19:違和感

 翌日、ジュードは外から聞こえるひづめの音で顔を上げた。

 まだ日が昇って数十分。ジュードが家を借りてから半日も経っていない。

 村の馬かと思ったが、数が多かった。一頭、二頭程度ではない。

 膝の上で寝ていたカルスを起こさぬよう、窓から外を見る。


「兵士……?」


 鎧を着た男たちが、村の中に入り込んでいた。窓から見えるだけでも五人はいる。

 それらが全員、一つの紋章を鎧に張り付けていた。

 ギルドのものではない。もしここでギルド以外に紋章を掲げるものがいるとすれば、


「領主の兵か?」


 村からの連絡が、領主に届いたというのだろうか。


「ここに、我らが領主様の土地をけがしたという者たちがいると聞いて来た!」


 野太く張りのある声が、窓越しに聞こえる。


「すぐに、その罪人を引き渡せ! どこにいる!」


 声の主は、分厚い鎧を着こんだ禿頭の巨漢だった。

 早朝の、突然の騒ぎに村人たちが家から出てくる。

 大男は、繰り返しがなり立てた。やがて一人の村人が、ジュードの方、借りている家を指さした。

 兵士たちが一斉に向かってくる。

 兵士は扉を破り、なだれ込んできた。ジュードを見るなり、剣を構える。


「貴様がその罪人か!?」


 見るなり勘違いされて、ジュードは呆れた。

 兵士をかき分けて、大男が入って来る。そいつに、


「違う。俺じゃなくて、そっちに転がってる二人だ」

「なにぃ?」


 ジュードはカルスを膝に乗せたまま、転がっている男二人をあごで示す。

 大男はジュードをいぶかしむようににらんでいたが、男二人を観察するように見るとたちまち、


「連れていけ!」


 兵に命じて運ばせた。

 ジュードは慌てて声をかける。


「おい、ちょっと……」

「黙れ!」


 いちいち声の大きい男だった。

 男たちが兵士に連れられて行く。ジュードは仕方なく、そのさまを見送る。

 おかしいと感じた。色々と違和感を感じるが、最初に思うのは兵士たちが来た早さだ。

 早馬を送ってから、一日も経っていない。ここ、フルス村からヒュースまでは片道でも半日かかる。

 どれだけ急いでも、その半日で往復できるはずがない。まして、兵士たちは鎧で武装している。大男など、馬に乗れるかどうかも怪しい重装備だ。

 そんな連中がどうやればフルス村に来られるだろう。領主が事件解決のために、あらかじめ手配していたとでもいうのか。

 しかし、手配など考えにくい。そんな話があれば、今までの村で一度くらいは話題になっているはずだ。領主が動くとは、それだけ大きな話である。


「それでは、貴様は何者だ!」


 大男が、威嚇するように叫ぶ。だが、あいにくと大声程度ではジュードはひるまない。


「俺は冒険者だよ。クエストを受けて、この村に来た。ほら、これがクエスト票だ」


 ふところから取り出して、大男に見せた。破らんばかりの勢いで奪われた。

 大男がクエストを確認する。ジュードはなるべくカルスの耳をふさいでやり、怒鳴り声が聞こえぬようにしてやった。

 確認が終わると、大男はクエスト票を床に放った。手渡すつもりはなかったらしい。

 後ろから兵士の一人が、大男に耳打ちする。それにうなずくと、


「子連れの法術師ウィザード! 貴様がここ最近、村を回っているという奴か!」


 改めて、剣を突きつけられた。

 ジュードは眉をひそめる。


「そうだけど、なんだってんだよ?」


 剣で威嚇される覚えはない。犯人を渡したのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだ。

 もっとも、目の前の大男には、感謝という言葉すら知らないだろうが。

 ジュードは、抱えていた杖を握る。


「なんだ? 反抗する気か!?」

「反抗じゃない。自己防衛だ」


 無益な戦いをする気分ではないものの、いざ襲い掛かられた時には対処しなくてはならない。

 大男を睨み返す。それがしゃくにさわったようで、相手は顔を赤くして口を開こうとする、そこで兵士の何人かが止めに入った。


「隊長、我々の目的は罪人の確保と、そこの法術師ウィザードを領主様の元へ連れていくことです。落ち着いてください」


 その中の一人が諭すように言うと、大男はやはり大口を開けて、


「分かっている!」


 と吐き捨てた。


「貴様、我が領主様がお会いになるそうだ。来い!」


 と、依頼というよりも命令口調で言われた。


「なんでだよ?」


 軽く反論するも、答えは剣による無言の敵意だ。

 無理やり連れていかれるつもりはない。しかし、と窓を見る。

 村人たちは、一様に不安げだった。領主の兵隊に意見しようものならば、すぐに始末されると分かっている。怯えている。

 舌打ちするしかない。ここで暴れては、村の皆に迷惑がかかる。

 昨晩、食事を用意してくれたエメリナの笑顔を思い出し、ジュードは従うことにした。


「じゃあ、今から領主に会いにいってやる。とっとと案内しろ」


 もっとも、素直に従うつもりはなかったが。

 大男の怒鳴り声はもはや無視して、ジュードは破られた扉をくぐる。

 やはり周囲の人々は震えている


法術師ウィザード様……」


 エメリナの顔も青ざめていた。心配してくれたのだろう。家まで来ようとしたのか、すぐそばで立ちすくんでいた。


「世話になったな。昨日の飯、美味かったよ」


 安心するようにとエメリナに微笑みかけてから、ジュードは抱えていたカルスを起こす。


「カルス、ほら、行くぞ」

「う? ……うー、まだ眠いよジュードー」

「寝ぼけてる暇は無くなったんだよ、早く起きろ」


 あくびをしながらまぶたをこすり、カルスはしぶしぶといった風で起きた。

 見た目は微笑ましいが、状況が状況なのでジュードはしっかりとカルスの手を握って引いてやる。

 兵士が、馬車に乗るよう命令してきた。仕方ない、と思いつつ、ジュードとカルスは乗り込んだ。

 ジュードたちが乗ると、兵士たちも乗り込んできた。客人用の馬車というわけではなく、ただの運搬用の馬車らしい。犯人たちも、足元に転がされていた。

 兵士たちが乗り込み終えると、号令がかかり、馬車が動き始めた。

 正直なところ、ジュードは嫌な予感しか浮かんでいない。兵隊の態度からして、領主の人格にも期待できそうにない。


「誰か、食べ物持ってないか? 腹が減ってるんだ」


 兵士たちは重苦しい空気をまとったまま、反応しなかった。


「あ、そ」


 ヒュースへは、嫌な帰還となりそうだ。

 徹夜の疲れを堪えつつ、ジュードは杖を抱え直し、眠ることなく帰路についた。

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