第15話 下った天罰は人為的
「ここ、カフェですのよぉ。なにかお食べにならないかしらぁ?」
「ああ? 俺たち殺そうとしてるやつの作ったもんなんか食えるかよ」
「……毒とか、針とか入れないですか?」
とっさに陽乃子の武器が『意中貫通の針』だったことを思い出したひつぎが、上目に問うとにっこりと笑いながら陽乃子は言った。
「いれませんわぁ。まだ持ち時間ではありませんしぃわたくし、これでも真面目にカフェのオーナーしているつもりですのよぉ?」
「……お腹、すきました。ご飯食べたいです……あ、でもお金ないです」
「邂逅記念に今回限りは無料でお作りいたしますわぁ。さあ、どこでも好きなところにどうぞぉ?」
といいつつもカウンターを手で示すあたり、どこに座って欲しいのかまるわかりな感じであったが。
丸いウッドチェアに遠慮の欠片も見られずにどかっと腰かけたブレイク、すぐ手に取れる位置に斧を置いた彼が見たものは。
ウッドチェアが高すぎて座れない、なんとか片足だけでも上らせてそのままの勢いで椅子に上ろうとしているひつぎだった。無表情ながらにウッドチェアと一生懸命に格闘しているひつぎを見て、ブレイクは。ぷっと噴き出した。
「ぎゃははは、てめえっ……ひつぎっ!! チ、チビすぎんだろうがっ!!」
「……ブレイク、黙ってて」
「痛って! ふはっ、ごっほ、ごほ、げほっ」
「……自業自得。神さまはいつもわたしを見ていてくださるから、今のは天罰」
1人で大笑いした挙句、何とか頑張っているひつぎに後ろ足でちょうどよくもわき腹を蹴られてむせたブレイクに。いったん上るのをやめて冷ややかな目で振り返ったひつぎは神をたたえた。
注文した覚えもないが、焦がしたバターの香りが店内に満ちる。陽乃子は振り返るとカウンターの中にあった炊飯ジャーからバターを効かせたフライパンの中にご飯を投入して、じゅうじゅうと炒めている。
先ほどはつけていなかった黒いフリルのエプロンを身に着けていることから仕事モードに入っているらしい。しかし笑みははいたままにこにことこちらの話を聞いている。
「ひつぎちゃんは神さまが好きなのかしらぁ?」
「……たぶん?」
「あの狂った神が好きだなんてもの好きは後にも先にこいつだけだぜきっと」
「ブレイク……うるさい」
「うふふ、仲よしさんねぇ」
にこにこしながらも手は止めずにフライパンを軽々扱っていることから案外筋力はあるらしい。さらに2人の様子を見てどこを表したのか「仲よし」だと褒めていることから案外接客は悪くなく真面目にオーナーをしているという言葉は本気らしいと分かる。
「そういえばぁ、ひつぎちゃんの髪はもこもこで可愛いらしいですわねぇ」
「……そうです、か?」
「あ、俺も思った。カワイイ? はわからねえけどなんか羊に似てるなってよお。親戚か?」
「……ブレイク、人間と動物は親戚にはなれない」
どちらかというとブレイクが羊を見たことあることのほうが驚いたと言えば、昔首輪につながれて紐で無理やり歩かせられながら売られていく羊を見たことがあると言われた。さすがに失礼すぎるだろうと思ったひつぎがブレイクの運動靴を思いっきり踏んだ。ブレイクは何か叫んだようだったが、さらっと流したので聞こえなかったふりをした。
なんとかひつぎがウッドチェアに上りきって、一息ついたところで。
さらり。
ブレイクがひつぎの髪の毛を一筋とってぎゅむぎゅむ握ってきた。別に引っぱられているわけではないから痛くはなかったが、何事だろうと思わず硬直するひつぎにブレイクは頭に顔を近づけて黒いマスクを反対方向の手で下げると何てことなさそうに言った。
「お前の髪って糸みてえだな。ふわふわ細くて。なんかいい匂いする」
「……たぶんシャンプーのにおい。これでも手入れは欠かしてないつもり」
「シャンプー? ああ、金持ちがするやつか」
「? 日本では普通に売られてる」
「ほんとかよ。二ホンすげえな」
「本当なら
「「?」」
ちょっとどやっているひつぎと、髪から手を放してマスクを元に戻しているブレイクに生暖かい視線を送っている陽乃子に不思議そうな視線で返す2人にあきれる陽乃子。
その間ももちろん手はちゃんと動いており見る見る間に黄色い猫の形のオムライスと普通のオムレツ型のオムライスができていた。どっちがどっちのためのものなんて聞かなくてもわかるだろう。それは冷蔵庫にしまわれていたサラダとともにひつぎとブレイクの前に出される。
ケチャップは自分で顔を描くようで陽乃子にボトルごと「どうぞぉ」と渡された。ひつぎは一生懸命描いたつもりだったが、絵心はなかったらしくどっかの妖怪絵巻に出てきそうな猫の顔になってしまった。
しょんと肩を落としたひつぎに、ブレイクがぽんぽんと慰めるように背中を叩いた。その手にひつぎはこくりとうなずいてから、小さい声で「……ありがとう」と言った。
対するブレイクは。
「おら!」
「あらあらぁ」
「……」
びちゃあっと真ん中にケチャップをかけた……という表現ではなくぶっかけたというのがふさわしい勢いでかけてキャップを閉じた。
「お名前とか書けばよろしいのにぃ」
「俺が名前なんざ書けるわけねえだろ」
「ブレイク、それ……自慢にならない」
「ならわたくしが教えてさしあげましたのにぃ」
「俺に名前の書き方教えるやつはひつぎだって決まってんだからいいんだよ」
「……うん、ブレイクは約束守る人。すごい」
「うーん、これも惚気かしらねぇ?」
うーんと困ったようにとりあえずは流しながら、陽乃子は頷いた。ついで、ミントを浮かべたレモン水と紙ナプキンに包んだスプーンをカウンター越しに差し出され、それを受け取ったブレイクとひつぎは顔を見合わせてから。
食べ始めたのだった。
ちなみに、両手を合わせて「いただきます」と言ったひつぎに対しブレイクが「なんだそれ」と言いつつ真似をしたことで心証は少し良くなったのか陽乃子にわずかに微笑まれることになったが。
がつがつと犬食いするブレイクの様子にどーんと好感度が下がっていくのが目に見えた気がしたひつぎだった。ひつぎはちまちまと丁寧に小さい口で食べているのでブレイクよりも時間がかかったが、陽乃子のひつぎを見る目は好印象だった。
レモン水を飲んで、お花摘み(比喩的表現)に行ったところで。
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