6:呪われた村
翌朝。ジュードとカルスは簡単な食事を取ると、宿を後にした。
定期馬車の確認をしなければならなかったからだ。朝食の際、またカルスが感動していたが、それはともかく。
ヒュース行の馬車は、幸いすぐに見つかった。二人分の運賃を払い、すぐさま乗り込んだ。
ヒュース行、とはいっても、実際はその途中にある村までだ。ヒュースまでは馬車でも二日かかる。二日間通しで運んでくれる馬車はない。
村までの道のりは穏やかなものだった。魔物も出なければ、盗賊のたぐいも襲ってこない。定期便が行き来する道は、きちんと整備されていた。
カルスは道行く風景を楽しんでいた。歓声を上げながら、変わる景色を眺めていた。
あれは何、これは何、と聞いてくるのでジュードは居眠りすらできず、難儀した。いちいち答えるのは面倒だったが、馬車には他にも乗客がいる。ジュードが相手をしなければ、他の人に余計なことを言って問題を起こしかねない。
ジュードは、カルスを自分の弟子だということにした。どこかの令嬢だという設定では、人に関係を聞かれた時の説明が難しくなる。
ただの弟子にしては整いすぎた身なりではあったものの、師匠の趣味ということにしておけば人はそれ以上追及してこない。趣味、という点がいささか不本意ではあったが。
昼を過ぎ、宿で支度させた昼食を食べる頃になると、カルスもはしゃぎつかれたのか静かになってきた。
食事が終わると、やがてジュードにもたれかかり眠りはじめてしまった。
やっと落ち着けた、と深呼吸のようなため息を吐く。村まではまだかかる。その間、ずっと質問攻めでは気が休まらないところだった。
杖を抱え直して、カルスの頭を膝に乗せてやる。はたから見れば、兄弟のように見えるかもしれない。
こちらの様子を見て、馬車に乗り合った客から、嫌味のない笑いが漏れた。
「可愛らしいお弟子さんですね」
笑みながら話しかけてきたのは、小奇麗な服を着た中年の男だった。
「まだこんなに若いのに、
実際は千百歳らしいが、そんなことを言っても変な目で見られるだけである。ジュードは適当にうなずき、
「まあ、えーっと、見所がありましてね。本人に自覚はありませんが」
「ほほう。失礼ながら、お師匠様もかなりのお力を持つとお見受けしました」
男はジュードの杖を指さし、
「おそらく、
当たりである。ジュードの杖は、旅の道中で手に入れた素材を組み合わせた特注品だ。パッと見はただの長い棒きれだというのに、男は簡単に見抜いてみせた。
「なかなかお詳しいようで。ついでに、芯には
「なんと……。いや、これは良い物を見させていただきました」
男は感服したとばかりに、息を吐いた。それから思いだしたように、
「失礼しました。まだ名乗ってもおりませんでしたな。私はヘイルウッドと申します。街で
静かに礼をし、 ヘイルウッドは居住まいを正した。
古物商と聞いて、ジュートは納得した。
ジュードの杖は、売りに出せば、王都でもそれなりの家が買えてしまうほどである。街の商人から見れば、垂涎の品だろう。
もっとも、ジュードはこの杖を手に入れるのに大して金を使わなかったが。素材の調達元は、主に盗賊のお宝であった。家に黙ってこっそりと素材を集め、腕が良いという闇職人に作らせたものなので、あまり大きな声で自慢できるものではない。
そのため、杖を褒められても素直に嬉しいとは思えなかった。いたずらがバレた子供のような心境である。
「どこか高名な
「いや、気にしないよ。名乗らないけど」
「はは、そうですよね」
おそらく、この商人はリーヴィスの名を知っている。下手に名乗れば、また実家に余計な情報が漏れてしまう。
失礼と言いながら、かなり攻め込んだ話をしてくるものだ。ジュードを持ち上げつつ色々と聞き出してくるのは、商売のネタにでもしようというのだろう。ともすれば、ジュードを客にしようとしているのかもしれない。
せっかくカルスの質問攻めから解放されたのだ。経由する村まで、少しでも心穏やかに過ごしたい。
何とか会話を切り上げたかったが、ヘイルウッドは商人らしい巧みな話術で次から次へと話しかけてきた。
取り扱っている商品から始まり、顧客としている
ジュードはのらりくらりと話題をすり替えながら、誘いを断った。商人というのは、とにかく舌がよく回る。下手に首を縦に振ろうものなら、そこからどんどん付け込まれてしまう。
一応、ジュードも旅の中で多少の話術は学んできた。商人の相手をしたこともある。このヘイルウッドもなんとか振り払えると思っていた。
「いやはや、しかしお師匠様ほどの
「は? 呪い?」
大失敗だった。つい、呪いという不穏な単語に反応してしまった。
ヘイルウッドは、ジュードの失言を聞き逃さなかった。
「えぇ、呪いです。ご存じありませんか?」
「あ、ああ、いや」
「これから向かうソド村ですが、ここ最近、奇妙な出来事に襲われていましてね。村人が次々と変死しているそうなのです」
「あー……」
ここから先は、もうヘイルウッドの独壇場だった。
「私は村に着いたらすぐに自前の馬車でヒュースへ向かう予定です。物騒な噂のある村からは、なるべく早く去るべきですからね。おそらく、この馬車に乗り合わせている方々も私と似たような準備をしているでしょう。定期便は明日の朝にならなければ出ませんが、そんなのを待ってはいられません。自分が巻き込まれてはたまりませんからな。私の馬車に同行したいという方もいます。街までは夜中の強行軍となりますが、自分の命には代えられません。呪われるくらいなら、まだ夜盗の方がマシというもの。村は今、閑散としております。村人たちも原因の分からぬ呪いに怯え、農作業もまともにやれていないとか。畑は荒れ、家畜もまともに世話がされておりません。このままでは村自体が無くなるまで、そう時間はかかりますまい。なので、村が一念発起し、お師匠様のような
言葉を差し込む余裕もなく、一気に話しかけられてジュードは呆気にとられてしまった。
ソド村とやらの呪いなど、聞いたことがなかった。もしかするとセラゼールの街で話題になっていたのかもしれないが、カルスの件があったので情報収集のことなどすっかり忘れていた。
マズイ。何やらジュードが英雄視されているようだが、こちらはこちらで膝の上の
魔物や盗賊といった明確な敵ならば、ぶん殴ればそれで終わる。しかし、呪いとなると話は途端にややこしくなる。
呪い、と言うのはたやすいが、実際仕掛けられると解除にはとてつもない手間がかかる。
仕掛けた者の目的を見つけ、原因を探し、対処法を探り当てて、やっと解除できる代物だ。ジュードも腕に覚えはあるとはいえ、そんな面倒なことはしたくない。
とっととヒュースへ向かい、カルスを群れへ帰す方法を調べたいのだ。でなければ、自分も実家に帰れない。
できることなら、ジュードもヘイルウッドの馬車に乗せてもらいたい。言い出しづらい雰囲気を作られてしまったが。
「それで、ですね、お師匠様。うちとしても村が無くなると困るということで、村にいくらかの
そこから先、ヘイルウッドの話など、もはや右から左に抜けていった。
ジュードには、カルスと同じくらいに厄介な事情がある。実家だ。呪われた村を見捨てていったと実家に知られればまた旅の期間が延びかねない。
面倒ごとが二倍になってやってきた。村が近づくにつれて、胃が痛くなってくる。
どう言い逃れればいいかと考えあぐねている間に、馬車は無情にも村に着いてしまった。
乗り合っていた客が、我先にと降りていく。ヘイルウッドの話はよく知られているらしく、乗客のほとんどが小さな村を逃げるように駆け抜けていった。
カルスを背負ったジュードも、それに続きたかった。知らなかったことにして、逃げてしまうことはできないだろうか。
しかし、そんな望みはお節介な商人によって断たれてしまった。あれはどうだこれはどうだと商品を見せつけられている間に、ジュードの後ろには人だかりができていた。
「
「あの杖は間違いない……」
「もしかして、ギルドからの使い……」
「うちの村のクエストを受けてくれる方がいたのか……」
ジュードは振り向けなかった。背中に感じるプレッシャーから、とっとと逃げ出したかった。
そんな状態で、ヘイルウッドは声を張り上げ、
「ここにおわすは、高名な
火に油である。ざわめきが歓声に変わり、あちらこちらから歓喜の声が聞こえてきた。
逃げ道が無くなった。がっくりと肩を落として振り返れば、ジュードを崇めるように村人たちがひれ伏していた。
その中央にいたのは、白髪の老婆であった。
「ああ、
泣きながら拝まれてしまった。こうまでされては、ジュードといえど断れない。
「ヘイルウッドさんよ」
「はい、なんですか、お師匠様」
「破魔系の札と、
思いつく限りの物を言うと、ヘイルウッドはあるだけ全部、渡してくれた。
「では、お師匠様、ご無事で!」
喜色満面を隠すことなく、ヘイルウッドは村を出ていった。
売りつけないと言いながら、結構な額を持っていかれてしまった。商人はこれだから信用できない。村人たちの手前、値切りもそこそこにしかできなかった。
既に日は落ち始め、夕闇が空を染めていた。ジュードは破魔の札を一家に一枚持っていくように伝えてから、村の長であるという老婆に宿への案内を頼む。
「すみません、
申し訳なさそうに言うので理由を聞いてみると、宿屋の一家はもう犠牲になった後とのことだった。
「宿の部屋はありますが、手入れもままならぬ状態でございまして……。もしよろしければ、我が家においでください。お弟子様もお休みのようですし」
老婆はそう言って、ジュードを家へと案内した。村人たちも解散して、それぞれの家へと戻っていく。
老婆の家は、小ぢんまりとしていた。長の家というには小さい。
「もともと、私は長などではありませんでした。夫も、呪いのせいでもうおりません。私が長などと呼ばれているのは、ただ歳を食っているからですよ」
苦く笑う老婆の顔には、酷く疲れが見えていた。
「呪いなどと言いましても、
老齢による疲ればかりではなく、いつか自分もと恐怖に怯える気疲れもあるのだろう。寝室へと案内されたので、カルスを質素なベッドの上に寝かせてやる。
「死ぬとは聞いたけど、俺もよく事情が分からない。もっと詳しい話を聞かせてもらいたいんだが……」
「えぇ、私で分かる事ならば、なんでもお話いたします」
次に通されたのはリビング、というには狭い部屋だった。テーブルに、年季の入った椅子が二つ。
座るよう促され、ジュードが古びた椅子に座ると、老婆は茶を淹れるために湯を沸かし始める。
「ことの始まりは、三週間ほど前でございます」
老婆が言うには、最初に死んだのはまさに村宿の主人だったらしい。夜中に大きな叫び声が聞こえ、家族が寝室に向かうと変わり果てた主人の姿があったそうだ。
「まるで、干からびて、骨と皮だけになったような酷い有様でした。私も長いこと生きておりますが、あのような死に方は初めて見ました」
それから毎日同じように村人が変死していったらしい。宿の主人の次は牧場主、牧場主の次は薬屋の子供。
「まさにだれかれ構わずというようでした。やがてこれが自然のものではないと気づいた時には遅く、私の夫も、死んだ後でして……」
老婆の肩が震えだし、声が揺らいできた。
「私のような、老い先短いババアが死ぬのは構いません。ですが、子供たちまでなぜこんな風に死なねばならぬのでしょう。孫の様に思っていた子供たちまで……」
湯が沸いても、老婆は体を震わせたままだった。
ジュードにはかける言葉が見つからなかった。今までも魔物や盗賊に家族を殺された者を見てきたことはある。しかし、まだジュードには命の重さを語るだけの経験は無い。いつも泣いている家族を見ては、そっと立ち去るしかできなかった。
今がまさにその時だった。ジュードは何も言えないまま、老婆が落ち着くのを待つしかなかった。
「すみません、取り乱しました……」
老婆が、よろよろと茶を淹れ始める。
出された茶は決して上等ではなかったが、ジュードは何も言えぬ代わりに、しっかりと飲み干した。
「ばあちゃん、俺もまだ事情を分かっちゃいない。すぐに何かできるとは思わないでくれ。さっき皆に配った札も、どれだけ役に立つか分からない」
素直に言うと、老婆の顔はやはり曇った。
「
すがるように見つめられても、ジュードは正直に言うしかない。ここで大言壮語を吐けるほど、無責任ではない。
「ああ、だからって暗い顔しないでくれ。頼まれた以上は、しっかりやってみるよ」
できうる限り、真面目に答える。
それでいくらか老婆は安心してくれたのか、ゆっくりと、
「どうか、お願いいたします」
震えていた声を引き締めて、ジュードに向かって深々と頭を下げた。
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