12:潜入の糸口

 買い物が終わった翌日、ジュードは宿の食堂のテーブルで一人で酒を呑んでいた。

 まだ昼を過ぎた程度だというのに、食堂は賑わいを見せていた。たらふく食事している者もいれば、ジュードのように酒を楽しんでいる者もいる。

 食堂では、店員たちが忙しそうに走り回っていた。評判は本当のようで、食堂はほぼ満員。空いているのはカウンターが数席程度。

 ジュードを案内した店員も、すぐさま給仕に回っていた。食い物や酒をあちらこちらに運びながら、汗で忙しさを語っている。

 ジュードは酒を呑みながら、客たちを観察していた。

 目標は、学院の関係者。できれば地位の高い者、女性であればなお良い。最悪学生でも、学院潜入の口実作りくらいにはなる。

 だが、残念なことにまだそれらしい者はおらず、宿娘からの報告もない。

 酒には強い方だが、酔わないよう気を付けつつ、目標が現れるまで待つ。

 つまみである肉の燻製が無くなりそうになった頃に、見慣れてきた宿娘がナッツの入った小鉢を持ってやってきた。

 つまみの追加は頼んでいない。となると、


「来ましたよ、学生さん」


 短く伝え、宿娘は別のテーブルへと向かった。

 入り口に目をやると、一組の男女がいた。歳はジュードと同じくらい。真新しい杖は新米の法術師ウィザードである証拠。

 空いている席を探しているようで、店内を見回している。

 学生には不運なことに、ジュードとしては幸運なことに、席は埋まっていた。空いているのは、ジュードのいるテーブルくらいだ。

 別の店員を呼んで、相席を促した。店員は助かったとばかりに、学生をジュードのいるテーブルへと案内する。


「やあ」


 気安く挨拶をすると、学生二人は軽く頭を下げた。


「相席、いいんですか?」


 青年の方が、ジュードに尋ねてくる。遠慮がちなのは見知らぬ相手だからというのと、


「その、俺たちなんか……」


 ジュードの杖を見たからだ。

 法術師ウィザードの世界は、実力主義で成っている。ジュードの杖は、法術師ウィザードならば素人でも分かるほどに上等な品。そんなものを持つのは、自分は優秀であると宣伝しているようなものだ。

 稀に道具だけ立派な未熟者もいるが、それはさておき。


「ああ、構わないよ。一人で酒を呑むのも飽きてきてね。テーブルを占領するのにも気が引けてきたところだ。こっちとしてもありがたいのさ」


 笑顔で言うと、相手二人は安心したように腰かけた。

 ジュードは手近な店員に食事と、酒の追加を注文した。もちろん、来客二人の分も合わせて。

 二人は恐縮したが、ジュードは構わずに頼んだ。

 やがて酒が運ばれ、


「乾杯」


 ジュードの音頭に合わせて、三人で杯を交わした。

 さて、どう切り出すか。学生二人を見ながら、ジュードは思案する。

 軽い調子で会話してみると、二人は恋人同士、ではなくまだ友人の間柄だった。


「ここにある学院の生徒?」


 聞くと、青年は素直に答えた。


「あ、はい。そうです。今年入ったばかりで……」


 新しい杖がまだ似合っていないのは、そういうことらしい。二人も、知り合ってからまだ一か月程度とのことだ。

 入ってから日が浅いというのは、ジュードの目標から少しはずれている。できれば学院内の事情に詳しい者たちがよかった。

 かといって、ここで席を立つのももったいない。


「学院ねえ、羨ましいよ。俺は学院から追い出されたもんでね。あっちこっち旅をしている」

「えっ、追い出された?」

「ああ、そうさ」


 少女の方が、ジュードの杖を見ながら大きな声を上げた。


「だって、その杖、とてもすごいのに……」

「そんなに?」


 青年が少女に尋ねる。


「うん、家で見たことあるもの。龍族ドラゴンのヒゲと魔鉱石ミスリル、くらいしか分からないけど……」


 少女が尻すぼみながら言うと、青年はジュードの杖を見つめてあんぐりと口を開けた。

 龍族ドラゴンの素材は、生半可な金額では買えない。その中でも優劣はあり、龍族ドラゴンの頭部に近づくほど、価値は上がる。

 眼球、牙、ヒゲあたりは最上級素材。法術師ウィザードには垂涎の品である。

 ジュードも手に入れるまでずいぶんと苦労させられた。その武勇伝を語ってもよかったが、ここはあえて話をずらす。


「へえ、見たことあるって? もしかして、法術師ウィザード一家?」

「は、はい。あまり大した家系じゃないですけど……。ウチは商売もやってて、それで父が商品として仕入れたのを見ただけで……」


 残念ながら龍族ドラゴンの素材を組み込んだ杖までは使えない、と少女は言い、


龍族ドラゴンの杖を持っている人なんて聞いたことがなかったから、てっきり特待生とか、かと」

「俺はついこの前ここに来たばかしの新参者さ。特待なんて、無理無理」

「えっ、学院に入るんじゃないんですか?」

「入りたくても入れないさ。つても無いしね」


 ジュードがうそぶくと、青年の方が、


「実技試験なら、毎日のようにやってますよ? 彼女が言うくらいですから、貴方ならすぐに合格できるんじゃ……」


 信じられないとばかりに言ってくる。


「へえ、実技試験なんてやってるんだ?」


 ジュードは意外な言葉を拾って、反応した。


「はい。まあ、その、今まで受かった人は結構います。学院で見たことありませんけど……」


 毎日試験とは、ずいぶんと意欲旺盛な学院である。王立学院では、毎年決められた時期に学科、実技の試験をしてから入学生が選ばれるものなのだが。


「領主様の方針だそうで、優秀な法術師ウィザードはいつでも歓迎だとか。身分なんかは二の次だって話らしいです」

「ふーん、まあ、俺じゃ、落ちるだろうな」


 苦笑しながら、ジュードは心の中で策を練る。

 実技試験で入学、というのは、実のところ難しい。腕前に自信はある。学院がどれほどの法術師ウィザードを求めているのかまでは判断できないが、実戦を潜り抜けてきたジュードならば、合格の可能性は高い。

 しかし、ジュードはリーヴィス家の人間で、一応、王立学院の生徒であるという立場も消えてはいない。学院の掛け持ちなどしたら、実家と王立学院の両方からお叱りが飛んでくる。

 ジュードとしては、龍族ドラゴンの研究家に会い、ちょっと資料を見せてもらえればいいだけだ。

 ならば、


「その試験について、教えてもらってもいいかい?」

「え? はい、いいですよ。って言っても、内容までは分からないですけど」


 受験者を装って、こっそりと学院に入ろう。

 門さえくぐってしまえば、こちらのものだ。後は適当な生徒か職員でも捕まえて、研究者か資料室のありかを教えてもらえばいい。

 青年は、分かる範囲で、と言いながら詳細に教えてくれた。

 なんでも優秀な法術師ウィザードを紹介すれば、紹介した者にも報奨金が出るそうだ。青年はジュードが合格すると考えたのだろう。その判断は正しいが、申し訳ないことに試験はサボるつもりである。


「必要なのが杖と、使うなら法具マテリアル、後は簡単な書類を書いていくだけってのはずいぶんとざっくりしてるんだな」


 書類に必要な項目をメモし終えて、ジュードは頬を掻いた。

 名前、年齢、経歴はよくある項目。法術師ウィザードとして気になるのは、得意法術の系統と、


「あれば、戦歴、ね。最後の一つは物騒だな」


 書く側は簡単だが、書かせる側にはどのような意図があるのだろうか。


「傭兵でも募集してるのか?」

「そこまでは分からないですけど……」

「ああ、いや、気にしないでくれ。ただのぼやきだ」


 青年に礼を言い、メモ紙をしまう。

 意外と簡単に学院には入れそうだ。酒を呑みほして、ジュードはとりあえずの情報収集を終えることにした。

 あとは、必要なもの、といっても詐称した書類を用意して学院の門をたたくだけ。そこから次は、なるようになれである。

 そろそろ席を立とうかとすると、恐る恐るといった風で、青年が尋ねてきた。


「僕らはまだあまり法術の知識がなくて……。旅をなさっているってことは、かなりお強そうですけど」

「うん? まあ、大したことは……」


 あるけどな、と言いそうになり、慌てて口を閉じた。

 青年の視線は、杖とジュードを往復している。少女の方も、何やら期待のまなざしを向けてきた。


「お話、聞いてもいいですか? 学院じゃ、生徒同士で話し合うのも授業くらいで……」

「そうなのか?」

「はい、うちは個人主義が売りなので、あまり交流がなくて……」


 ジュードの知る学院風景とは違うのだろうか。王立学院は生徒同士賑やかなもので、特にジュードは女生徒に声をかけまくったものだが。


「まあいいや、どんな話がいいかな?」


 詳しい話を教えてもらった礼にはいいかと、ジュードは酒と食事を勧めながら二人に軽い武勇伝を語り始めた。

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