20:領主との対面
ヒュースの領主、クルサードは静かな野心家だった。
己の欲望を表に出すことは少なく、出したとしても一瞬。大勢の記憶に残るようなことはしない。
大勢に逆らわぬふりをして、その内では虎視眈々と策を練る。いつか来るであろう機会をじっと待っていた。
その機会が、近づきつつあった。
クルサードは、ただの領主で終わるつもりはなかった。王になりたかった。
八百年続く現王朝を奪いたい。自分こそが王になるのだと、幼少の頃よりずっと胸に秘めていた。
長年かけて整えてきた盤面が、やっとクルサードの思惑通りになってきた。
非道なこともやってのけた。全ては己の願望のために。
家臣から、ここ最近、邪魔をしてきた者を確保したという報告があった。もうしばらくすれば、その者に会えるとも。
邪魔者はクルサードのたくらみにまでは気づいていない様子らしい。好都合だ。油断を誘えば、すぐに始末できる。
今はクルサードの野望に気づかずとも、これ以上の邪魔は許容できない。
外には静かな表情を作りつつ、胸の中は激しく燃えていた。
野望の始まりまであと少し。
笑みが浮かばぬよう懸命に堪えながら、クルサードは殺すべき相手を待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
領主の城、応接間でジュードとカルスは暇を持て余していた。
来いと言われてほぼ一日。愛想のない兵隊と共に、城まで運ばれてきた。
そこから応接間まで通されはしたものの、
「ねえ、ジュードー」
「んー?」
「お腹空いたねー」
「そうだなー」
茶菓子どころか茶も出ない。通された部屋も、応接間というには簡素だった。
椅子は布張り、ガラスは曇り、観葉植物の葉っぱすら無い。
明らかに歓迎されていない。歓迎するつもりもない相手をどうして城に呼んだのか、ジュードは想像を働かせたが、
「いまいち、はっきりしねえなあ」
領主の思惑全てをつかみ取ることはできなかった。
ジュードの隣でカルスの腹が鳴った。ジュードもろくに食べていない。いっそのこと、領主との面会など放り投げて街の食堂に駆け込みたいくらいだ。
それでも耐えるのは、ジュードが解決してきた数々の事件をはっきりさせるためである。
事件の犯人二人は今頃牢の中だろうか。直接事件について聞きたかったが、今となっては面会させてくれるとも思えない。
領主ならば、事件の真相に心当たりくらいはあってほしいが。
扉が叩かれた。ジュードは返事をしようと思ったが、相手は待たずに勢いよく開けてきた。
「来い、
「げ」
思わず呻く。
入ってきたのは隊長の大男であった。兵士も二人付いている。
大男はジュードの態度を目ざとく見つけたようでまた怒鳴ろうとしていたが、兵士に止められ仕方なく口を閉じた。
「はいはい、行きますよ」
「うー……、ご飯ー……」
腹をさするカルスを連れて、ジュードは立ち上がる。
部屋からしばらく歩かされた。先頭には大男、続いてジュードにカルスと、最後に兵士。あからさまに警戒されている並びである。
ジュードは杖を離さず、むしろいつでも振るえるように握りしめた。どう見ても歓迎するという雰囲気ではない。妙にきな臭い。
応接間は城の端にでもあったらしい。領主の部屋までたっぷり歩かされた。
「領主様、例の
すぐに、入れ、という男の声が聞こえた。
扉が開かれ、ジュードとカルスは押し込められるように中に入れられた。
領主の部屋らしく、ここは丁寧に造られていた。毛の長い絨毯、いかにもといった風の調度品。年季の入った机が存在感を発しており、儀礼用の甲冑が護衛のように立っている。
広い部屋の中で待っていたのは、二人。中年の男がおそらく領主、しかしもう片方は、
「商人の……」
ヘイルウッド、という名前だったか。場違いかつ、奇妙な組み合わせだ。
商人が領主と会うのはいい。とはいえ、何故ジュードとの面会に出てくるのか。
「おや、お師匠様とお弟子さんでしたか。これはお久しぶりでございます」
慇懃に礼をする商人に不快感すら持つ。あえて無視して、ジュードは領主と相対する。
領主は厳しい顔つきだった。とはいっても、怒りや侮蔑を含んでいるのではない。努めて冷静を保とうという表情だ。
大男の態度を許すほどなのだから、てっきり荒い性格をしていると思ったが外れであったようだ。
「名は?」
問われて、ジュードは一瞬迷った。
答えるか、答えないか。
しかし、領主の前まで来て答えぬのももはや意味がないかとも思う。
「ジュード=リーヴィス。こっちは弟子のカルス」
名を告げると、領主の表情がわずかに変わった。眉が上がり、平静としていた目つきに冷たい色が入る。
「リーヴィス……、リーヴィス!?」
商人の方はあからさまに驚いていた。王家に仕える
自分の名前がやっと通じたようだ。
「ク、クルサード様……」
うろたえる商人を手で制しながら、領主は口を開いた。
「リーヴィスとはずいぶんな名だ。本名か?」
「本名だ。嘘だと思うなら、実家に問い合わせてくれ」
領主の確認も当然かと思う。リーヴィスの名は、王家につながる力があるのだから。
ジュードの名乗りを信じたのか、領主が再び問うことはなかった。
むしろ聞きたいことがあるのはジュードの方だ。
「んで、領主さん、俺たちに何の用だ? 事件解決のお礼ってわけじゃないんだろ?」
雑な扱いをされたお返しとして、礼儀は払わない。ジュードはいつもの調子を崩さずに、
「そもそも、事件を知っていたかも怪しいけどな。今になって兵隊をよこすなんて、ずいぶんとのんびりしてやがる」
大きく肩をすくめて見せても、領主の表情は変わらなかった。多少の無礼で怒るほど短気ではないらしい。
しかし、周囲の空気は違った。ピリピリと緊張を帯びてきている。
ジュードはカルスを後ろに隠すように立つ。
「リーヴィス、リーヴィスか……」
領主は何かを得たかのように、低くつぶやいた。ジュードの問いかけも皮肉も気にしている様子がない。
ジュードには、領主の真意が読めなかった。何をするために、ジュードを呼びつけたというのか。
嫌な空気だけがますます濃くなっていく。
「用事がないなら、帰らせてもらうぞ」
言うと、領主はジュードではなく、自身の決断にうなずき、
「やはり不要だな。死ね」
さっさと消えろとばかりに命じてきた。
だが、周囲に兵士はいない。いるのは領主と商人、あとは飾り用の騎士甲冑くらいで、
「んなっ!?」
空っぽのはずの甲冑が、襲ってきた。
人の気配など無いというのに、剣を振るって向かってくる。大雑把な動きながら、こちらを殺すのに迷いがなかった。
舌打ちしてから、ジュードは杖で応戦した。部屋の中ということで、大きな法術は使えない。使えば自分もまきこまれてしまう。
杖に、強化の法術をかける。もとより殴り合いで折れるような杖ではないとはいえ、相手の手の内が分からぬ以上、こちらも手を抜けない。
縦に、横にと振られる剣を軽くいなす。この程度の剣戟ならば、怖くはない。
「んの、やろうっ!」
ジュードの杖が、兜のアゴを打ち上げた。軽い手ごたえが腕に響く。
人間ならば脳震盪で倒れるはず。が、
「は?」
中身は、人間ではなかった。白い球体が収まっていたのみ。予想外の代物を見て、ジュードは気をとられる。
そこに、甲冑が剣を突き刺してきた。間一髪かわすが、球体の正体が分からなかった。
「ジュード! あれ、まだ動くよ!」
「分かってる!」
人の形をした
「
そんなジュードの知識を裏切るように、甲冑は戦いを止めようとしない。
毒づきながら、繰り出される剣をさばく。人間の様、とはいえ脳が詰まっていないなら脳震盪など起こすまい。
ならば、とジュードは杖を思い切り横に薙いだ。甲冑の胴に当て、力の限りぶっ飛ばす。
甲冑が壁にぶつかる。それに合わせて、小さな爆破の法術を放つ。
人間相手ではないならば容赦する必要はない。小規模ならば巻き込まれる恐れはないと判断し、
「吹っ飛べ」
腹に重低音が響く。石造りの壁に穴が穿たれ、爆風でほこりが舞った。
甲冑は砕けた。中身はやはり人間ではない。骨か牙を組み合わせた手足と、球体状の関節だった。
「よくもまあ」
こんなものを作ったものだ。そう言いたかったのだが、
「その程度では、まだ壊れんよ」
領主の言葉に同意するように、
倒せない相手ではなさそうだが、しぶとい。
「
勝ち誇ったように言う商人がうっとうしい。先に殴ってやりたくなる。
ただ、動力、と聞いてジュードは思い当たった。
「まさか、ここ最近の事件は、てめぇらのせいかよ!」
したり顔で、商人が笑う。領主はわずかに顔を歪め、
「早く殺せ」
大当たりだったらしい。もはや生かしてはおけないと言わんばかりだ。
最高級の素材に、人の命も使った動力。ここまで来ると、ガラクタも規格外になる。まともに相手をしていられない。
それに、この城にはまだ兵隊が控えている。厄介な
「領主様! 何事ですか、領主様!」
早速、隊長の叫び声が聞こえた。ジュードはカルスを抱えると、重いだけが取り柄の扉を蹴り開けた。
外に、扉に弾かれた隊長が見えた。それを思い切り踏みつけ、ジュードは逃げを決める。
窓を破り、浮遊の法術で勢いを殺せば高い場所からでも死にはしない、はず。
もし、その判断が、もう少し早ければ、
「……くそっ」
兵士の槍ぶすまに囲まれることもなかっただろう。
扉を囲むようしっかりと配置されている。この囲いを突破するには、大きな法術を使わねばならない。それを使えば逃げられるかもしれないが、間違いなく死者が出る。
「ぐ、む、むぅ……」
現状で戦闘不能になっているのは足の下にいる隊長だけだ。
背後に殺気を感じる。剣の切っ先が、ローブ越しの背に嫌な冷たさをよこした。
「動くなよ」
どうやら、剣を突きつけているのは、領主本人らしい。
ここまでくると、もう観念するしかない。
杖を手放して、両手を上げた。同時にカルスが床に落ち、
「うぎゅ!」
という声を上げたが、もはや後の祭りである。
「捕えよ、領主の命を狙った罪人である」
兵士に何重と囲まれながら、ジュードは歯噛みするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます