10:またまた買い物
翌日は、街中を回ることにした。
風呂場でのやり取りでジュードは遊びまわる気が失せてしまった。カルスを一人で宿に置いてもおけず、手をつないで連れている。
カルスは、昨日の告白を忘れたように様々な店を楽しんでいた。
気にしているのは、主に食べ物。
今も片手にジェラートを持ち、ご機嫌だ。果物のジュースから始まり、肉の燻製、駄菓子、ケーキなどなど。小さな体のどこに入るのかというくらいに食べ歩いていた。
「冷たいね、これ。それになんだかとっても気持ちいい味がする!」
「気持ちいい? ……甘いってことか?」
「あまい? そうかこれ、あまいって言うんだ!」
無邪気に食べているさまは微笑ましくもあるが、腹でも壊すのではと不安にもなった。一応今は、人間の体、食べ過ぎて倒れる可能性もある。
そんな心配をよそに、カルスはジェラートをすぐに食べ終えた。しかも、また露店を見渡しては、食べ物を探している。
「次は、どんなのがいいかなあ」
「ほどほどにしておけよ」
路銀に余裕があるとはいえ、あまり高価な物を食べ続けられても困る。
店をいくつか冷やかしていると、カルスがふと立ち止まった。
「ん?」
服屋だった。ショーウインドウの中に、煌びやかなドレスが見える。庶民向けではなさそうだ。
そういえば、とジュードはカルスの服を見た。
いささか、薄汚れている。以前買ってやったのは、この一着のみ。洗ってはいたが、ずっと着っぱなしでくたびれてもいた。
「ねえ、ジュード! あれきれいだね!」
ドレスに見とれていたカルスが、ジュードの手を引っ張る。
「いや、あんなのは買わないぞ。あれは夜会用だ。普段着るものじゃないからな?」
「やかい……? あれはいつも着ちゃいけないの?」
「普通は着ない」
ふーん、とジュードの指摘を気にした風もなく、ドレスを見つめるカルス。
ドレスなど買っても、カルスが着る機会はないだろう。着れば似合うとは思うが、
「……って、あれも女性用だ。お前が着るもんじゃない」
「メス用ってこと?」
「メスっていうな。女だ、お・ん・な」
「きれいなのになあ……」
女性用と言いながら、ジュードは今更指摘するのも遅い気がした。なにせ、カルスは今も女性用の服を着ている。それが見た目と相まって似合っているのだから困る。
「……まあ、あれじゃなくても、服は必要かもな。中、見に行くか?」
「いいの? 行きたい行きたい!」
入ると、店には良い仕立ての服が並んでいた。ショーウインドウにあったようなドレスもある。貴族用とまでは言わないが、それなりに地位のある者のための店らしい。
「いらっしゃいませ」
さっそく、女性店員が声をかけてきた。店の雰囲気に合わせた、上品な装いだ。
店にはいくらか客がいた。誰もが良い身なりをしている。商人か、役人か、どちらにしろ稼ぎがありそうだ。
「お探しの物があれば、すぐにお持ちいたしますが」
「ああ、適当に見繕って欲しいんだが」
「お嬢様用でしょうか?」
「いや、こいつのではあるんだが……、男用のを頼む」
「男性用でございますか?」
不思議そうな返事をする店員に、カルスが男であることを伝えた。
すると店員は驚いたようにカルスを見て、
「失礼ながら、今のお召し物は……」
まあ当然だろう、とジュードは内心でため息を吐く。いくらカルスが中性的で、女性用の服が似合っているといっても、男には男の服を着せるべきである。
「こいつの趣味だ」
「はあ……」
決して自分のせいではないと断言して、ジュードは店員にカルスを預けた。
案の定というか、カルスは女性用の服装を選びたがっていた。店員は困惑していたが、今日のジュードは男性用を着せろと言って、決して譲らない。
服選びには、また小一時間ほどかかった。ジュードとカルスの妥協点をすり合わせるのに苦労させられた。
「んー、ちょっと可愛くない」
子供用の、そして男性用の服を着せられて、カルスはちょっと不満げである。
白シャツに紺色のベストと同じ色のハーフパンツ。銀髪は、三つ編みでまとめられた。良家の令嬢から、ご子息へ無事に変身である。
頬を膨らませて不満を訴えるカルスをしり目に、ジュードは似たような服をもう二着ほど用意させた。代金は一括払い。金貨を見て、店員は上機嫌で二人を見送ってくれた。
「前の方がいい」
「却下だ」
あまりにもごねるので、以前の服は洗い専門の店に預けた。返ってくれば、カルスも多少は機嫌を直すだろう。
無言で不満をぶつけられつつも、ジュードはカルスの手を引いて通りを歩いた。
また菓子でも買ってやるかとジュードもまた店を探していたところ、ふと目に留まる場所があった。
「ヘイルウッド……?」
思いだすのは、ソド村へ向かう馬車の中で出会った商人である。村で騒ぎ立て、ジュードに厄介ごとを押し付けていった業突く張りだ。
そういえば、あの商人は街で商売をしていると言っていた。ここに店があっても不思議ではない。
本店か支店かはともかく、もしかしたらあの強欲な商人がいるかもしれない。いたら文句を言ってやりたい。
ジュードは、すぐに決めると歩を進める。
重い扉を開けると、すえた臭いが鼻についた。
「ふぐっ」
カルスが鼻を押さえた。鋭い嗅覚には、きついかもしれない。
「いらっしゃいませ……。おや?」
入ると、すぐさま目的の人物が現れた。
「おやおやこれは、お師匠様ではございませんか。お弟子さんも……」
商人だけあって、商売相手は忘れないらしい。笑顔を浮かべながら、さっと近づいてきた。
「お師匠様、ご無事でしたか! ソド村の一件については、私も耳にしております。なんでも、すぐに呪いを解いたとか。いやあ、さすが、さすがでございますな!」
褒めたたえてくるも、ジュードとしては気分が良くなるわけでもない。結果的に村は救えたとはいえ、一つ手順を間違えればジュードも命を落としていたかもしれない。
「それで、いかがでした、ウチの商品は? お役に立てましたかな?」
「いや、全然」
ぶっきらぼうに言うと、ヘイルウッドは表情を暗くした。
「それは……、申し訳ございませんでした。良い物を仕入れているつもりではございますが、お師匠様のお力になれなかったとは……」
実際使ったのは、
「ということは、返品のお話ですかな? いやはや、重ねて申し訳ないのですが、ウチは扱う品が品でございますので、返品を受け付けるのは難しいところでございまして……」
「別にそんなつもりはねえよ。ただ看板を見つけたから寄ってみただけだ」
なるほどなるほど、とヘイルウッドは何に納得したのかうなずいていた。
「お叱りの言葉を頂くのはごもっとも。お師匠様とお弟子さんが無事であったのが、私としては幸いでございます。また、当店の品が必要になるようでしたら、最大限値引きさせていただきますので、どうかあまり……」
悪い噂は勘弁してほしいというところか。
ジュードはそこまでするつもりはない。申し訳なさそうに頭を何度も下げる様子を見て、これ以上何か言う気も無くした。
「んじゃ、これで」
カルスの手を引いて、店を出ようとする。
扉を開けようとすると、ドアノブが勝手に動いた。
「ん?」
開けようとした扉が、勝手に開いた。
何かと思い、扉の先を見ると、杖を持ったしかめっ面の男が一人立っていた。
「やあ、これはこれはドネリー様」
「な、なんだ、珍しいな。私以外の客がいるとは」
ドネリーと呼ばれたのは、初老の男だった。表情のせいか、顔中しわだらけ。見たままに気難しそうだ。
「ええ、こちらは例のソド村の呪いを解いた
「ソド村の?」
ドネリーがじろりと、ジュードとカルスを見る。
「はい、たったの一晩で呪いを」
「ほう……、まだ若いのに、大したものだ」
しかめっ面のせいで、褒めているのか文句を言っているのか判断が付きづらい。
「まあ、いい。ヘイルウッド、商品を見せてもらいたい」
「はい、はい。どうぞ中へ……」
ヘイルウッドが促し、ドネリーは店内へ。入れ違いで、ジュードは外に出た。
「……なんだ、あのおっさん」
店の扉を振り返り、ジュードは呟く。
「うー、臭かったあ」
カルスの気の抜けた声と深呼吸を聞くと、見知らぬ男のことなどどうでもよくなった。
「ボク、あそこ嫌いだ」
先ほどとは別の不機嫌さをあらわにして、カルスは言う。ジュードも同感である。次に
「さて」
と気を取り直す。用事らしい用事は思いつかない。昼食でも取ってから宿に戻ろう。
「飯、なんにするかな」
「ボク、魚がいいなっ」
「お前、まだ食べられるのかよ……」
食事と聞いたとたんに機嫌を直す無邪気さに呆れつつ、ジュードとカルスは食事処を探した。
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