第21話 晴峰・R・兎姫

「ブレイク……この人、恋人?」

「はあー? こんな偉そうなガキでチビが恋人とかねぇわ」

「……片想い?」

「黙るのじゃ、この下女めが! 妾とブレイクは運命の赤い糸で幾重にも結ばれておるのじゃ!」


 とりあえず、ブレイクロリコン説には終止符が打たれた。しかしこの少女には好かれているらしい。それはともかくとして、下女とは何事だ。※皇帝と書かれていたから多分偉い立場で本当に皇帝なのかもしれないが、いきなり出会って睨みつけられて挙句下女呼ばわりとは納得いかなくて。ひつぎは無表情のまま、少女に向き直って言った。


「わたし……有山ひつぎ。あなたは?」

「なぜ妾が名乗らねばならんのじゃ。そもそも下女の名前に興味は」

「わたしみたいな下女が言えること……皇帝なのに言えないの?」

「ぐっ……。わ、妾は晴峰皇国皇帝、晴峰はるみねRルーヴェル兎姫ときであるぞ! 敬うがよい!」

「チビはチビで十分だ。ってかそういやあてめえが一番年下のチビになったな、ひつぎ」


 ぎゃははははと気軽に笑っているブレイクにはわからないだろう。自分の言葉がどれだけ兎姫に衝撃を与え、心を乱しているか。いや、乱すなんて可愛いものじゃない。心の中に吹き荒れる嵐を、わかっていないだろう。

「チビ」それは適当に一番年下だからと兎姫にブレイクがつけたものかもしれないが、兎姫にとってはそれは特別な呼び名だった。皇帝だからと誰もが畏まる中で自分より下に見下しそれでも弱いのだからと優しくしてくれたブレイクは兎姫にとっては心の奥底に仕舞っておきたいような大事な存在だった。それを、それを、それをこんな生まれもわからぬ下女に。

「ひつぎ」と当たり前に名前を呼ばれることを兎姫が何度夢見たことか。それを当然とばかりに享受している、今回の贄がひどく憎たらしくて仕方なかった。その上「チビ」という名すら取ろうというのかと兎姫は嫉妬に顔を歪めながらひつぎを睨む。そんな時だった。


『これより4時間№6晴峰・R・兎姫の持ち時間となります』


 天の声が耳元で囁いた。それと同時に、ブレイクでも反応しにくいほどの速さで扇子を引き抜くと。兎姫はじゃっと片手で開き、もう片手でひつぎの首を押さえつけると。ひどく醜悪なまでに嫉妬に狂った笑顔を浮かべて、その紙の先だけ鉄加工のされた鉄扇……と呼べるのかどうかもわからない代物をひつぎの首に突きつけ。


「じゃあのう、妾からブレイクを奪う売女ばいた風情が。地獄でとくと詫びるのじゃぞ……やれ、接触切断の鉄扇」


 ざしゅっ。


 目をかすかに見開いたまま、ひつぎの首はずり落ちた。

 そして、ブレイクは息を止めた。

 なにが起きた。

 この足もとに転がっているものはなんだ。ふわふわと固い風になびく、糸のような白いもこもこのそれは『これでも手入れは欠かしてないつもり』ちょっと自慢げに言ったひつぎの顔が浮かぶ。なぜそれと同じ顔が運動靴のすぐ近くに転がっている。その小さい赤い唇からこぼれる液体はなんだ。それと同じ口で言ったじゃないか『ブレイクはブレイク』『殺人鬼でもちゃんと痛みがあって、感情がある人間』そう、言ってくれたじゃないか。

 上から降る生暖かい雨はなんだ。赤い、赤い、赤い。知っている赤さだ。血の、色だ。隣を見れば、先ほどまであったひつぎの顔はなく、血が噴き上げる身体だけが残されている。しかしそれすらも兎姫が鉄のベンチから突き落として、服が、首が、肌が砂に汚れる。


「ふん、下女……いや、売女風情にはこちらの方がお似合いじゃ」

「て……めえ」

「うん? どうしたのじゃ? ブレイク」


 平然と笑顔を向けて隣に座り身体を寄せてくる「チビ」を唖然と見ながら吐き気がする。

 人を殺すことに抵抗感を感じていない「チビ」は、ブレイクの知っている「チビ」ではなかった。ブレイクの知っている「チビ」は人を傷つけることに怯え、なぜこんな力を持ってしまったのかと嘆いていた。こんなゲーム、早く終わってしまえばいいのじゃとよく言っていた。それが。

 平然とひつぎを、「弱いもの」を殺した事実が受け止めきれない。だから。


「……どれ」

「え? なんじゃ?」

「戻れ、セーブしたところまで」


 こう確かあゆりに殺されかけていたブレイクを救うために、ひつぎは言ったはずだ。こんな感じの文言だったはずだ。それと同時に、白い光が溢れ目を焼く。固く目をつぶり、気がついた時には。

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