第4話 贄認定

「よかった……」

「なにが?」

「……!?」


 そう、誰もいなかったから撒けたと思っていたのだひつぎは。それが振り向いた方と反対の方向から夢花の声がして、思わずひつぎは足を止めた。同時に夢花も足を止めて、先ほどまでとは違う冷めた目でひつぎを見下ろす。その視線の冷たさに、追いつかれてしまったという事実に、痛いことをされるという絶望感にへたり込んだひつぎに、夢花は同じように膝を折ると。

 陽気さを消してひつぎのおろしてある髪を掴み、引きずり倒した。そしてひつぎの腹の上に乗るとぶつぶつとじょうろを持っていない方の親指の爪を噛みながら呟く。


「なんでなんでなんでなんで。なんでおれが愛する人はみんなこうやって逃げちゃうのかなあ!? ただ溶けるのがみたいだけなんだよ、愛してるならいいじゃないか。父さんも母さんも妹もなんでみんな逃げるのかな!? 愛してるんだから受け入れてよ。そんな顔しないで全部受け入れて、溶けて消えて、おれだけのものになってよぉぉぉぉ!!」

「うるせえんだよ、カス!」

「……っ!?」


 ざしゅっ。ごとん。

 なんとも呆気ない音と罵倒とともに夢花の首が冷たいアスファルトに転がる。なにが起こったのかわからず、ひつぎは硬直したが自身の上から倒れた頭部を失った夢花の身体。

 首から吹き上げる血と、じょうろの水から逃げるためその手にもったじょうろが傾き雫を落とした瞬間またアスファルトに穴をあけたのを見てあわてて夢花の身体とともにじょうろをできるだけの力をこめて横に突き飛ばす。それでも震えた手はたいして力がこもらずにごろりと横に転がっただけだったが、なんとか血しぶきとじょうろの水からだけは逃れられた。じょうろの水がこぼれてアスファルトがみる見る間に溶けていく。

 それにほっと息をつこうとしたひつぎは、次の瞬間強い力で胸倉をつかまれて宙に浮かばせられる。そこにいたのは。先ほど写真で見た……。


「ブレイク……さん?」

「あ? さんなんざいらねえよ気持ちわりい。ってかてめえ、人が昼寝してるビルの前になに頭おかしい男連れ込んでんだ。ぶっ殺すぞ!」

「それ……痛い?」


 宙ぶらりんのまま、夢花の首をはねた細長い変わった形の斧に目をやっていまだ血が滴るそれを指さしたひつぎに、律儀にもブレイクは答える。


「はあ? 一瞬だから痛くねぇと思うけど」

「じゃあ……殺して?」


 囁くように呟いた、ひつぎの胸倉からぱっと手を離すと。

 ブレイクは固まった。

 硬直した。

 三度言おう、凍り付いた。

 その後、ひどく気持ちの悪いものを見る目であんぐり口を開けながらひつぎの胸倉をつかんでいた手をズボンで激しく拭う。そして空に向かって吠えるようにひつぎから目をそらしながら……というと少し語弊があるちらちらと視線を送りながら言った。


「なに気持ちわりいこと言ってんだこの痴女!」

「ち……なんで? 殺したいんじゃないの?」

「今回の遊び相手がてめえみたいなどっからどう見てもひ弱なガキなんて知らなかったんだよ! 俺はなあ、弱いものいじめは大っ嫌いなんだっつーの!」

「……使えない」


 痴女という言葉はとても不本意だったが、あえてそこは流して。尻もちをついた状態で見上げたブレイクの全容は夢花と同じように囚人服ではなく、乾いた風に吹かれて揺れた半袖の黒いジャージに腕には黒い包帯を巻いていて、手袋はところどころ指が出ているもの。ズボンは黒く膝までの短いジャージを履きその下はこれまた黒いスパッツと黒い運動靴だった。右目には黒い包帯を巻いていて、黒いマスクをして耳には数え切れないほどのピアスをしている。どっからみても怖い不良である。

 それに対して使えないと言い切ったひつぎに、ひくりと頬の端を引きつらせながら。ブレイクはこのガキ本当に殺してやろうかとも思ったが、弱い者いじめはしないという自らの信条を変える気にはなれず流す。


「だいた『報告します、報告します。№2ブレイクが№1火祭夢花を殺害したことを報告します。よってルールにのっとり№2ブレイクを贄と認定致しました。殺人鬼のみなさま、ふるって殺害してあそんでくださいませ』人の会話遮ってんじゃねえぞクソがあ!!」

「贄……あなたも殺されるの?」


 耳元で囁く天の声に怒鳴り散らし、子どものようにアスファルトを足で蹴り抉ろうとでもするような勢いのブレイクにひつぎが首をかしげて尋ねる。ちなみに、いままでずっと無表情だ。昔からひつぎは感情の起伏はあってもそれを表情に出すのが苦手な子どもであった。そんなひつぎをぎろりと鋭い碧眼で睨みつけた。


「はあ!? 俺が死ぬわけねえだろ、ばっかじゃねーのか? このチビ露出魔が」

「……わたし、露出魔じゃない。痴女でもない」

下着パンツ丸出しで外歩いてんのになに言ってんだ」

「これ、ブルマっていうの。体操服……学校で運動するときに着る女の子の正式な格好」

「……マジかよ。てめえどこの国から……ってああ、たしか今回は二ホンとかいうとこから集めたって言ってたな」


 二ホンは変態の国なのか……と変な誤解が広まっているようだが、それはさくっと無視したひつぎだった。ある意味間違いとも言えない。

 そして「今回は」その一言に、ひつぎは神さまの「退屈を殺すためのゲーム」とやらが今回が初めてではないことを知る。同時に、目の前の青年が初めて参加したわけでもないことも。なぜ、このブレイクという青年が今回も参加しているのかとか不思議に思ったがそれはとりあえず置いておくとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る