神さまの仕組んだデス・ゲーム

小雨路 あんづ

第1話 プロローグ


「……?」


 青空を駆け抜けた、空風が頬を撫でる。

 気付けば少女・ひつぎはわいわいと人ごみ騒がしい雑踏の中に立っていた。周囲を見回せばそこは左右にビルが建ち、人々が行き来し合っている。

 ぼんやりとさっきまでなにをしていたかを考えようとすると、頭に痛みが走る。ずきずきといった痛みではない。心臓が頭にあるような鼓動のように疼く痛みで、ひつぎは頭を押さえてその場に。まるでひつぎが見えないように避けようとしたのではない不思議な人波の隙間に蹲る。

 その時にかさりと音がして、ふいに太陽光にきらめいた近くにあったマジックミラーを見る。

 前が閉じていればワンピースと言っても通じるようなぶかぶかな青いジャージに白い体操服、紺色のブルマ。肉付きが決していいとは言えない細い素足には短くて白い靴下と運動靴。どこかの体育館から抜け出してきたような恰好なのに、誰も注目しない。なにより特異なのはそこじゃない。艶のある上の方は小さく尖ったお団子にして下はおろしてある真っ白でもこもこな髪に真っ赤な右目、左目は眼帯に覆われているためわからないがその下が黒だとしてもいわゆるアルビノという容姿は奇異だろう。それでも誰も注視しない。そんな現実にぞっとしたひつぎだったが、そこでかさりと音がしたことを思いだす。

 ジャージのポケットに手を入れれば、紙独特のかさついた感触がして、それを引っ張り抜く。


「わたし、へ? ……神さまより?」


 それは白い横封筒だった。「ひつぎちゃんへ」と表には書いてあり、ご丁寧にも赤い蝋で封をされた、シーリングスタンプはなにかの獣の絵だった。気味の悪いくらいに醜悪な絵面。その下に、流暢な文字で「神さまより」と書かれている。思ったよりも重くて、中に入っているのは手紙一枚ではないと思わされた。

 とりあえず、なんのことかわからないし怪しさも満点だがこれ以外に自分がここにいることを知る術はないと思いひつぎはシーリングスタンプを傷つけないようにして手紙を破って中身をひっくり返す。


「痛……」


 中身にはカミソリの刃も入っていたようで、誤ってそれで手を切ってしまう。取ることもできずにかつーんとアスファルトへと落ちたそれと同時に、ひつぎの指から一滴血の雫がたれ。落ちる。


『セーブを完了しました』


 ふいにそんな声が耳元で聞こえたが、いまのひつぎに囁くものなどいないはずだ。きょろきょろあたりを見まわしてからとりあえず現状把握をしなくてはと血の出てしまった人差し指をくわえて中に入っていた手紙を読む。


 『ひつぎちゃんへ。

 こんにちは、こんばんは、おはよう? まあなんでもいいよね。とりあえず、君は選ばれし者だよ。わー、すごいなぱちぱちぱちぱち。

 ……冗談はそれくらいにしてね? まああながち冗談ではないんだけど。君は選ばれたんだ、僕のこの退屈を殺すゲームの可哀想な可哀想な贄として。

 ルールは簡単、これから6人の殺人鬼たちが君を殺しに来るよ。それを全員躱してほしいんだ。どれだけ無様でも、卑怯でもいいよ。もし全員を躱せきったら、僕が神さま権限で何でも願いを1つだけ叶える聖杯をあげよう。特典として今日は昼間で固定してあげよう、夜だなんて逃げにくいことはしないよ! だってそれじゃああまりにも君が不憫だからね!

 ただね、それだけじゃ戦えない君が不利だと思うんだよ、心優しい神さまとしてはね。だからさ、もう2つだけハンデをあげよう。

 まずは1つめ、1人の殺人鬼を躱しきったらその戦いで負った傷はぜーんぶ治してあげる。それと……そうだなあ。

「セーブ」を1回だけさせてあげるよ。それはどこでもいいんだ、好きなところでしてね。この機能は簡単、君が死んだらこの「セーブ」ポイントに戻って来られるってこと。同封しておいたカミソリでつけた傷から、血が地面につけば「セーブ」完了だよ。合図するからわかると思うけどね。つまり君には何回でも死んでもらう、僕の暇つぶしのためにね! ただし自殺は禁止だよ、それじゃ僕がつまらないからさ。

 話が長くなっちゃった。君を殺そうとする殺人鬼たちの写真の裏に簡単な紹介を書いたから、よかったら読んでみてね! あ、ついでにいうと殺人鬼と贄以外は全員君たちが見えないことになってるし、殺しても生き返るから安心してね。

 じゃあせいぜい、足掻いてもがいて苦しんで。何度でも死んでくれ、僕の可愛いひつちゃん。

 神さまより』


 ぞっとするのだろう、普通ならば。泣くのだろう、なぜわたしが! と嘆くのだろう普通ならば。でもひつぎは違った。ぽつりと、手紙を見て呟く。


「死ねる……の?」


 ひつぎは孤児だった。幼いころに両親がなくなり、それから親戚の家を転々とさせられて。それ故に、ひつぎの異質な外見や能力は目立った。能力……そう、それが最初に発覚したのは両親の葬式の日だった。幼いひつぎはパパとママがいないなら同じところに行きたいと思って、焼き場の近くにある崖から飛び降りたのだった。

 飛び降りた瞬間に目にしたのは地面が見えなくなるほどの幾万もの白い生気のない地獄から生えてきたような手、あれがパパとママのところに連れて行ってくれるのだと思い。笑みさえ浮かべて受け入れたひつぎがみたのは、忌々しいほどに晴れた青い空だった。見上げても足りないほどに高い崖から飛び降りたというのにかすり傷1つなく。それから、何度死のうとしても怪異が、人がひつぎを助けるのだ。

 例えひつぎのかわりに命を落とすことになっても「あなたが無事でよかった」と微笑みながら、満足そうに死んでいく。ひつぎはもう苦しいほどに死にたいのに。悲しいほどに生きているのがつらいのに。

 だから喜びの声をもって、ひつぎは呟いた。嬉しそうに、蓋をしてしまった心からあふれる感情のままに長く見せなかった笑みを浮かべながら。


「死ねるんだ……!」


 期待をもって。

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