第12話 作戦

『これより4時間№3君継あゆりの持ち時間となります』


「作戦はさっき通りにね……、ブレイク」

「おう」


 きらり。

 それが見えたのはたまたまだったが、なにかがビルの隙間、真っ正面から煌めいた瞬間。事前にそちら側から三又鉾が来ると聞いていたブレイクはひつぎの前に出て、ひつぎの白く細い太ももに三又鉾の矛先が当たる前に斧を振り上げる。穂先が5センチほどひつぎに近づいたのを見計らってがあん!! と斧を思いっきり三又鉾にむかって殴りつけた。

 普通なら刃こぼれをおこしたり、罅が入るのは斧の方だろう。しかし、この斧は不錆不壊の斧。絶対に壊れないものと壊れるものがぶつかった場合、どうなるのかなんて答えは聞かなくてもわかる。だからこそ、絶対命中の三又鉾は不自然なまでの動きで避けたのだ。自分が壊れてしまうと知っていたから。


 それは金属同士を打ち合うような、ひどく耳障りな音だった。しかし同時に。

 ひつぎとブレイクにとっては歓迎すべき音だった。

 なぜなら、それは完全に三又鉾と打ち合いができたという証であり、同じくして聞こえたみしみしみしみしときしむ音とぱりん! となにかが砕ける音は三又鉾を完全に壊せた証明だったからだ。ぱらぱらと元は三又鉾であったものが粉々に砕け散ってガラスの欠片が地面へと混じる。


 そして、その光景を見ていたのはひつぎとブレイクだけではなかった。もちろん、あゆりも。

 大きくその茶色い瞳を見開き何度も何度も「戻れ、絶対命中の三又鉾! 戻れ、戻れ、戻れってば!」と叫んでいるが一向に戻る様子はない。というか、砕けて形すらなくなったものが手元に戻るわけないのだ。

 いっそ哀れと言わんばかりに狂乱の様子で叫んでいるあゆりに黒いマスクの中でにたにた嗤いながら……マスクの上からでも嗤っているのが見えているほどの笑みを見せて、ブレイクはことさらにゆっくり。殺意をのせた視線を向けた。

 その視線だけでひっと引きつった声を出して腰を抜かしたあゆりをあざ笑うみたいにブレイクは視線とは反対にさっさと近づこうとしたところをひつぎもついて行った、グリップの部分を握りしめて大きな動作であゆりの首を狩るため横に薙ごうとしたところで。あゆりは先ほどの怯えようが嘘みたいににんまりと笑った。


「ふふ、ねえ。ブレイク? 武器が1つなんて、誰が決めたんだい?」

「ああ?」

「……ブレイクっ!!」


 ひつぎは反射的に紙袋の中からひんやりとする冷たい金属を持つ。

 そのままあゆりは懐から取り出したアイスピックで、ブレイクの黒いスパッツに覆われた脛を刺そうとした。

 その時、どくりとひつぎの心臓が大きく飛び跳ね鼓動する。途端、吹いていたのかも怪しいが、かすかに感じていた風はやみ近くで鳴いていた小鳥の声も遠くなる。あゆりが前動作として大きく手を振り上げた瞬間ですらすべてがスローモーションに見えて。

 ゆっくり進んでいく時間の中でひつぎだけが速く動けた。だから、ブレイクの足に刺さろうとしていたアイスピックに向かってひつぎがパン屋からパクってきた金属のトングでそれを受け止めた……というより棒の部分を、はさみこんだ。

 きききききぃー!!と金属同士の擦りあう耳に不快な音がして、片手じゃ押さえきれないと思ったひつぎは両手でしっかりとトングを握り。グリップの部分がトングに引っかかってその勢いを弱めている間に。


 ざしゅっ。


 ブレイクはあゆりの首を刎ねたのだった。


「……死んだ?」

「っはー、首とんで生きてるやつがいたら是非ともお目にかかってみてえもんだわ」

「……だよね」


 ぴくりともしないあゆりの頭をつま先で突っつこうとして、そういえば白い運動靴だったことを思い出し慌ててひつぎは足を引っ込める。そんなひつぎににやりと笑うとブレイクはあゆりの首をたやすい態度で髪をつかんで拾い上げ。必死な表情のそれを。


「ほれ」

「わっ……!」


 ひつぎのほうへと気軽に放り投げた。びっくりして子猫のように飛びのいたひつぎはさすがに怒り、ブレイクに近づくとべしっとそのちょうどいい高さにあった腰を叩いたのだった。

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