17:二人の研究者

 ドネリーは小さな部屋に通された。

 扉には龍族ドラゴン研究室とあった。老人の住処らしい。


「ほれ、そこの椅子にでも座るといい」


 龍族ドラゴン研究家の老人は、ドネリーに椅子を進めると、自分も質素な椅子に腰かけた。

 金髪の少女に、茶の用意を頼んでいた。どうやら、少女が老人の弟子らしい。


「確か、あなたは……」


 名前を思いだそうとしでも、出てこない。もとよりドネリーは人付き合いが苦手だ。老人の名前も知っているか怪しい。

 悩んでいると、老人は気にするなというように手を振って、


「まあ、ワシのことはどうでもいい。それよりも、あんたさんも辛かったろうな」

「私は……」


 老人に言われると、ドネリーはついさきほどまで感じていた悔しさを思い出す。

 自分の研究の一切が奪われ、しかも自分はもう不要だと言われた。

 領主からの使いだと言った大男の表情が忘れられない。まるでドネリーのことを道端の石ころのように見ていた。

 暗い感情が蘇り、ドネリーは再び涙を流した。

 老人は、ドネリーが泣き止むまで何も言わなかった。茶を持ってきた弟子も早々に下がらせ、茶を飲みながら、ドネリーのことを見ていた。


「私を、わらいたいのか?」


 暗い思いがドネリーに湧いた。手を差し伸べた老人は、あの大男のようにドネリーをなぶりたいのではないかと。

 老人は、ドネリーの視線を受けて、首を横に振った。


「ワシにそんな趣味はない。単に、同じ思いをした者として放ってはおけなかっただけのことだよ」


 老人は口元を緩めてはいたが、目は笑っていなかった。むしろ、悲しそうで、涙をたたえているかのようだった。


「同じ思い……?」

「そうだとも。あんたさんも、領主に研究したものを奪われたんだろ?」


 あんたさんも、と老人は言う。ドネリーはしばし何を言われているのか分からず、言葉を作れなかった。

 老人はそんなドネリーをどう見たのか、とつとつと語り始めた。


「なに、そんなに複雑な話ではないよ。ワシもな、領主に一切合切を持っていかれたクチなんだ」


 老人はまるで他人事のように言う。


「あんたさんが知っているかどうかは分からないが、三年前、領主は学院から龍族ドラゴンに関する研究物を全部持っていった。ワシらは当然反対したが、領主の強引さはあんたさんもさっき知っただろう? まるで強盗のようだったよ」

「あなたも、私と同じ?」

「そう、正確にはワシら、龍族ドラゴンの研究をしておった者たちからな。当時は龍族ドラゴンを研究していたのはワシだけではなかった。若いのも年老いたのもいたよ。学院からの研究資金もたっぷりあって、龍族ドラゴンの素材を手に入れるのにも苦労しなかったほどだ」


 龍族ドラゴンの素材が高額なことはドネリーも知っていた。


「だが、ある日突然だ。兵士どもが押し入って、紙一枚残さず持っていった。龍族ドラゴンの研究はもう充分だと言われ、その後はこのザマだ。ワシ以外の研究者は去り、ワシもこうやって学院の片隅で茶を飲むのが仕事になった」


 老人は茶を飲んで一息し、


「領主はな、自分に都合の良い研究ばかりを勧めておる。しかし、おそらくは完成したもの、完成しそうなものは全て領主に持っていかれるだろう。今は順調に研究できていたとしても、数年、下手をすれば数日のうちに、かっさらわれる」

「私たちの、ように?」


 うむ、と老人は首を縦に振る。


「あんたさんの研究について詳しくは知らん。ただ、よっぽど優秀だったのだろうな、領主はさっそく欲しがったようだ。ここ最近、学院が無法者の法術師ウィザードをどんどん入学させているのも、領主の意向だろう。領主は欲深い。おそらく、これからとんでもないことをしでかすだろう」

「そ、それはどのような……?」

「すまんが、そこまでは分からん。ただ、ろくでもないことだだろう。あんたさんにもそう予想できるのではないかな?」


 ドネリーもうなずく。


「わ、私は法具人形オートマタについて、け、研究していた。領主は私の研究を、援助してくれていた、だ、だが……」


 結果は、すでに突きつけられた。


法具人形オートマタか。法力マナで動く人形のことだったかな? あんたさん、すごいもんを作ったのだなあ」


 老人はドネリーに茶を勧めてきた。

 ドネリーは震える手でカップを取る。茶を含むと、気分が落ち着いてきた。

 領主の欲は、ドネリーの研究ばかりではなく、この学院全体に及んでいるということらしい。

 ドネリーは、領主の援助を受けているのが自分だけだと思っていた。自分の研究が優秀だからこそ目をかけられているのだと信じていた。

 ドネリーの研究は優秀だったかもしれない。老人も感心してくれた。しかし、ドネリーは領主の都合で動くコマにすぎなかったのだ。

 用が済めば捨てられる、替えの利くコマ。思うと途端にみじめになってくる。うつむくと、情けない顔をした自分が茶に映った。


「しばらくは辛いだろう。ワシも、皆もそうだった。だが、あんたさんはこんなことで終わりたくないだろう? ワシのように茶を飲むだけの爺さんにはなりたくないだろう?」

「そ、それは」


 当然だ。研究は、ドネリー自身が行ってきたもの。奪われたとはいえ、簡単に諦められるものではない。

 顔を上げたドネリーに向かって、老人は笑む。


「ならば、諦めてはダメだよ。ワシの茶飲み友達になりたくないならね?」

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