8:呪いからの解放
ジュードが大木を吹き飛ばしてから三日経った。
あれ以来、毎日続いていた変死事件は起きていない。確認のための三日間は、最初はおっかなびっくりだった村人たちに、次第に笑顔を取り戻させた。
ジュードとカルスは、老婆の家で世話になっていた。豪勢な食事は無かったが、老婆の淹れる茶は気持ちを落ち着けてくれた。老婆はカルスを孫の様に可愛がり、それを見ていたジュードも心穏やかに過ごしていた。
「まさか、あの木が原因だったとはねえ」
事件後、村人たちは何度となくこう繰り返した。
法術を知らない者にとっては、当然の感想か。法術を修めているジュードでも、事件後に大木を観察しなければ気づけなかったのだから。
大木には、いくつかの宝石が埋め込まれていた。どれも細かい細工が施されており、全てが全て、人の命に関するものだった。
命に関する、というと漠然としているが、要は人の命を吸い取るものだった。近くにある人の生気を丸ごと吸い取り、ため込むという実に不愉快なものだ。
ジュードはすべての宝石を割り砕き、とどめに法術の炎で焼いた。呪いに侵されていた木も灰にし、事後処理にやってきたギルドの調査員に封印を任せた。
宝石を砕いても、失われた命は戻らない。ジュードはその重みを感じ、胸を痛めたが、
「あなたのおかげで、もう失わなくてすみます」
と、老婆は優しく微笑みながら言ってくれた。
言われてジュードの気持ちが軽くなった。いくら気楽に気ままに旅をしてきたとはいえ、ジュードは命を軽んじるほど愚かでもない。
今まで助けてきた者たちもそう思ってくれているだろうか。そうぼんやりと考えながら、老婆の家で一日一日を送っていた。
それにしても、とジュードは老婆に撫でられているカルスを見る。
今回の件は、カルス無しでは片付かなかっただろう。少なくとも、ジュードだけでは、元凶にたどり着くまで多くの命が失われていたはずである。
ジュードとしてはなんとなく悔しいが、カルスのことを認めなければならない。
自称・
出会ったばかりの時に感じた嘘くささも、いくらか拭い去られた。
四日目の朝、村人たちに見送られながら、ジュードとカルスはヒュースの街への馬車へと乗り込んだ。
老婆などはもっと居て欲しいと言ってくれたが、厚意に甘え続けるわけにもいかない。本来の目的もある。
カルスを群れに帰さなければならない。でないと、ジュードも家に帰れない。
馬車に揺られながら、ジュードはゆっくりとこれからの予定について考えを巡らせていた。
ヒュースには中規模ながら
そこには、
研究家に会い、空いた時間で書物を漁る。とりあえず思いつくのはそれくらいか。
どこかに
正直に考えれば、
「まあ、それでもだよなあ」
ぼやくように言うと、カルスが耳ざとく聞きつけた。
「なにがそれでもなの?」
老婆が作ってくれたクッキーをかじりながら、カルスが尋ねてくる。
「ん? ああ、お前の群れについてだよ。ヒュースに行っても調べきれないだろうなー、ってな」
「だから、それでも?」
「そう。それでも調べないことには始まらん」
そっかー、とカルスも呟く。心なしか、いつもの元気がない。
「どうした?」
今度は、ジュードが聞く番だった。
「んー、ボクって、群れに帰らなきゃいけないのかなーって」
クッキーをほおばりながら、カルスは言った。
ジュードは反射的に、返事をする。
「そりゃ、帰らなきゃならないだろう」
「置いていかれた理由も分からないのに?」
「それこそ、長とかいうのに直接聞いてくれ。そっちの事情なんて、人間には想像もできねえ」
「ボクにだって想像できないよー」
だから、とカルスは言って、
「ボク、群れに帰らなくてもいいんじゃない?」
は、とジュードは吐息した。一瞬気が抜け、すぐに取り戻す。
「いや、なんでだよ。帰った方がいいだろうが。同族と一緒にいる方が、ずっと安心できるだろ」
「そうかな? そうでもないよ? ボク、不安じゃないもん」
「なんで?」
「ジュードと一緒だから」
えへー、と笑う顔は、諸々の事情を差っ引けば天使のそれに近いかもしれない。
しかし、事情を知る側であるジュードとしては、天使の笑みも複雑である。
「俺なら不安になるけどな」
なんとなく目をそらして、ジュードはうそぶく。
「えっ、でもジュードは親と一緒にいないよ? ボクと同じだよ?」
「いやまあ、それはそうだけどな。俺には法術があるから……」
「ほうじゅつって、この前にジュードが使ってたヤツ?」
「ああ」
「ふーん……。あれくらいでいいの?」
「あれくらいって言うな、一応人間様の中じゃ上等な方なんだぞ、俺は」
王宮にも出入りできるリーヴィス家の
「人間の基準って不思議だね」
「俺にゃ、
それきり、かみ合わない会話は終わった。
ジュードは杖を抱えながら思索にふけり、カルスは飽きもせずに景色を楽しんでいた。
馬車は、何事もなく進んでいく。
「お客さん、そろそろヒュースに入りますぜ」
御者の声を聞いたのは、昼食を済ませてからすぐだった。
座りこんで硬くなった体を伸ばす。やっとか、という思いと共に、ジュードは顔を上げた。
「おー」
カルスは、物珍しそうに関所の門を見上げていた。
王都ほどではないが、ヒュースも都市として数えられる。そのため交易も盛んで、関所も大きい。カルスと出会った街、セラゼールの二倍はある。
もっとも、関所は高さはあっても、幅は大して広くない。乗合馬車なら三台分、商人の乗る荷馬車ならば二台がせいぜい。関所だけあって、死角の無いように作られている。
御者が通行証を見せると、警備兵が馬車の中をのぞきこんできた。
今日の便には、ジュードとカルスしかいない。警備兵はさっと見渡すだけで、身分証すら確かめなかった。
忙しいのかサボっているのか、どちらにしてもジュードとしては都合が良い。毎回、カルスの説明をするのは大変だ。
乗合馬車は、関所をくぐってすぐに止まった。
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