし、掴まって、ていい? ……迷子になる。あと、左は歩かないで。見えない」

「あー……別にいいぜ」


 さすがに迷子になられると困るとでも思ったのだろう、ブレイクはあっさりジャージの裾を引くことを許可する。ついでに右側を歩いてくれることにほっとしたひつぎだった。

 そのまま歩き続けて着いた公園はビルが建ち並ぶどうみても都会な『神の作った箱庭』にはふさわしくないくらいに緑にあふれ、木枠でのなかの砂場や色とりどりの見たことはあるけれど名前はわからない遊具が設置されている。昼食のために家に帰っているのか公園には誰もいなかった。入り口におかれているゴミ箱の横を通りながら木陰にベンチを発見した。

 そこでブレイクと並び鉄でできたベンチに座って、パンを食べ始める。パン屋に置いてあった牛乳の紙パックを1つ紙袋から取り出して、ストローを指してすする。……並んで座っているといってもブレイクが両腕を広げて座っているために、腕の中にいるような形なのだが。


「おい、んなのより早く名前の書き方教えろよ!」

「ご飯は大事。お腹がすいてるといらいらするから……今のブレイクみたいに」

「ああ!? 別に腹なんか減ってねえよ! 3日前に飯食ったばっかだぜ」

「それ……ばっかりって言わない。パン、いっぱい持ってきたからあげる」


 がさごそと膝の上に置いた茶色い紙袋の中からサンドイッチを取り出して渡す。コンビニのように個包装されているそれを不思議そうに受け取りあげたり下げたりひっくり返したりを繰り返すブレイクに、包装の取り方がわからないのかなと思ってひつぎはブレイクの手からサンドイッチを持ち上げる。


「あ……、何すんだてめえ、それよこすっつっただろ!!」

「開け方……わかるの?」

「……うるせえよ」

「パン屋さんのは基本セロハンテープ1枚でとまってるから、ここを……ぺりってすれば開くよ」

「……おう」


 丁寧にたっぷり挟んである卵や野菜、カツが飛び出ないように包装をとめるセロハンテープをとるときれいに開いたセロハンごとブレイクに差し出す。警戒する猫のようにそろそろと手を伸ばして、卵のサンドイッチを手に取る。

 実はブレイク3日前に食べたものというのもスーパー帰りの主婦を殺して奪ったバナナや缶詰だけだったりする。本当はもっと弁当とかをブレイクは期待していたのだが、つい空腹に任せて人目があるところで殺してしまったため騒ぎになりそれで我慢したのだ。

 そもそも、ブレイクはスラム育ちである。幼いころは体が小さく『弱いもの』というだけで痛めつけられて右目を奪われた。だから『弱いものいじめは嫌い』なのだと、懐かしくもない過去を思い出しつつブレイクは真っ白なパンにはさまれた卵のサンドイッチをみる。それからどうしたのかと言わんばかりにこちらを見るひつぎを見て、こんな『弱いもの』を贄に選ぶなんて相変わらずイイ趣味してんな、あのイカレタ神さまはよおっと心の中でつぶやいて。口に運んだのだった。


「!! おい、なんだこれ! うめえ!」

「よかった。あ……飲み物1つしか持ってきてなかった」

「あー?」

「半分飲んじゃったけど……ブレイクも飲む? 牛乳。サンドイッチって口の中、ぺたってするから」

「飲む」


 がつがつサンドイッチを食べ、頬をぱんぱんにしながらひつぎから差し出された牛乳を一気に吸う。

 ずずーと音を立てて飲み、またサンドイッチへと移るがもともとが小さい紙パックだったためすぐになくなってしまうが、それをぽいっと地面に捨てたのをひつぎが慌てて拾う。


「? なにしてんだ?」

「ごみは、ごみ箱。……これ常識」

「……ちっ、うっせーな。わかったよ」


 ちょうどよくもサンドイッチを食べ終えたブレイクにサンドイッチを包んでいたセロハンと牛乳パックを捨てに行くように促せば、しぶしぶブレイクは腰をあげる。

 その際も変わった形の斧を肩にグリップを乗せ持ち歩くとは、いったいどれだけあの斧に愛情があるのかとごみ箱のある公園の入り口に向かって行く日に当たる背中を見ていると。

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