14:龍族(ドラゴン)とは

 週末の明けた第三週、第二の日、ジュードは学院への潜入を実行した。

 用意した書類に嘘の内容を適当に書き込み、学院に送ると、学院側はあっさりと受験を認めてくれた。

 家柄や経歴など全く関係ないかというように、ジュードには受験票が渡された。

 なんとも拍子抜けである。一応、家柄など確認された時のためにいくつかの手回しをしてあったのだが。

 宿に郵送されてきた受験票を取り、ジュードは杖を持つ。カルスは今日も留守番である。

 当然文句を言われたが、カルスを連れて潜入はできない。弟子という設定は、今回は不要だ。

 受験票を見せると、学院の門番は確認もそこそこに通してくれた。毎日試験をやっているという話なので、受験者など見慣れてしまっているのだろう。

 案内役すらいなかった。門番は、受験者の控室を簡単に伝えると暇そうに役目に戻った。

 なんとも好都合だった。門をくぐれたならば、目的の半分は達成したようなものだ。

 周囲に誰もいないことを確認してから、ジュードは物陰へ。

 杖をローブの中に隠し、教えられた控室とは別の方向へ歩く。

 歩みを向けるのは学院の奥。見たところ、建物の配置は王立学院と大して違いはなさそうだ。研究棟は、門からすると最奥にあると見える。

 学院の空気に溶け込むようにしながら、慎重に進む。学院内の案内表を確認しつつ歩けば、研究棟にはすぐにたどり着けた。

 次の問題は、どこに龍族ドラゴンの研究者がいるかだ。

 王立学院ほどではないにしろ、法術師ウィザードの学院は広かった。地道に探すとなると、少々骨が折れる。

 あいにくと、質問できそうな人影は見当たらない。自分で確認しなければならないようだ。

 研究室の札を、手前から一つ一つ確認する。


法具マテリアル研究、違う。術式回路研究もハズレ。治癒ヒール術式、違うなあ」


 目的の龍族ドラゴン研究室はなかなか見つからない。


「魔物の生態研究? 違うが、少し近づいてきたか?」


 奥に進むにつれて、生物関連の研究室が増えてきた。

 海生魔獣、陸生魔獣といった大きなくくりから、妖精族フェアリー研究、森人族エルフ研究へと個別化が進んでいく。


龍族ドラゴン研究、ここか?」


 目的の場所は、奥の奥にあった。あったのだが、


「ずいぶんと小さいな」


 龍族ドラゴンの研究は人気があるはず。研究資金は潤沢で、大規模な研究室があるものだと思っていた。少なくとも王立学院ではそうだった。

 まあいいか、と気を取り直す。ここの学院にもそれなりの事情があるのだろう。

 徐々に目的へと近づいている。それでいいのだと自分を納得させて、扉を控えめに叩いた。

 反応はすぐに来た。はーいー、という間延びした女性の返事が、ドアの奥から聞こえた。

 扉が開かれる。しかし、


「あ、あのー、うちにはもう学院に返還できる研究費はないですようー」


 扉の隙間から、小動物のように少女が顔を出す。


「それとも、また援助削減のお話ですかー? うう、これ以上削減されたら、うちはもう何もできませんよおー」


 金髪の、小柄な少女だ。怯えたように、ジュードを見つめている。

 ジュードはすぐさま否定し、


「違う違う、ちょっと話を聞きたいんだけどよ……。ここ、龍族ドラゴンの研究室だよな? 君はここの研究者?」

「へっ? いえ、私は弟子というか雑用係というか……」


 少女はか細い声で答えた。


「師匠はちょっと外出中ですけど。……あの、どちら様ですか?」

龍族ドラゴンの研究について、ちょっと話を聞きたくてね」

「はあ。えっと、ここの生徒じゃ、ないですよね?」

「違うね」


 少女はジュードを観察するように見て、ぱたんと扉を閉めた。


「ふ、不審者さんはお帰りくださいー」

「あー、いや、不審者かもしれないが、別に危害を加えようってわけじゃない。ちょっとだけ話を聞かせてくれれば……」

「お帰りくださいー」


 ジュードはなんとか警戒を解こうと努力したが、少女は決して扉を開けなかった。


「うう、きっとうちの研究成果を盗みに来たんですー。でも、うちには成果なんてもう無いですよー。私とお師匠様だけの弱小研究室なんですからー」

「いや、だから……」


 ジュードはどうしたものかと頭を掻きながら困り果てた。

 さすがに強行突入はできない。とはいえ、このまま説得を続けても無駄に時間を食ってしまう。

 考えあぐねていると、


「おや、うちになんの用事かね?」


 後ろから声をかけられ、ジュードはすぐさま振り向いた。

 ローブの中の杖を握り、反射的に戦闘態勢を取ってしまう。

 気配はなかった。ジュードは困っていても気を抜いていたわけではない。誰かくれば気を付けようと、周囲には気を配っていた。

 だといのに、


「おやおや、そう怖がらずともよかろうに」


 目の前の老人は、なんの前触れもなく現れた。

 老人はジュードの様子を気にした風もない。そればかりか、楽しそうな雰囲気をまとい、


「うちに客が来るとは珍しいのう。その杖からして、生徒ではないようだの。どうかね、その杖を見せてくれれば、深くは聞かずに入れてやらんでもないぞ?」


 気楽そうに、扉を開けてジュードを招いた。


「あ、お、お師匠さまあー。外に変態がー」

「誰が変態だ、誰が」


 涙声の少女を否定してから、ジュードは構えを解いた。


「爺さん、あんたがここの研究者、なのか?」

「そうだよ。なんだ、知らぬのに訪ねて来たのか?」

「あ、ああ、ちょっとわけありでね」

「そうかそうか」


 老人は杖を見たまま、それ以上何も聞いてこなかった。本当に、深くは聞かないらしい。

 どうする、と視線で聞かれて、ジュードは老人の招きに応じた。

 部屋には日が差し、明るい光と共にジュードを迎えてくれた。研究室といいながら、実験器具も素材も無い。あるものといえば本棚と小さな机のみ。書斎、と言った方が正しそうだ。

 笑顔の老人は怯える少女を背後に隠しつつ、手を伸ばしてきた。

 ジュードは中にいれてもらえた礼として、杖をローブから出し、老人に見せる。


「ほうほう、龍族ドラゴンの素材を贅沢に使っておるなあ。いやはや、面白い面白い。魔鉱石ミスリルばかりか飛行石オリハルコンまで仕込んであるとは。見た目のわりに軽いなあ。ワシでも持てる」


 さすが研究者だけあって、老人はジュードの杖の構造を一目で見抜いた。


「こんな上等な杖を持つ法術師ウィザードが、うちになんのようかね? 領主の使いかね? もうここには金になりそうなものは何もないぞ」


 弟子ばかりか師匠まで金の話をしてくるとは。よっぽど資金難で苦しんでいるらしい。

 ジュードは再度、違う、と否定して、


龍族ドラゴンについて、聞きたいことがあるだけだよ」

「ほう?」


 老人の眉が、ぴくりと動いた。


龍族ドラゴンの話とはなあ。いや、うちに来たのだからおかしい話題でもないか。しかし、この学院で龍族ドラゴンの話を聞きたがるとは、あんたさんも変わっておるのう」

「そうなのか?」

「最近の学院は、いくさに使えそうな研究ばかりに力を入れておるのでな。純粋な知識学など、二の次だ。で、龍族ドラゴンの何が知りたいのかね?」


 老人はジュードに杖を返し、楽しそうな態度を崩さずに聞いてきた。


龍族ドラゴンの生態について聞きたい。できれば、銀龍族シルバードラゴンのだとありがたいんだが……」

「生態、しかも銀龍族シルバードラゴンとな? いきなり大きな話をしてくるのう」


 ジュードの質問を聞いて、老人はさらに笑う。


「よいぞよいぞ。ここ数年、龍族ドラゴンのことなど語っておらんかったからな、いくらでも話してやろう」


 老人は弟子の少女に茶の準備を頼むと、椅子に腰かけた。ジュードも手近にあった椅子に座る。


「それでは、話そうか。まずはあんたさんが龍族ドラゴンについてどれだけ知っておるかだが……」


 と、言われてもジュードは龍族ドラゴンについての知識をほとんど持っていない。


「めったに見つかるもんじゃないってことと、素材が金になることくらいしか知らない」

「はっはっは、素直な知識だのう」

「まあ、人並みにしか知らないんだよ。百年生きるだの、見つかるのは化石ばかりだの」

「ふむ」


 老人は髭を撫で、


「まあ、学院生だけではなく、街の者なら誰でも知ってそうな話だの」

「ああ。だから聞きたいことがあるんだ」

「具体的には、なにかね?」

銀龍族シルバードラゴンがどこにいるか。これが一番知りたい」


 老人は一瞬、呆けた。そして次には、破顔一笑し、


「それはそれは、ワシも知りたいところだ! 生きた龍族ドラゴンは一生に一度見られればよいというが、銀龍族シルバードラゴンに会うのは数百年かけても無理だろうなあ」


 確かに。老人の言うことは間違っていない。ジュードとて、カルスに会うまでは銀龍族シルバードラゴンなどおとぎ話の存在だと思っていたのだから。


銀龍族シルバードラゴンは通常の龍族ドラゴンよりも長生きらしいがの。それでも人間の前に現れたという話は数えるほどしかない。伝承の中に、ほんの数回だ。ここ五百年は、どんな文献を漁っても銀龍族シルバードラゴンの存在は見当たらない。一部の研究者は、もう絶滅しているとまで言っておる」

「あんたも絶滅派か?」

「いや、ワシはまだまだ生きていると思っておるよ。なにせ」


 老人は腕を組んでから、


「この世界は、龍族ドラゴンたちが創造したものであるからな」


 嬉しそうに言った。


「……は?」


 ジュードは返す言葉を見つけられずに、吐息のような返事しかできなかった。

 老人はジュードの態度を気にせずに、話を続ける。


「ワシらは、龍族ドラゴンが見つかった場所に、ある統一性があると考えておる」


 ワシら、というのは、研究者全体のことだろうか。


「統一性? じゃあ、どれかを元にすれば、龍族ドラゴンがどこにいるのかが分かるっていうのか?」

「違う違う。逆だ。どこに来るかが分かるんだ」


 ジュードはまだ老人の話を理解できなかった。どこに来るかが分かる。ならば、龍族ドラゴンに会うのは簡単ではないだろうか。


「あんたさんの言いたいことは想像がつく。じゃあどこそこに行けば龍族ドラゴンに確実に会えるのではないか、とでも言いたいのだろう?」

「あ、ああ」

「まあ、間違ってはおらん。だが、正しいとも言えない」


 曖昧なことばかり言われて、ジュードは混乱し始める。


龍族ドラゴンの見つかる場所には統一性があるって言うなら、その法則に従えば龍族ドラゴンのいる場所にたどり着けるんじゃないのか?」

「そう思うだろう。だがな、龍族ドラゴンは、その場所に来るのではない。そうなった場所に来るんだ」


 表現が 抽象的すぎる。老人が言いたいことの意味が見えない。

 疑問がいら立ちに変わり始めようとした。そこで老人はジュードの様子に気づいたのか、すまんすまんと謝りながら、


龍族ドラゴンはな、世界を創ると同時に、世界を治しもするんだよ」


 と、講義を行うように言った。


「その、つくるってのは、どういうことなんだ? それに、なおす?」


 なぞかけのような老人の言い方に、王立学院にいた頃を思い出しそうになる。


「そう。龍族ドラゴンが見つかる場所の統一性、それはな、過去に大きな災害があった場所に彼らはいたんだ」

「災害?」

「そうだ。自然的にでも人為的にでもいい。龍族ドラゴンはまだワシらの知らぬところで大地を創り、そしてどこかが壊れたならば治しにくる。龍族ドラゴンにとって、この世界は大いなる庭なんだ。ワシら人間は、そこを間借りしているにすぎない」


 笑ってはいたが、老人は嘘をついているようには見えない。


「人間だって、庭の手入れくらいするだろう? それは、龍族ドラゴンにとっても同じこと。そうだな、例えば、庭に穴が開いたとしたらどうするかの?」

「そりゃあ、埋める」

「だろう? この前、龍族ドラゴンの化石が見つかったところは、異常な火山活動の結果、山がいくつも吹き飛んだという場所だった。記録によれば、二百年ほど前だったか。だがそこは、既に何事も無かったかのように、新しい山が出来ている。火山も落ち着いてな」

「……それを、龍族ドラゴンがやったってのか? 岩を削って、土を盛って、山を元に戻したって」

「そう、ただしやり方は違う。龍族ドラゴンは、己が持つ大量の法力マナを使って、自然を元の形に戻していく。結果、自分の中の法力マナを使い切って化石のようになるんだ」


 老人の言いたいことが、おぼろげながら見えてきた。


「じゃあ、大地を創ったってことは、俺らが生きている大地ってのは、龍族ドラゴン法力マナでできあがったってことなのか?」


 老人は大きくうなずいた。


「おそらく、普通の龍族ドラゴンでは無理だろう。それこそ、あんたさんの探す銀龍族シルバードラゴンでもなければ創れない」


 と、老人は冗談を感じさせぬ声で、


「ともすれば、ワシらは龍族ドラゴンの子供なのかもしれん。龍族ドラゴンが創ってくれた大地で生まれ、進化し、今の姿になった。ほら、まるで龍族ドラゴンは人間の親のようだ」


 ジュードからすれば、突拍子もない話だった。龍族ドラゴンはただの上位種、人間よりすぐれた存在だとしか感じたことはない。

 自分が龍族ドラゴンの創った大地で生きているという自覚は無く、数多の自然が龍族ドラゴンの尽力で保たれているなど、想像すらしたことがない。


「それ、本当なのか?」

「少なくとも、学会では有力だ。ワシの妄言などではないよ」

「なるほど、ね」


 銀龍族シルバードラゴンの住処を聞くだけのつもりが、ずいぶんと大きい話を聞かされた。

 まだ頭では理解しきれていないが、龍族ドラゴンの話は全てが虚構というわけでもなさそうだった。少なくとも、老人のことは信じられる。

 なので、


「もし龍族ドラゴンに会いたかったら、大地に大きな傷を、大穴でも開けるしかないのう」


 と言われても返す言葉が無かった。


「もっとも、自然にできた傷ならばともかく、人間があまり大きなことをしようものなら龍族ドラゴンが怒るだろう。会えても次の瞬間には消し炭にされるだろうがの」


 老人が言い終えると、弟子が茶を持って現れた。

 老人は茶を美味そうに飲んでいたが、ジュードは顔を渋くゆがませるしかできなかった。


「あ、あの、美味しくありませんでした?」

「ん? いや、違う」


 茶を飲み干すと、ジュードは老人に礼を言ってから立ち上がった。


「あんたさんの疑問に答えられたかは自信がないが、龍族ドラゴンはおおよそそういう存在さのう」


 去り際に、老人は言った。

 ジュードは研究室を出ると、壁にもたれかかった。力の抜けた手から、杖が転がり落ちる。

 龍族ドラゴンが大地を創る。それが本当ならば、カルスは何のために人に姿を変えられ、置き去りにされたのか。

 もしかすると、それは、


「あいつに、やれ、ってことなのか?」


 龍族ドラゴンとしての役割を果たせということなのかもしれない。

 無邪気な笑みが、胸の中に浮かび上がる。ジュードに懐き、楽しそうに笑う少年の姿が。

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