23:銀龍族(シルバードラゴン)との出会い

「……群れだ。ボクがいた、群れだ」


 カルスの言葉を聞いて、やっとジュードは銀色の何かを認識した。


銀龍族シルバードラゴン……?」


 倒れ伏した赤い龍族ドラゴンの上に、銀色の龍族ドラゴンがいた。群れがいた。

 銀色の龍族ドラゴンが鳴く。ただそれだけで、地表が一気に拭われた。

 法具人形オートマタも、法術師ウィザードたちも、まさに虫のように吹き散らかされた。


「な、あ?」


 呆然とした声が聞こえる。


「くっ」


 領主はまだ生きていた。ジュードはカルスを抱きしめて、なんとか動こうと身をよじる。


「大丈夫だよ、ジュード。もう大丈夫だから」

「だけど、よっ」


 領主が生きているなら、カルスもまだ危険だということだ。なのに、


「だいじょーぶ」


 カルスが、逆に抱きしめてくる。まるで我が子を抱く母親の様に。


「おい、カルス……」

「もう、あの龍族ドラゴンは大地に還るよ」


 カルスが見る先、倒れた龍族ドラゴンの姿が徐々に変わっていく。

 赤から灰へ、灰から白へ。燃え尽きるかのように、色を変えて、崩れていく。

 それと同時に、龍族ドラゴンの体から伸びる物があった。

 木だ。遠目にも分かる巨木が、何本と、何十本と空へと伸びていく。

 平原の穴は、ゆっくりと木々によって埋められていった。草原が、森林へ。木の成長を、早回して見ているようだ。

 やがて大地が緑に染まると、銀色の一団はこちらと向かってきた。まるでジュードとカルスが見えているかのように。

 いや、実際、見えているのだろう。銀龍族シルバードラゴンの目は、しっかりとこちらを見つめている。

 群れの中でひときわ大きな銀龍族シルバードラゴンが、城の前までやってきた。

 あまりの大きさに、壁の穴から見えるのは、青い瞳のみ。ただ、それだけ近くに来られても、ジュードは恐怖を感じなかった。


「長、久しぶり。ってほどでもないかな」


 カルスは立ち上がり、ボロボロの衣服を気にせずに、角と翼を広げる。

 青い色の前に、銀色が新たに広がった。角が翼が、何より銀色の髪が輝きを増している。


「う? うん、元気だったよ、ボクは。置いてかれてびっくりしたけど」


 言いながら、カルスはジュードを見つめてくる。それは長も同じようで、大きな瞳がジュードを捉えていた。


『我が同胞は良い人間に出会えたようだな』


 突然頭の中に、声が響いた。重く、それでいて心を落ち着かせてくれる、父親のような声だ。


「うん、ジュードは良い人間だよ。ボクのこと、大切にしてくれる。ちょっといじわるだけど」

『ほう?』


 いきなり疑念の混じった瞳に、ジュードは反射的に反論する。


「待て、カルスの言ういじわるは、決して俺だけが悪いわけじゃない」

『ふむ?』

「うそだー。ジュード、ときどきすっごいいじわるだよー」


 さらに反撃しようと思うも、


「待て待て今はそういう場合でじゃねえだろ」


 とジュードは前の言葉を取り消し、


「あー、えー、はじめまして。銀龍族シルバードラゴンに会うのは初めてだ」


 間抜けな挨拶になった。これくらいしか、頭に浮かばなかった。

 長は答えず、代わりにカルスが微笑む。


「長、ジュードがびっくりしてるよ」


 そりゃそうだろう、銀龍族シルバードラゴンの存在など、半信半疑だったのだから。

 カルスを見ても、なんとなくそれに近い、としか思っていなかった。少なくとも、銀龍族シルバードラゴンの姿そのものを見られるとは思ってもいなかった。


『同胞の悲鳴を聞きつけやってきたのだが、まさか人間に預けたはずの我らが子にも出会えるとは。運命とやらも奇妙な悪戯をするものだ』


 青い瞳が細められる。その様はまるで笑っているようで、


『良い。良いな、人間。人の子も我らが子も、幼さゆえの無邪気は変わらない。それがここまで懐くとは、思いもしなかった』

「角も合わせたんだよ。人間には角がないから、おでこだけど」

『なんと、そこまでか!』


 長は驚き、カルスは照れている。事情はよく分からないが、一応好意的に受け止めてくれているようだ。


「あれ? ジュードは知らないの? 角を合わせるっていうのは、ボクらの中じゃ、最高の愛情表現なんだよ」


 初めて聞いた。龍族ドラゴンの習慣など、どんな文献を漁っても載っていない。知ってろという方が無理である。

 呆けるジュードを気にせずに、銀龍族シルバードラゴンたちは語り合う。


「長、迎えに来てくれたんじゃ、ないのかな?」

『違う。同胞の悲しき叫びを聞いて、助けに来た。まさか人間が欲に駆られて同胞を傷つけているとは思わなかったがな』


 青い瞳が見開かれる。短い悲鳴が、ジュードの耳に届いた。瞳はジュードの奥、領主に向けられている。


『人間は、争いごとに知恵を使うのが上手いな。同胞の亡骸をもって、新たな同胞を襲うとは。知恵の使い方には、いつも驚かされる』


 やがて、


『では同胞の無念を晴らそうかと思うが、さて……』


 落ち着いた声に、感情が宿った。領主は悲鳴を大きくした。助けて、やら、許して、やらと泣き喚いている。

 そこに、


「あー、ちょっと待ってくれないか、長さん」


 ジュードはあえて、声を挟む。


『何か?』


 長の瞳は先ほどよりも険しかった。下手なことを言えば、ジュードも長の怒りに触れよう。


「こいつの処遇は、俺たちに任せてもらえないか?」


 無理やり体を起こし、長の瞳と向き合う。さすがに立てはしないものの、礼儀を失さぬよう座り込み、頭を下げた。


『それは、人間が願いを伝えるための動作だったな』


 ああ、と頭を上げずに同意し、


「強引だし、傲慢だとも分かってる。それでも、こいつの処罰は、俺たち人間に任せて欲しい」

『同胞の命を奪うよう仕向けたのは、そこの人間なのだろう? さらには我らが子と、お主もそのように傷つけられた。それでもかばうのか?』


 いや、とジュードは否定する。


「かばうんじゃなくて、けじめを付けさせて欲しい。俺らがやったことは、俺らで」


 そして、


「二度とあんたたちに危害を加えようなんて思わせない。そのためにも、こいつは俺らで罰しなきゃならないんだ」


 長は一度瞳を閉じた。


『確かに強引で傲慢だな。人間は数が多い。また我らを傷つけようと知恵を使う者は、必ず現れる。お主では、それを永遠には保証できまい?』


 道理であった。


「あー、それに関しちゃ何も言い返せない。信じてくれとか言えねえ。ぐうの音もでない」


 ジュードもそれくらいは承知している、が、


「あんたたちにとって、人間の一生なんざ一瞬だろう。でも、その“一瞬”くらいは、保証させてほしい」


 ジュードは決して頭を上げない。長の様子も見ない。ただ、願う。


「頼む」


 と。

 長は何も言わず、カルスもまた口をつぐんでいた。

 やがて、下げていた頭に、そっと触れるものがあった。


「ジュードって、やっぱりむちゃくちゃだよね」


 カルスだった。硬い感触は拳ではなく、


「ねえ、長。ボクは人間に預けられたんだよね? じゃあ、ボクが見届けるよ。“一瞬”を」

「なあ、もしかしてお前……」

「あいじょーひょうげん」


 ぐ、と唸る。こんな状況で何をしているのか。


「どうかな? 長」

『ふぅむ』


 長の声は、いじわるな迷いを帯びていた。

 答えはほぼ決まっている。さらに、あともう一押しが欲しいと言いたいように感じる。

 ジュードは懸命に知恵を絞る。長が望む言葉を、必死で考えた。

 そこで思い出したのは、龍族ドラゴンと人間を言った、ある表現。


「親が子供をしつけるってのは、当然だ。でも、子供だって自立して、テメェでテメェの始末をつけるくらいにはなっていると、証明してみせる」


 丁寧な言葉は作れなかったものの、ジュードは真面目に、まっすぐに言う。


『なるほどな』


 うなずいているかのような声がした。

 うつむいた視界に、少しずつ光が広がってきた。太陽の光だ。


『では、お主の言う証明を信じよう。それと、お主の“一瞬”は我らが子に任せる。ゆえに、我らが子との“一瞬”を、大切にして欲しい』


 はばたく音が聞こえた。カルスがゆっくりとジュードの体を起こしてくれる。銀一色だった空に、青が戻りつつあった。


「今回は特別、だってさ」


 そうか、と言うと、気が抜けた。

 力も抜けて、倒れそうになる。それを抱きしめてくれたのはやはり、


「おつかれさま、ジュード」


 宝石よりも美しい瞳が、いたわるようにこちらを見ている。そろそろ見慣れたと言ってもいい、清々しい青さに心が落ち着いた。

 なんだかとんでもなく大きなことを言った気がする。約束を守るには、苦労させられそうだ。

 それでもジュードは自分の言葉を偽りなく、必ず真実にしてみせるつもりだった。ぐずって泣くだけの子供は、カルスがいれば充分だ。

 そこで思い出すのは、銀龍族シルバードラゴンの長の言葉。

 長は、我らが子を大切に、と言った。ジュードはカルスが地に還るために残されたと思っていたが、違ったようだ。

 色々と一気に押し寄せてきたものの、とりあえずこれで一段落した気持ちになる。


「ったく、最高に疲れたわ」


 カルスの青い瞳を見ながら、事が収まるのを理解して、ジュードの意識は薄れていった。

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