第14話 カップル=恋人

「ここか?」

「う……ん。そのはず。看板でてないけど、オープンの表示はされてるし、中に入ってみればいいと思う」


 そこは歩いて30分もしないところにある歩道橋の下にこじんまりと存在する、落ち着いた雰囲気のカフェだった。外観は古く削れた跡もあるレンガの壁に蔦が這っており、昔は洋服店を営んでいたのかガラスでできた大きなショーウインドウがあった。しかし中に飾られているのは、大きな一枚のパッチワークの壁かけ。扉は押せば軋むような古い作りで、四隅にアンティークゴールドの細工がほとんど消えかけていた。

 思ったよりも男性が入りにくそうな感じではなくてほっとしたひつぎだった。これで今流行のインスタ映え? するような外観だったらブレイクがドン引いていたかもしれない。ただでさえ日本は変態の国と誤解しているブレイクにさらなるダメージを与えたくはなかった。

 とはいえ、突然襲ってこられて戦闘能力のないひつぎがいきなり殺されても困る。そんな理由でブレイクを先頭にして古びた扉の取っ手、四隅と同じアンティークゴールドのそれを押したのだった。

 からんからん。高い音でベルが鳴ると、柔らかい紅茶の香りが染みついた店内が目に入る。一枚板のカウンターの奥にある大棚におかれた調味料や茶葉の入った小瓶をアンティーク調の照明がほのかにきらめかせ、店内を温かく照らしていた。

 壁や棚にはパッチワークで作られた壁掛けやフェルト生地で作られた少女の人形がそこかしこに置かれていて、喫茶店というよりは雑貨屋に近い印象を受けた。それと同時に、ブレイクが居心地悪そうに身じろぎする。とてもひつぎは居心地がいいが、どこか少女趣味さの拭えないところがあったからだ。

 きしい、きしいとどこかで聞いたような何かが軋む音がする。よくよくみれば、奥の方にある暖炉の側でロッキングチェアが揺れていた。その上にはセミロングの茶色の緩く巻いた頭にはレースのヘッドドレス、白ドレスシャツは首のところで止めるリボン型でその下には青く宝石のようなボタンがいくつもついている。

 コルセットめいた青いワンピースに白い花の刺繍がされており、その裾にはレースがこれでもかといわんばかりに縫い付けられている。足には青いドットの入った白いタイツ、靴は木色の太いヒールが特徴的な森ガールというには少女趣味すぎる格好の糸目の女性がちくちくと刺繍に励んでいた。扉の開く音に、ゆっくりと顔を上げひつぎたちの方を見ると。嬉しそうにおっとりと微笑んだ。


「あらあらぁ、可愛いカップルさんがいらっしゃったわぁ」


 女性の視線はいまだ繋がれている手に注がれている。カップルというには多少身長差がある凸凹な2人。


「おい、ひつぎ。かっぷるってなんだ」

「……恋人?」

「はあ!? このチビでガキで痴女が恋人とかあり得ねえだろ!!」

「痴女じゃないって言った。……ブレイクは物覚えが悪い」

「んだとひつぎゴラァ!!」


 ひつぎに向かって怒鳴るブレイクに、ひつぎは無言かつ無表情のまま両腕を上に伸ばし、片足を曲げるという怒れる鷹のポーズで応戦した。本来ならば荒ぶる鷹のポーズというのがふさわしいのだが、ひつぎ的には怒っていることを表しているため怒れる鷹のポーズなのである。ブレイクは突然意味の分からないポーズをしだしたひつぎに引いている。

 そのまま一本だたたらよろしくぴょんぴょん跳ねながら近づいてくるひつぎに戦慄した。思わず片手で肩にのせていた斧を取り落としそうになるくらいには。


「それやめろ」

「……謝罪を要求する」

「あ? なんで俺が」

「……」

「……あー、わかった。俺が悪かったからその格好でそれ以上近づいてくんのやめろ!!」

「うふふ、可愛らしいお客様ですことぉ」


 2人のやり取りのどこらへんを見ていて可愛らしいと表現したのかはわからないが、とりあえず。ひつぎは刺繍をやめてこちらにこつんこつんとブーツの音を響かせながら近づいてくるおっとりした笑顔を浮かべたままの女性に左目をあわせる。


「はじめまして……、有山ひつぎです」

「あらあらぁ、どうもご丁寧にぃ。わたくし、椎名陽乃子と申しましてよぉ。どうぞお好きに呼んでくださいませぇ」

「……椎名、さん?」

「なにかしらぁ? ひつぎちゃん」

「おい、ガキ趣味糸目ババア」

「……時間など関係なく今すぐにあの世に送りましてよぉ? 厨二野郎がぁ」


 おずおずと呼んだひつぎの椎名さん呼びは許容範囲だったらしく、にっこりと笑顔で頬に左手を当てながら返された。が、ブレイクの呼び方は全くの範囲外だったらしく、ひつぎとブレイクから少し離れたところで足を止めると呼びかけに対して一瞬固まってからそのたおやかな笑顔のまま左手を頬から離して。

 笑顔のままその左手で拳を作ると親指だけ立ててそれを真っ逆さまに下へと向けた。「地獄へ落ちろ」のサインだ。その意味はひつぎには伝わったが、肝心のブレイクには伝わっていなかったらしく。


「おいひつぎ、なんだあれ」

「『地獄に落ちろ』……って意味だったと思う」

「わかった。倍で買うぞガキ趣味糸目ババア」

「ブレイク、女の人にその呼び方は失礼。……店主がいいと思う」

「どういう意味だ、それ」

「……内緒」


 これ以上ヘイトは買うまいと、とっさに全く違う単語を言ったが幸いにしてブレイクはその意味を知らなかった。内緒というほどの意味はないが、ブレイクに対して嘘はつきたくなかったひつぎの精一杯だった。それならOKだったのか、元のようににこにこしつつ左手を頬に当てた陽乃子にほっと息をつくひつぎ。

 いまだはてなマークを頭に浮かべているブレイクはもう少し女性に対する口のきき方というものを学んだ方がいいと思うと考えるひつぎ。そんな2人に、陽乃子は穏やかに微笑みながら提案した。

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