18:解決の日々

 馬車の上で、ジュードは大きく伸びをした。

 ついでにあくびも一つ。睡眠時間を削っているつもりはないが、連日の仕事で体が疲れていた。

 カルスも同じようで、今はジュードの膝で眠っている。穏やかな寝顔を見て、ジュードはつい笑みをこぼした。


法術師ウィザード様、大丈夫ですか?」


 御者役を買って出てくれた村人が、心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫だよ。ちょっと眠くなっただけさ」

「なんでも、毎日村を巡っては呪いを解いているらしいじゃないですか。助けてもらった俺が言うのもなんですが、無茶はいけませんぜ?」

「ん? 誰から聞いたんだ、それ?」

「そちらのお弟子さんからです」


 ああ、とジュードは納得して、おしゃべりな少年の頭を撫でる。さらりと流れる銀髪は、優しい日差しを受けて、ほんのりと光り輝いていた。


「つぎの村でも、やっぱりお仕事があるんですかい?」

「まあね。とはいっても、次で一段落だ」


 ジュードとカルスは、ここ二週間の間、ヒュースの近隣にある村々を訪れては村人の変死事件を解決していった。

 サルド村から始まり、次の村で八つ目。順調にクエストを消化できているが、ジュードはあまり嬉しく思っていなかった。

 どの村も原因は共通していた。村の近くにある大岩やら大木やら、それらに人の命を吸い取る宝石が埋め込まれていた。

 ソド村の一件と同じである。

 村に着けば、ジュードはすぐさまカルスに宝石の場所を見つけてもらった。

 元凶の結界をはがし、岩なら砕き、木なら切り倒す。そして、仕込まれていた宝石を徹底的に割っていく。

 カルスのおかげで、仕事は捗った。その分、カルスには負担をかけてしまっているが。膝を貸すくらいは、お安い御用だ。


「それにしても驚きました。村に来るなり、すぐに原因を探し当てるなんて。今まで何度か冒険者が来ましたが、どいつもこいつも逃げ帰りました。だってのに、法術師ウィザード様はたったの一時間で片付けちまった」


 村人は、ジュードたちの手際に感心しているようだった。器用に馬を操りながら、こちらを見て何度も礼を言ってくる。


「ありがたいもんです。本当なら、村をあげてお礼をしたいところなんですが……」

「いいよ、気にしないでくれ。報酬はギルドから貰うし、次の村まで馬車を出してもらってるんだ。それで充分だよ」

「ずいぶんと謙虚でらっしゃる……。俺も何度か法術師ウィザードは見たことありますが、どいつもこいつも偉そうにしてばっかりだ。お師匠さんみたいな人は、初めて見た」


 ジュードは苦笑するしかない。思い返せば、ジュード自身にも覚えがある。カルスに出会うまでは、好き勝手やっていたものだ。


「次の村まで、もうちょっと時間がかかります。お師匠さんもお休みになっててください。あまり乗り心地はよくないもんですが」

「んじゃ、お言葉に甘えて。村が近づいて来たら、起こしてくれ」


 村人の返事を聞いてから、ジュードは目を閉じた。とはいっても、素直に眠るつもりはなかった。

 思い出すのは、こなしてきた仕事の数々だ。

 どれもこれも、原因は同じ。犯人が同じ人物、もしくは集団なのは間違いない。

 誰がなんのために、とまでは分からない。それでもムナクソ悪い連中だとは、容易に想像ができる。

 人の命を奪ってまで、法力マナを集めようというのだ。ただの悪人ではない。最悪な方の悪人だ。

 宝石には大量の法力マナが蓄えられていた。機会を見て回収し、あくどいことに使う予定なのだろう。

 被害に遭った村が、ヒュースの近くばかりというあたり、犯人はヒュースに潜んでいるかもしれない。

 ジュードに思い当たる人物はいない。

 ヒュースは大きな都市だ。ジュードの知らぬ場所はたくさんある。そのどこかに隠れているのだろう。

 嫌な話だ、と素直に思う。

 探しようがない。場合によっては、領主に都市全体を調べ上げてもらわねばならない。

 もっとも、領主が真面目に動いてくれる保証はないが。誠実な領主というものが少ないとは、ジュードは知っている。

 場合によっては、実家に連絡をして、権力を振るってもらう必要があるかもしれない。リーヴィス家には、多少の無理を通すだけの力がある。

 どうしたものかと、答えを得られぬまま考えていた。

 やがて、思考が鈍り、まどろみを感じてきてしまう。

 村人が、


「お師匠さん、見えてきましたぜ」


 と、教えてくれなければ完全に眠りこけていたかもしれない。

 馬車の行く先を見ると、小さな家々があった。


「フルス村でさあ」


 村人に入り口まで行ってもらい、ジュードはカルスを起こした。


「おい、着いたぞ」

「う? むにゅう……」

「仕方ねえなあ」


 寝ぼけたカルスを抱きかかえて、ジュードは馬車を降りた。


「ありがとう、助かったよ」

「いえいえ。それじゃあ俺は失礼します。お師匠さん、お弟子さんもご無事で」

「ああ」


 馬車の周囲には、フルス村の人々が何事かと集まっていた。

 ジュードはその中から、赤毛の少女を選び、


「クエストの件で来た。村長のところに連れていってくれないか」


 クエスト票を見せる。すると少女は戸惑った風に、


「あ、あの。ギルドからの方なら、もういらしてますけど……」


 小さな声で言う。

 周囲からはどよめきが聞こえてきた。


「なに、もう来た?」


 予想外の答えに、ジュードも困惑する。クエスト票はジュードが持っている。他の冒険者と重複することはないはずだ。


「はい……。ついさっき来て、村の外れが怪しいと言って、そちらに……」


 少女が嘘を言っているようには思えない。他の村人も、同意の声を上げた。


「どっちに行ったか分かるか?」

「あっちの方です」


 少女が指さした方を見る。


「カルス、起きろ」

「うー……。また変な臭いがするー……」


 よほど疲れが溜まっていたらしい。カルスは寝ぼけたまま、起きる気配がない。

 ジュードは眠ったままのカルスを村人たちに預けると、すぐさま走り出した。

 クエストを受けた者でなければ、ここには来ない。まして、


「原因を知ってやがるな?」


 力のある法術師ウィザードでも探すのが難しい原因を、村に到着するなり見つけるなど不可能だ。

 なんともきな臭い。カルスを置いてきて正解だった気がする。

 村の外れ、と言ってもそう遠くはなかった。走って数分、ジュードは大木の近くにフードをかぶった二つの人影を見つけた。


「おい! お前ら!」


 ジュードの叫びに、二人は反応した。

 振り向いたのは、二人の男だった。どちらも杖を持っている。法術師ウィザードだ。

 ジュードも、見せつけるように杖を取り出す。すると相手二人は、何も言わず、ためらいもなくジュードへ火炎の法術を放ってきた。

 問いかけもなしに襲ってくるなど、一連の事件の犯人に違いない。間違いなく、黒だ。

 ジュードは風壁の法術で、攻撃を防いだ。炎が壁にあたり、飛び散っていく。

 防ぎきると、ジュードもすぐさま火炎弾の法術をお見舞いした。

 男たちはすぐに飛びのいた。火炎弾は男たちには当たらなかったが、その後ろにあった木に直撃した。

 結界はなかった。おそらく、男たちが解除していたのだ。

 大木が燃え上がる。男たちが慌てて水流の法術で炎を消そうとする。

 その隙を見逃すジュードではない。右にいた男に、風切りの法術を放った。

 男の反応は一瞬遅かった。あちらも風壁を使おうとしたようだが、法力マナで練られた風が、男を引き裂いた。

 血をまき散らしながら、男が吹っ飛んだ。殺してはいない。聞かねばならないことが山ほどある。

 ジュードは残りのもう一人にも狙いを定めた。が、さすがに二度目を許す相手ではなかった。

 大木の消化を諦めたのか、男はジュードに向かってきた。氷柱針の法術を使ってくる。

 当たればくし刺し、即死級の法術だ。やはり容赦がない。

 ジュードは火炎の法術で応戦する。氷柱を焦がすように溶かし、男と相対する。


「白状する気はあるか?」


 念のため、問いかけてみる。

 男は無言。答えは法術だった。

 氷柱が再びジュードに襲い掛かってくる。


「ちっ」


 舌打ち一つ。ジュードは氷柱を避け、男に火炎弾をお返しする。

 男も避けた。のみならず、ジュードに向かって走って来た。

 杖がぶつかる距離にまで近づかれ、ジュードは法術をためらった。それが、隙を生み出してしまった。

 男の杖が、ジュードを胴を叩く。よろめいたところに、さらに蹴りが来た。


「く、そっ」


 体勢を立て直しながら、ジュードも杖を振った。男の杖とぶつかり、お互いの力比べになる。

 鼻先をぶつけるような距離で、杖が交差する。


「誰だ、てめぇ!」


 無駄だと理解しつつも、問いをぶつけずにはいられない。

 フードの下の表情は読めなかった。

 ただ相手が手練れの法術師ウィザードだということだけが分かる。

 並みの法術師ウィザードなら、ジュードの法術に対応できるはずがない。風壁を張られようとも、突き破る自信がある。戦いの素人なら、とっくに組み伏せている。

 犯人、もしくは犯人につながるこの男は手ごわい。

 杖を弾かれる。その勢いで、ジュードと男は再び距離を取って、向かい合う。

 ジュードは使うべき法術に迷った。どう攻め込むか、焦りを帯びてきた頭で考える。

 これで二対一だったら、ジュードもさらに苦戦したかもしれない。マグレでもなんでも、本格的に戦う前に片方を倒せたのは幸運だった。

 にらみ合いが続く。相手も相手で、攻めあぐねているのかもしれない。

 燃え盛る木が、音を立てる。

 そこで、ジュードは不意に思いついた。

 男たちの目的は、十中八九、木に埋め込まれている宝石だ。

 木が燃えれば燃えるほど、宝石は取り出しにくくなる。ともすれば、傷がついて使い物にならなくなるかもしれない。

 敵は焦っているはずだ。

 ならば、とジュードは法術を練る。ただし、杖を向けるのは男の方ではない。

 木だ。今まさに燃えている木に、竜巻の法術を放った。

 風と炎の相乗効果で大木が悲鳴を上げる。

 男は、それに気を取られた。構えが緩み、ジュードに向けられていた殺気が薄れた。

 その隙を、ジュードは突いた。練り上げた法力マナで、火炎弾を作る。今度は男に狙いを定め、遠慮なく解き放つ。

 男はすぐに気づいたが、遅かった。火炎弾のいくつかが、男に激突、燃え上がらせる。

 対抗策を用意していなかったのか、男はしばらく悶えていた。ジュードはそこに水流の法術を直撃させた。

 炎を消すとともに、叩きのめす。男は吹っ飛び、動かなくなった。


「……ったく」


 嫌な相手だった。幸運だけで勝ったようなものだ。

 ジュードは倒れていた男たちを並べて寝かせると、封魔の鎖で縛り上げ、男たちの杖を砕いた。

 これで反撃される恐れがなくなった。


「次は……」


 まだ炎の消えない大木の方だ。事件の元凶を処理するのも忘れてはならない。

 風の盾で身を守りつつ、大木の幹へ杖を突きさす。


「ふんっ」


 爆破の法術を当てれば、大木はあっさりと炎ごと吹き飛んだ。

 破片の中から、目的の物を探す。

 やはり宝石が仕込まれていた。全部で六つ。ジュードは一つ一つ、徹底的に砕いた。


「ふぅ」


 ジュートは額に浮いていた汗をぬぐう。

 できればこのまますぐに村に戻りたいのだが、まだ事件が終わったわけではない。

 ジュードは縛った男たちを杖で殴り、起こした。

 起きたのは先に倒した方だけだったが、どちらでも構わなかった。


「う、ぐっ」

「起きろよ、ど悪人」


 まだ意識がはっきりしていないようだったので、軽めの水流の法術を頭からかけてやった。


「ぐあっ……」


 地面に叩きつけられて、男は苦悶に満ちた表情を浮かべる。

 さすがに拷問する気まではないので、ここで止めてやる。

 ジュードは起きた方を杖で小突く。


「テメェら、どこの誰だよ? ここいらの事件の黒幕なんだろ? 教えろよ」


 ジュードの問いかけに、男は答えない。敵意に満ちた視線を送ってくるだけだ。


「言えって。もう仕掛けは分かってんだ。テメェらが欲しがってる宝石は全部砕いた。何も残してないからな」


 男は沈黙を守る。どうあっても、


「答えられないってか」


 言うと、男はまるでジュードを小ばかにするように笑った。

 それをいちいち不愉快と感じるほど、ジュードも子供ではない。


「まあ、言えば助けてやるなんてこともないしな。答えないなら答えないで、ギルドに突き出すだけだ」


 もしくは、


「ここで死んでもらってもいいけどな。何も言わないってんなら、生きててもらっても意味がない」


 男の頭に、杖を当てる。爆破の法術を使えば、人間の頭など軽く吹き飛ばせる。

 本気半分、嘘半分で法力マナを練る。

 男の笑いが引きつってきた。


「そっちにとっちゃ、吹っ飛ばされるだけ損じゃないのか? 何が目的か知らないけど、死んだらそこまでだぜ?」


 答えは、ない。


「分かった分かった。その度胸に免じて」


 ジュードは杖を振り上げる。


「一応、殺さないように手加減するわ」


 練っていた法力マナを解いて、男の頭を杖で殴った。

 短い悲鳴とともに、男は意識を失った。殺すのはさすがに後味が悪い。

 男たちに浮遊の法術をかけて、村へと運ぶ。異様な気配に村人たちは何があったのかと驚き、騒いだ。


「あの、法術師ウィザード様。これはいったい、どういうことなのでしょうか……?」


 村長らしき老人が怯えた様子で事情を尋ねて来た。

 ジュードは今まで解決してきた事件と、宝石による法術が原因であったこと、その実行犯がこの男たちであることをなるべく簡単に説明した。


「つまり、村人たちに死者が出たのは……」

「こいつら、もしくはこいつらの親玉が元凶だ。けど、詳しいことは分からない。こいつら、何も話さなくてな」


 村人たちの視線が、男二人に集まる。その中には明らかに殺意も混じっていた。


「気持ちはわかるけど、こいつらはギルドに突き出す。ギルドなら、色んな方法で話を聞きだせるだろうしな」

「ですが、法術師ウィザード様、こいつらのせいで、村の者たちが死にました。許してはおけません」


 老人は言う。周囲からの同意の声も少なくない。

 村の仲間を殺され、殺した相手が明確に分かったなら当然だと、ジュードも思う。しかし、事態はこの村だけにとどまっていない。なんとか事件は解決してきたものの、これからもまた同様の事件が起きるかもしれない。

 そうなると、やはり事の真相を調べ上げなければならない。男たちは重要な情報源だ。感情に任せて殺したら、事件が闇に消えるかもしれない。


「頼む。俺はここら辺の村を回って、事件を一つ一つ潰してきた。どう見たって、同じ奴の仕業だ。このままじゃ、また別の村が危なくなるかもしれない」

「ですが……」

「頼むよ」


 老人が首を縦に振るまで、時間がかかった。

 反対の声もあったが、老人はそれを制して、


「では、どうしたらよいでしょうか? 一刻も早く、こいつらをギルドに送りたいのですが」


 ジュードの頼みを受け入れてくれた。

 ありがとう、と伝えてから、


「ヒュースに早馬を出してくれ。ギルドに直接出向いてもらって、引き渡したい」

「そうなると、早くても一日かかりますが。その間は……」

「俺が見張るよ。もしかしたら、こいつらの気が変わって何か話すかもしれないしな」


 分かりました、と老人はうなずき、家を一軒貸してくれた。住んでいた者たちは、すでに亡くなっているとのことだった。

 家の事情を聞いたジュードの胸に、苦い思いが湧く。それをできるだけ抑えつつ、


「場所が場所で申し訳ないとは思うのですが」


 そう広くないリビングで、ジュードと老人は話し合う。


「いや、いいよ。誰かの家を借りると迷惑になるのは分かるからな」


 老人は深々と頭を下げた。


「後で村の者をよこします。何か御用があれば、その者をお使いください」

「助かるよ。……ああ、ところで俺の弟子はどうしてるかな?」

「お弟子さん? あの銀髪のお嬢さんのことでしょうか?」


 相変わらず性別を間違えられている。ジュードは先ほどとは違う思いで複雑になり、


「あー、まあ、そうなんだけど」

「でしたら、すぐにこちらへご案内します。今は別の家でお休みに……」

「ジュード!」

「なっていた、のですが……」


 老人の話を断ち切るように、長い銀髪を乱しながらカルスが家に駆けこんできた。

 老人は驚き、ジュードは苦笑する。

 飛び込んでくるカルスを受け止めるのも、もう慣れた。


「バカー! またボクを置いていって!」

「悪い悪い。お前、寝てたからさ」

「起こしてよお」

「起きなかったんだよ」


 よしよし、と半泣きのカルスをなだめてやる。


「ありがとう、面倒を見てくれて」

「い、いえ、では、私はこれで失礼いたします」


 老人が出ていってもカルスはしばらくぐずっていた。落ち着くには、十分ほど必要だった。


「うー……。今度置いてったら許さないから」

「分かった分かった」


 完全に保護者気分になりつつ、カルスの悲し気な視線を受け止める。

 やがてカルスは落ち着くと、寝転ばされた男二人にやっと気が付いた。


「なに、この人間?」

「犯人だよ、事件の。ここ最近、お前に臭いを探してもらってたろ? こいつらが、その臭いを付けたやつらだったのさ」

「ふーん……。うん、変な臭いがするね、この人間たち」


 カルスはすんなり事態を受け入れてくれた。素直でありがたい。


「だから、俺はギルドからの使いが来るまで、こいつらを見張ってる。丸一日くらいかかるから、お前はまた寝ててもいいぞ」

「ジュードは?」

「俺は寝ないで待ってるよ。考えなきゃいけないこともあるしな」

「う?」


 疑問顔のカルスの頭を撫でてやってから、ジュードは手近な椅子に腰かけた。カルスもそれを見習って、隣にあった椅子に、ちょこんと座った。


「お前は寝ててもいいってば」

「大丈夫、眠くないから」

「……なら、いいけどな」


 ジュードはテーブルで頬杖をつきながら、男たちを眺めた。

 どこの誰とも分からない。こいつら自身が犯人なのか、もしくはもっと大きな元凶がこいつらを使い走りとしているのか。

 どちらにしても、ジュードの手にはあまる一件だ。クエストをこなすくらいはできても、大きな犯罪を解決できるほどの力はない。

 盗賊団を潰している方が、ずっと楽だ。あちらは力に物を言わせて叩き潰すのみ。対してこの事件は、必死に頭を使わねばならない。

 ジュードは考えるよりも行動する方が得意だ。兄弟で言えば、頭脳担当は兄である。

 こういう時になって、もっと頭が働けばいいと思う。推理などろくにやったことがない。

 男たちをギルドに渡せば、それで事件は解決してくれるだろうか。

 今まで回って来た村は、どこも不気味な事件に怯えていた。家族の命を奪われ、泣いている者もたくさんいた。

 ソド村で、老婆に言われた言葉を思い出す。

 もう失わなくてすむ。

 自分は少しでも村の人々の役に立てただろうか。

 皆、感謝はしてくれたが、果たして救いになれたのだろうか。

 老婆のように、また微笑んでくれるだろうか。

 それとも、


「犯人が分かったら、殺したくなるもんだよな」


 この村の人々のように、憎しみはなくならないのだろうか。

 ジュードは、憎む方が当然だと思う。自分なら、大切な者を奪われたなら憎む。救いがあったとしても、憎しみは忘れられない。

 そんな自分に、忍耐を強いる権利はないのでは、と思う。


「あー、ダメだダメだ」


 考えが悪い方向へそれてしまった。

 余計な考えを振り払う。今は、男たちをギルドに引き渡すことだけ考えればいい。

 要らぬことを考えたせいか、疲れがのしかかってきた。外を見れば、もう夕暮れ。腹も減ってきた。

 手持ちの干し肉でもかじろうとして、ジュードはもう食料が無くなっていたことを思いだす。


「しまった……」


 ジュードは我慢するとしても、カルスの分が無いのは困る。

 カルスは一連の事件の功労者であるし、今まで優先的に食事をさせていたが、


「うー、ジュード。お腹空いてきたね」


 カルスはとにかくよく食べる。食料の減りが早かったのもそのためだ。

 村の者に食料を分けてもらうしかない。カルスを使いに出そうかと思うが、お子様なカルスに交渉などできはしない。

 かといってジュードはここを離れることもできない、と困り果てていたところ、扉を叩く音がした。


「ん? どうぞ」

「し、失礼しますー」


 入ってきたのは、村で一番に出会った少女だった。両手いっぱいに抱えているのは、食料か。


「あの、村長様から、法術師ウィザード様のお世話をするように言われてきました」


 なんともありがたいタイミングだ。


「えっと、エメリナといいます。なんなりとお申し付けください。って言っても、ご飯を作るくらいしかできないんですけど……」

「いや、助かる。ちょうど、腹が減っていたところなんだ」


 素直に伝えると、エメリナは胸をなでおろし、


「よかった、あの、私あんまりできることがなくて。ご飯なら、すぐに作りますね。ちょっと待っててください」


 さっそく調理に取り掛かってくれた。


「う? ご飯?」


 カルスの興味が、エメリナに向く。


「ああ、作ってくれるってよ」

「よかった、ジュードがしごとしたからだね!」


 カルスの言葉を聞いて、エメリナも苦笑い。

 無邪気さが先ほどまでのジュードのうっくつとした気分を吹き飛ばしてくれた。

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