第9話 間違いは正すもの
木陰にあったベンチを、ブレイクが「寒い」という理由で日向に引っ張りだして並んで座りチョココロネとメロンパン、ひつぎが自分のために選んできたパンを食べるころにはすっかり他のパンはブレイクの胃の中へとおさまっていた。
隣から「次はパンやを殺るか?」と物騒な独り言が聞こえたが聞こえなかったことにして。次は名前を教えようとしていたひつぎだが、お腹いっぱいになったらしいブレイクは「俺は寝るから、後でぜってー名前の書き方教えろよ」という言葉の後ほんの数秒で眠りについた。
そんなしばしのお昼寝タイムやお花摘み(比喩的表現)をしたところで、無機質なその声はひつぎとブレイクの耳元で響き渡ったのだった。
『これより4時間№3君継あゆりの持ち時間となります』
きらり。
それが見えたのはたまたまだったが、なにかがビルの隙間、真っ正面から煌めいた瞬間。とっさにひつぎは茶色の紙袋を顔の前に突き出していた。
それとともに激痛が丸出しの太腿を襲う。
おそるおそる左太ももを見れば先が三つに裂けた鉾が縦にひつぎの生白い太腿を貫いていた。その三又鉾は、先ほどあゆりが持っていたものだ。あまりの痛さに意識が飛びそうになり、歯を食いしばって耐え崩れ落ちる。そんなひつぎに、ブレイクが駆け寄る。
「痛っい……!」
「おい、ひつぎ!?」
「やあ、さっきぶりだね。ひつぎちゃん。殺しに来たよ」
まるで散歩にでも誘いに来たような気軽い声であゆりは平然と公園の外から歩いてきた。公園の周りを囲っている策を越え、平然と近づいてくる。
「てめえ!!」
「おやおやブレイク、ひつぎちゃんのこと守れなかったのかい? キミは何のためにいるのやら、存在意義がなくなってしまうね?」
「ソンザイイギとか難しい言葉でごまかしてんじゃねえぞクソが!!」
「戻れ、絶対命中の三又鉾」
ぐちゃ、ずるるるる。
尖った矛先がずるずると音をたてて抜かれる。まるで糸をつけられた紙コップの糸を引くようにそれはするするとあゆりの手元に戻る。肉と骨を貫通していたそれが引き抜かれる感触に思わずひつぎは苦悶の声をあげた。
「あああああああああああああああ!!」
「ひつぎ!」
「よそ見していていいのかいブレイク?」
「てめ」
「いけ、絶対命中の三又鉾」
三又鉾を持っていたあゆりの手が上から下へと動いたかと思うとひゅんっと風を切り裂く音がした。次にがきいんと金属同士がぶつかり合うような音がして、めまいを起こしそうな焼け付く痛みの中。ひつぎはブレイクの方を見た。
そこにはぎりぎりと変わった形の斧の刃の部分と三又鉾の水晶部分が競り合いをしている姿があった。が、すぐに三又鉾は逃げるみたいに不自然に。刃の競り合いをやめ横にずれるとブレイクが体勢を立て直そうと作ってしまったわずかな隙に付け込んで、その背後へと回って。
「……っ!! ブレイク!」
「ごっはっ!!」
その喉を首のほうから一突きにした。焼け付く痛みの中の足を引きづって、なんとかブレイクのもとへと行く。愛用している斧を取り落としてどしゃりと横に倒れこんだブレイクへとひざまずいて、色の悪い顔を見る。
鉾の刺さった喉で何とか呼吸をしようとしているもののひゅーひゅーと傷口から空気が漏れそのたびにこぽりこぽりと血があふれ出してしまっている。唯一の左目はほとんど虚ろで黒いマスクは赤黒く染まっている。血を吐いたのだろう。
喉に刺さったままの三又鉾が痛そうで、ひつぎは全身の力を振り絞って立ち上がると、三又鉾のグリップの部分に手をかけてひと思いに引き抜く。なんだかあっさり抜けたのがおかしくて、抜いた瞬間痙攣したブレイクに痛いよねと思わず呟いた。
同時に、強く思うことで白い光のようなものがひつぎの胸の中に芽生える。
「ちがう……」
「いや、なにも違わないよ? キミがいたから、ブレイクは死んだんだ」
「ちがう……」
「違わないさキミがいなければ」
「ううん……ちがう。そう、違う。違うの。これは間違いだから、初めからやり直せばいい」
どこかおぞけさえ感じるほどの虚ろさで、三又鉾のグリップを持ちながらぶつぶつとひとり呟いているひつぎに、ぞっとしたものがあゆりの背筋に走った。345年間生きてきた中でも感じたことのない殺気でも憎悪でもない、ただの虚無。その怯えをごまかすように三又鉾の名を呼び、手元に戻そうとする。
「戻れ、絶対命中の三又」
「戻って、……セーブしたところまで」
あゆりが言おうとしていた言葉をさえぎって、虚ろな声で囁かれたそれは。確かに間違いを正すものだったのだ。
視界が白く染まって、先ほどまで握っていた三又鉾の水晶の冷たい感触がなくなるのを感じた。
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