11:取引

 若い法術師ウィザードの気配が消えてから数分後、ドネリーはヘイルウッドから品物の説明を受けていた。


「いつものですと、これと、これですねえ」


 机に並べられたのは、細工の施された宝石だった。どれにも法力マナが込められており、妖しい光を放っている。

 ドネリーは、その中からいくつかを選ぶ。


「なかなか、良いな」

「へえ、ありがとうございます」


 商売人の笑顔を見もせずに、ドネリーは代金を置いて店を去った。

 ヘイルウッドの店は、質の良い法具マテリアル素材を取り扱っている。店先に並ぶ法具マテリアルはお飾りだが、素材は別だ。

 ドネリーが作る法具マテリアルには、あのうさん臭い商人が仕入れる素材が必要だった。必要になるごとに、店を訪れては値段も見ずに買っていく。

 ドネリーは、この都市の法術学院で教授をしている。もっとも、それは肩書きだけで、本職は研究者だ。

 日々、新しい法具マテリアルの開発に取り組んでいる。現在作っているのは、法力マナによって動く、人間大の人形だった。

 労働力として、人間の代わりに使うものである。

 まだ試作品、失敗の多いものだが、完成すれば、様々な機関や学会から賞賛の声が上がるだろう。

 量産に成功すれば、一躍有名となり、莫大な富が手に入る。ドネリーとて、人並みの欲も持っている。富はあればあるだけいい。

 しがない研究者生活ともおさらばできるだろう。若造相手の講師などすぐに辞めて、悠々自適な生活を送れるに違いない。

 未来を思い描くだけで胸が躍る。愛想が無いと学生に馬鹿にされる顔も、自然とほころぶ。

 法術学院の研究室へと速足で向かう。と、そこで視界の端に映るものがあった。

 先ほどの若い法術師ウィザードだった。弟子だという子供と一緒に、食堂へと入っていくところだった。

 ヘイルウッドが言うには、ソド村の呪いを一晩で解除するだけの腕を持っているそうだ。

 ドネリーも呪いの噂は聞いていた。ソド村は、ヒュースからそう遠くない。ギルドにもクエスト依頼が来ていると、生徒の噂話を耳にしたこともある。

 話が本当ならば、かなりの実力者ということになる。見たところドネリーの半分の生きていないだろうに、その力量はドネリーを超えている。

 胸の中の爽やかさが消えていく。自分が嫉妬深い性格だとは、昔から理解していた。だからこそ、誰も研究しないであろうことに挑戦し、名声を得たいと思っている。

 若造の分際で、と歯噛みする。一丁前に弟子など取って、師匠面を気取るいけ好かない奴だ。

 勝手な思い込みかもしれない。それでも、ドネリーからすればあの若い法術師ウィザードは気分の悪くなる存在になった。

 ふところに収めた宝石を、指で撫でる。研究が完成すれば、ちんけな村の救世主など取るに足らないと思い直す。

 笑みを作り直して、ドネリーは研究室へと急いだ。

 一人きりの部屋で研究にふければ、つまらない嫉妬など消えてくれるだろう。今は、自分の研究こそが最優先だ。

 道行く人々の隙間を縫いながら、自分の住処へと向かう。

 胸にある黒いものを燃やしながら、研究のことだけを考えた。

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