15:不審なクエスト

 学院への潜入から二日後、ジュードは宿のベッドで実家からの法術通信を見て頭を抱えていた。

 通信の内容を端的に表すなら、こうである。


『早く帰ってこい』


 実に厄介な催促だった。

 帰りたくはある。しかし、カルスの件が片付いておらず、またその件は予想以上に大きく膨らんできている。

 研究家から聞いた話は、ジュードに重くのしかかっていた。まだ出会ってから半月も経たぬカルス相手に、ここまで心を砕くことになるとは。

 当の本人は食後の昼寝中。

 学院から帰って来た後、何気ない風を装ってカルスに聞いてみた。

 長はお前に何か言わなかったかと。

 カルスは、何も思い当たらないと言った。いつか説明したように、突然置いていかれただけだと。

 しかし、銀龍族シルバードラゴンがなんの意味もなく同胞を置き去りにするだろうか。

 言われなかっただけで、カルスにはとっくに役目が課せられているのかもしれない。あと数日もしない内に、大地の一部となりに行くのではないか。

 考えは堂々巡りするだけだ。どれにも確証はなく、答えが出ない。

 深呼吸を一つ。とりあえずは、実家への返事を用意しなくては。

 ギルドへ行かなければならない。法術通信はギルドから送るしかない。

 立ち上がると、隣のベッドにも動きがあった。


「ボクも行く」


 と、カルスが起き上がっていた。


「いや、ちょっとギルドに行くだけだから……」

「行く」

「ああ、ま、まあいいけどよ」


 付いてこられて困る要件ではない。

 学院潜入をしてから、妙にカルスはジュードと一緒に居たがった。

 置いていったのを怒っているのかとも思ったが、そういう雰囲気でもない。

 小走りに来ると、カルスはぴったりとジュードにくっついた。自分から手をつなぎ、


「行こう、ジュード」


 妙に真面目な顔で、ジュードを促した。

 なんとなく気おされつつ、ジュードはギルドへと向かった。従業員に外出の旨を伝えて、昼過ぎの大通りに出る。

 通りは毎日のようににぎわっている。今日も今日とて人や荷馬車が行き交い、露店がいくつも並んでいた。

 先日までならカルスは露店の食べ物を見るたびに瞳を輝かせていたのだが、今日は無言でジュードと歩いていた。

 怒っているわけではないけれど、今までとは態度が違う。


「なあ、カルス」

「なあに?」

「お前、やっぱ怒ってる?」

「怒ってないよ」


 そうは言いつつも、表情は硬い。

 そうか、とジュードは鈍い相槌を打ってから無言で歩いた。

 ギルドは、街の南端にある。宿からは少し遠い。

 黙々と歩いていると、ジュードは段々と胃が痛くなってきた。はしゃいでいないカルスというのは不気味だ。

 王都にいた時、実家からのプレッシャーと女性からの黄色い声と男衆からの恨み妬みを一身にうけても、ここまで気に病むことはなかった。

 そのため、ギルドの扉をくぐった後、カルスの表情がほころんだ時はとても安心した。

 カルスは、ギルドの中にいる人々の、様々な姿を見て驚いていた。

 剣士、戦士、法術師ウィザードといったいかにも冒険者風の者たちや、忙しそうに走り回るギルド職員、併設された酒場で愛想を振りまくウエイトレス。


「こんなに人間がいるんだ……」


 カルスをギルドに連れてきたのは初めてだ。多種多様な職業を見て、今までにない感動を得たらしい。


「カルス、俺は実家に連絡しないといけなくてな……」

「う?」


 ちょっと待ってろ、と言う前にカルスはジュードに抱き着いてきた。意地でも離れる気が無いらしい。


「いや、そこまでしなくても俺は逃げねえよ……」

「嘘だもん。ジュード、すぐにボクを置いていくもん」


 しっかりと根に持たれていた。仕方なく、ジュードはカルスを抱えたまま法術通信担当の課を探す。

 ギルド内は、クエストの話題でにぎわっていた。

 どのクエストは美味いだの、あのクエストは割に合わないだの、どんなクエストをこなしてきたかという武勇伝だの。

 冒険者にとって、クエストは重要だ。受けなければ生活費が稼げず、成功すれば名が売れる。クエストは大きければ大きいほど、人気は高い。

 ジュードは冒険者の話を右から左に聞き流しながら、目的の課を見つけた。担当者に宛て先を伝え、名乗る。


「ジュード=リーヴィス様ですね」

「そうだ」


 職員はリーヴィスの名を聞いて、すぐさま家柄を理解したらしい。ついさきほど、ジュード宛ての通信が届いたせいもあるだろう。


「それで、どのような内容でしょうか?」


 通信内容を、確認用の紙に書く。

 まだ帰れない。子供を送り届けられていない。要件が片付くまでまだ時間がかかりそうだ。

 このあたりを、短く書いた。時候の挨拶などは省く。

 内容を渡すと、職員はすぐに確認印を押して、処理に入った。ジュードは料金を払って、早々に立ち去る。


「もう終わり?」

「おう」

「そっか」


 カルスの表情が少し緩んだ。本当に大した用事ではなく、安心したのだろう。


「ねえ、ジュード、ここはどんな場所なの?」


 あたりを見回しながら、聞いてくる。安心ついでに、いつもの好奇心も復活してきたらしい。カルスはジュードの手を引いて、クエストボードの前に連れてきた。


「どの人間もあの板を見ているよ? おいしいっていってるし、食べるの?」

「食べねえよ。あれはクエストボード。仕事の内容が貼られてるんだ」

「しごと?」

「ああ、仕事をして、報酬を貰う。まあ、だいたいは金だな。そら、例えば……」


 カルスに、ボードに貼ってあった依頼書の一枚を見せてやる。


「これには、薬草調達って書いてある。報酬は、ま、少ないな。俺らの食事一回分にもならねえ」

「ふーん。ねえ、これは?」

「こっちは魔物の駆除、その隣は洞窟の探索、んで、次は……」


 手近にあった依頼表の内容を読み上げ、報酬の程度を教えてやる。人間の金銭感覚がないカルスにはいまいち報酬という概念は分からないようだったので、食事の量で例えてやる。それで理解してくれるのも複雑であるが。


「しごとをすれば、ご飯が食べられるんだね!」


 大雑把な意見だが、間違ってもいない。ジュードは一応、肯定してやった。


「ねえ、ジュードもしごとするの?」

「あん? まあ、たまにな。俺はギルドのクエストじゃなくて、家からの命令ばっかりだけど」

「そっか! だからご飯が食べられるんだね!」


 素直に言われると、少し返答に困る。

 ジュードの稼ぎは、確かに家からの命令と少しのクエストもあるが、大半が盗賊たちから巻き上げたお宝だ。それなりに遊べるだけの量をこっそり頂いている。

 あまり大声で言うものでもないので、ジュードは言葉を濁して適当にうなずいた。


「どうしたの?」

「なんでもないぞ、なんでも。ああ、そうだ、せっかくだからなんか甘いもんでも食べてくか? そうするか?」


 下手なことを言って、耳ざとい実家に知られるわけにはいかない。ジュードの稼ぎ方は、黒に近い灰色。一般的に言っても邪道である。

 食べ物でなんとか誤魔化そうとする。

 と、そこへ、ギルド職員が新たなクエスト票を持ってきた。


「本日の追加分です」


 周囲の視線が集まる。つられて、ジュードもクエスト票を見た。

 内容は特に珍しいものでもなかった。

 村の警備、と書かれていた。最近、村で不審な出来事が起きている。対処して欲しいとのこと。

 不審な出来事、とはずいぶんと抽象的な書き方だった。盗賊や魔物の襲撃ではないのだろうか。

 報酬は多くない。今の宿賃で言えば、三日から四日分。ジュードの基準からすると、不味い方の依頼だ。

 冒険者の中には興味を惹かれている者もいるようだ。


「う?」


 文字の読めないカルスが、ジュードの顔を見上げている。これは何、という仕草だ。


「新しい仕事だよ。近くの村で、変なことが起きてるんだと」

「変なこと? この前みたいな?」

「さあな。詳しいとこが書かれてねえ」


 説明しても、カルスはあまり興味を持たなかったようだ。

 路銀は充分にある。ジュードもわざわざ受けようとは思わなかった。

 ただ、


「またか、最近多いな」


 という誰かの呟きが耳に入った。

 反射的に、声の主を探してしまった。見やると、剣士らしき男が隣の法術師ウィザードと話し合っていた。


「また人が変に死ぬって話なのかね?」

「かもな。疫病でも流行ってるんじゃないか?」

「この前の、どこかの村は違ったらしいぞ」

「あー、ソド村っていったか? あそこは法術かなにかのせいだったらしいな」

「小さな村に法術で何をしようってんだろうな。別に宝があったわけでもないんだろう?」

「俺が知るか。どこかの法術師ウィザードの趣味じゃないのか」

「ははっ、なんだよそれ。ずいぶんと悪趣味だな」


 二人は一通り言い合うと、別のクエスト票を見てカウンターへと持って行った。

 ジュードは眉をひそめる。

 またか、と言っていた。似たような話が、以前にもあったのだろうか。

 ジュードは改めてクエストボードを見た。数十あるクエスト票を一つ一つ確認する。すると、その中には小さな村からの依頼が九枚あった。

 古いものでいうと、ふた月ほど前から貼りだされていた。どれも不審死や、変死などといった単語が書いてある。報酬の少なさからか、誰も受けていないようだ。

 一番古い、少し色あせたクエスト票を取る。


「カルス、来い」

「うん」


 二人で、ギルドカウンターへ。職員にクエスト票を見せた。


「これについて聞きたいんだが……」

「はいはい……。えーっと?」


 男性職員は、手元の台帳からクエスト記録を確認してくれた。

 紙をめくる音を聞きながら、ジュードの胸には嫌な予感が浮かび上がっていた。


「あー、すいません、このクエストはもう無効になっていますね」


 職員が残念そうに言う。


「無効? なんで?」

「村が全滅したそうです」

「全滅……?」


 思わずカウンターから身を乗り出して聞いてしまう。


「はい、一週間ほど前ギルドが確認しに行ったところ、村人がいなくなっていたとか。家もからっぽで、一人も見つからなかったそうです」


 すみませんね、と言いながら職員はジュードの持ってきたクエスト票を受け取った。


「処理忘れだったようです。せっかく持ってきていただいたのに申し訳ないのですが……」


 ジュードの予感は、当たった。ならば、とジュードはカルスをもはや抱きかかえ、さきほど目についたクエスト票を全てボードからはぎ取って来た。

 叩きつけるように、カウンターへ置く。残り八枚すべてを見せて、職員に確認を頼んだ。


「あの、一パーティが受けられるクエストには限度があるのですが……」

「知っている。調べるだけなら、問題ないだろう?」

「はあ、まあ……」


 焦りを帯びたジュードの雰囲気に気おされて、職員は一つ一つ現状を教えてくれた。

 残り八枚は全てまだ有効だった。ただ、中には緊急性の高いものが六つほどあり、


「村の人が報酬を上乗せして申し出ているものが四つですね。その中の三つは、元の報酬から三倍になっています」

「他にも似たようなクエストはあったのか?」

「えぇ。無事に処理されたのは、ソド村の件くらいですが。後は失敗ばかりですね。結局原因が分からず破棄されたものや、受注した冒険者が亡くなったものもあります」


 原因不明ばかりか、冒険者が巻き込まれたものまであるとは、ジュードの予想を超えていた。嫌な予感どころの話ではない。


「こいつらを全部受けたい。どうしたらいい?」


 ソド村で会った人々の顔が思い浮かぶ。中でも、老婆の笑顔が一番ジュードの胸に焼き付いていた。


「え、ですから受注の限度数が……」


 ギルド職員は困り顔で断ろうとしてきた。ジュードも冒険者のルールくらいは知っている。無理は承知と理解しつつ、頭を下げる。


「取り置いといてくれとは言わない。俺以外にこのクエストを解決できる奴がいるなら、それでいい。だが、残るようなら全部俺が片付ける」

「は、はあ」


 でしたら、と職員はクエスト票を二枚ほど引き抜いた。


「この村々は位置的に固まっています。これらを順に片付けてから、また残りのクエストに向かわれるのはいかがでしょうか? そちらはお二人のパーティのようなので、二つずつならばルールにも抵触しませんし」

「それでいい」

「で、では、すぐに受注手続きを取りますので、お待ちください」


 職員は席を立つと、すぐさまカウンターの奥へと小走りで向かっていった。


「ジュード、どうしたの? ちょっと怖いよ?」


 カルスが恐る恐るといった風で尋ねてくる。怖いと言いながら、青い瞳はジュードへの心配であふれていた。

 大丈夫だと、ジュードは笑みで返す。


「カルス、これから少し忙しくなるが、付いてきてくれ。お前の力を借りなきゃいけないかもしれない」

「う? うん、ボクはジュードと一緒なら、なんでもいいよ」


 ソド村の一件では、カルスの力に助けられた。そして、ジュードの予想からすると、これから向かうクエストでも、カルスの力が必要だった。

 職員が、クエスト票を持って戻って来た。全てに受注確認の印を認めて、ジュードは受け取った。


「では、ご無事で」


 職員に礼を言って、ジュードとカルスはギルドを出た。

 まず向かうのは、ヒュースから馬車で二日の村、サルド村。すぐに荷物をまとめて発たなくては。

 宿に帰る途中で、旅用の食料を買い込む。カルスの分は、気持ち多めに。おそらく、カルスには大いに助けられるはずだ。

 カルスが欲しがる食べ物を優先的に買い、ジュードは宿に戻ると、すぐに旅立つ旨を伝えた。

 馴染みになっていた黒髪の従業員は急な出発に驚いたが、食堂からいくらか食料を調達し、


「内緒ですからね?」

「ありがとよ。またな」

「えぇ、またのご来店をお待ちしてまーす」


 と、笑顔で見送ってくれた。礼を言ってから、ジュードとカルスは関所へと急ぐ。

 サルド村へと向かう馬車を捕まえ、乗り込む。これから先、息つく暇があるかどうか。


「また色んなものが見られるのかな?」


 楽し気に言うカルスに苦笑しながら、ジュードは言う。


「見られると思うが、少し我慢してもらうことがあるかもな」

「ジュードと一緒なら、大丈夫だよー」


 無邪気なカルスの態度を見て、ジュードのあわ立つ心は少し落ち着いた。

 しばらくはせわしない日々が続くだろう。それでも、カルスが一緒ならば大丈夫だと、ジュードも安心を得て旅路についた。

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