第6話 真っ当な殺人鬼

「そういえば……自己紹介してなかった。わたし、ひつぎ。有山ありやまひつぎ。小学校5年生。得意なのは算数」

「あ? あー……ブレイク。それ以外の呼び名はねえ。年も知らねえ。ショーガッコウってなんだ?」

「えーと……うん。20歳くらいだと思う? たぶん。小学校は、勉強するところ。算数とか国語とか、理科とか」

「ふーん……それって役に立つのか?」

「……わからないけど、先生がしなさいっていうから」


 困ったように俯いて告げるひつぎに、ブレイクは首をかしげながら不思議そうな色を含んだ声で言う。


「センセイ? ってのは偉いのか?」

「……たぶん。先生に教わることで、わたしたちは字が書けたりお金の計算ができるようになる、から?」

「てめえ字ぃ書けんのかよ! すげえなあおい!」


 字が書けると言った途端、左目を輝かせてぐいっと顔を近づけてきたブレイクにひつぎはびくっとした。変わった形の斧が太陽の光にきらめていた。そんなことを場違いに思いながら、なにやら興奮しているらしいブレイクに首を傾げる。日本の識字率は先進国の中でもトップクラスだ、それなのにすごいと褒められるなんて……と考えたところで思い出した。

 ブレイクの名前はブレイクだ。金髪碧眼、その容姿からもわかるようにきっと外国育ちなのだろう。それもかなり下の身分、そう。学校、それも小学校に行けないくらいには。だとしたら文字が書けるだけでもこんなに子どものように興奮していることも微笑ましく感じる。


「ブレイク、名前の書き方……教えようか?」

「いいのか!? なんだよてめえ、実はいいやつか!?」

「……わたし、悪いことしてないのに。実はってなに、実はって」


 ちょっと言いたいこともあったが、それはさておき。いつまでもここにいるわけにはいかないと思いそのことをブレイクに伝えると。とりあえず一本向こうの通りで昼市場を開催してるから、そこで食べ物を調達しようという話になりビルの間を抜け、通りに行くため歩き出した。


「ああ、殺人鬼の持ち時間はひとり4時間だからな。俺みたいな真っ当な殺人鬼とは違ってあのキチガイ野郎に追われてた時間含めたっていま1時間くらいなんだから俺の時間も含めてあと6~7時間は好きなことしてて平気だろ」

「……不確定要素は排除するべきだと思うけど」

「ふか? とりあえず、問題はねえよ。前の贄の時もそうだったしなあ。殺人鬼と贄が恋人とか親友とか幼なじみとかで寝返ったりな。狂った神が好きそうなパターンだぜ」

「神さまは……いつだって理不尽。そんなの当然のこと」

「てめえはなんつーか、変なとこで、こう。知ってるつーか、上から目線っていうか」

「上……」


 お互いの運動靴が音も立てないで歩く中、ひくりとひつぎは内心頬をひきつらせた。言うに事欠いて上から目線とは何事か。多分悟ってるとか達観してるとかいうことを言いたかったんだろうなということはなんとなくわかるが、面白くはない。

 そんなことをしている間に昼市について、夢花が強酸の雨を降らせて人々が逃げていったところからわずか一本違いの通りなのに平然と普通に開催されて、人も大勢いることがひつぎには恐ろしかった。それをごまかすように、手癖も悪く木箱の中で売られるのを待っていたリンゴを1つとり、片手に斧を持ちマスクを下げてかじりついているブレイクに言葉を放つ。


「ブレイクは……言葉選びが独特だね」

「あ? 褒めてんじゃねえよ食いかけのリンゴしかやらねえぞ」

「……全然いらない」


 そうか? とがりがり鋭い歯で真っ赤なリンゴにかぶりつくブレイクに無表情のまま首を振り、いつの間にかはいっていてしまった肩の力をそっと抜いた。ブレイクが斧を持ち込んでも見えないかのように……そもそもひつぎたち自体が見えていないかのようにふるまう人々に、ひつぎは神さまからもらった手紙を思い出した。

『殺人鬼と贄以外は全員君たちが見えないことになってる』ならばそうふるまっているのではなくただ単に見えていないだけなのかと思い直して、ひつぎは気にしないことにした。ここで気にしないことにできるあたり、ひつぎももう狂っているとしか思えないと自分でも思うがそれは今気にすることではない。

 正直腹は減っていなかったが、それでも一応何か食べておいたほうがいいのかと思ってあたりを見る、が。まだ10歳、それにしても発育不良気味なひつぎは結局周囲の人々が壁になってなにがあるかは見ることができなかった。

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