16:強奪

 ドネリーはここ数日の実験結果の酷さにいら立っていた。

 思うような結果が出ない。

 法具人形オートマタの構造はほぼ完成している。問題は、動力だった。

 ヘイルウッドから仕入れる宝石の質が落ちているのだ。以前の半分も法力マナが溜まっておらず、すぐに燃料切れとなる。

 ヘイルウッドは仕入れが難しくなったと言っていた。ドネリー以外にも客はおり、質の良い宝石はそちらに流れてしまっているとも。

 あからさまなひいきを聞いて、ドネリーは怒りを覚えた。商人ならば隠すであろう他の客について、あっさり話す態度にも。

 それだけ宝石の仕入れが困難になったということなのだろうが、商人の事情はドネリーにとって知ったことではない。

 商人は、客が望むものを手に入れればよい。ドネリーは客として、きちんと対価を払っている。この関係に、余計な邪魔をいれて欲しくはない。

 ドネリーの研究には、領主も興味を持っている。少しでも早く成果を収めねば、せっかくの領主とのつながりが断たれてしまうかもしれない。

 領主は貪欲な男だ。自分に有益なものはいくらでも取り込もうとする。反面、要らないと判断されたものは、すぐに捨てられる。

 自分の研究が捨てられるなど、考えたくもない。半生をかけて取り組んできたのだ。成功し、領主に認められ、世間を屈服させねば満足できない。

 新たな法具人形オートマタの背中に動力となる宝石を組み込む。


「立て」


 まさに糸の切れた人形だったものが、ゆっくりと立ち上がった。

 人間の構造を模し、作り上げた人形には、まだ顔がない。頭の部分には、白い球体が乗っているだけだ。


「歩け」


 人形は、命令に忠実に動いた。研究室の中をグルグルと歩く。

 強化した関節に問題は見られない。手足にも強度の高い魔獣の骨を使っている。


「走れ」


 大きな足音を立てながら、法具人形オートマタは命令に従う。

 ドネリーは、走り回るものとは別の法具人形オートマタに宝石をはめ込んだ。

 もう一体にも命令し、二体同時に走らせる。

 そして、


「戦え」


 命じると、二体はそれぞれを敵として認識した。拳、脚でもって、格闘戦を始めた。

 短い命令でも、きちんと主人の意志をくみ取って動く人形たち。ドネリーはここまでの出来に、笑みをこぼす。

 しかし、運動量が増えれば増えるほど、動力である宝石の法力マナは減っていく。

 五分も動かぬうちに、人形はそれぞれ動きを止めた。がくんと崩れ落ち、床に転がった。


「ぬう……!」


 自分の作品が無様な姿をさらす。実に不愉快だ。

 ドネリーは手近な机を思い切り叩いた。拳の痛みなど構わず、何度も何度も。

 机に乗っていた器具が揺れる、落ちる、その音を聞いてもドネリーの怒りは収まらない。

 研究ばかりでろくに動かさぬ体は、すぐに悲鳴を上げた。息が切れ、汗が噴き出す。

 燃料の切れた法具人形オートマタと同じように床に倒れ込んだ。

 思い通りにいかない全てに歯噛みしながら、懸命に荒い呼吸を整える。

 なんとか立ち上がると、ドネリーは外の空気を吸おうと、扉のノブに手をかけた。

 そこで、ノブが勝手に回った。なにが、と理解する前にドネリーは扉に突き飛ばされた。

 またも、研究室の床に転がる羽目になった。急いで起き上がろうにも、突然の事態に頭が動かない。


「全て持っていけ。書類一枚残すな」


 聞こえたのは、野太い男の声だった。同時に、金属のこすれ合う音が耳を突く。

 鎧を着た兵士たちがなだれ込んでくる音だった。倒れ込んだドネリーを無視して、兵士たちは研究室にあるものを無造作につかみ上げていった。


「な、なんだ!? 私の研究に触るな!」


 倒れ込んだまま、兵士の足首を掴む。しかしそれはすぐに引きはがされ、


「教授、動かないでもらいたい」


 先ほどの声の主が、ドネリーをつかみ上げた。

 禿頭の巨躯を持つ男だった。兵士と同じく鎧を着ている。鎧には、いくつもの傷跡と共に、勲章が飾られていた。


「だ、誰だ!?」


 ドネリーには見覚えがなかった。このような大男は学院にはいない。

 暴れてみるが、男の腕力には敵わなかった。掴んできた腕を殴っても、びくともしない。

 男はドネリーを見ても、表情一つ動かさない。問いにも答えず、兵士たちの動きを見るばかりだ。

 ドネリーの研究室から、物が無くなっていく。法具人形オートマタが、動力用の宝石が、まとめ上げた論文に、書きなぐりの法術式まで。


「やめろ、やめろぉぉ!」


 喚き、叫んでも、誰も何も答えない。

 研究室が空になるまでの時間は短かった。ドネリーには、一瞬とも感じられた。


「隊長、全て押収しました」

「よし」


 兵士の報告を聞いて、大男はドネリーから手を離した。尻もちをつかされたが、ドネリーはすぐさま大男の腰へ抱きついた。


「私の研究を返せ! 返せ!」


 大男はドネリーをにらみつけた。そして太い腕を振り上げ、


「邪魔ですよ、教授」


 ドネリーを突き飛ばした。

 背をしたたかに打って、ドネリーは呻いた。そこに大男は、鋼鉄じみた固く冷たい声で、


「申し遅れましたが、領主様からの使いです。教授の研究があまりにも遅いので、直々に頂戴しに参ったしだいでしてな」

「りょ、領主様の……?」


 息も絶え絶えに、ドネリーは問い返す。


「ええ。うちの法術師ウィザードが研究はおおよそ出来上がっていると判断したので、成果だけ貰いに来ました。後はこちらで続けますので、教授はもう必要ありません」

「な、な……?」

「貴方の研究は、領主様のためにしっかりと使わせていただきますよ。まあ、完成したものをお見せすることはないでしょうがね」


 それでは、と言うだけ言って、扉も閉めずに大男は立ち去った。


「あ、ああ……」


 部屋に残ったのはドネリーのみ。

 涙を流し、どれだけ見回しても、ドネリーが積み上げてきたものは残っていなかった。

 研究室の外が騒がしくなってきた。同僚や生徒が、驚き、のぞきこんでいた。


「ああああああ……!」


 嗚咽する。周囲のざわめきが大きくなる。

 残っていない。もう、自分には何もない。

 その事実に恐怖を覚え、ドネリーはどうしていいか分からず、泣くしかなかった。

 そこへ、


「ドネリー教授、あんたさんもか……」

「あ、ああ……?」


 にじみゆがんだ視界の中に、一人の老人の姿があった。

 崩れかけた精神で、記憶の中を探る。目の前にいるのは、確か、


龍族ドラゴン、研究の……?」


 老人はうなずいた。


「ほれ、立ちなさい。とりあえず、うちの部屋に。弟子に茶でも淹れさせるでな」


 子をいたわるように、ドネリーに手を差し伸べてきた。

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