25:エピローグ

 ジュードが全てを諦めてから、さらに二週間。ついにジュードの怪我は完治した。

 カルスの看病から逃れられて喜びつつも、実家に帰る日が来てしまったことを嘆いてもいる。

 あれから何度か実家と通信文を送り合ったものの、結局ジュードの旅が延長されることはなかった。

 特にヒュース近くの村を助けて回ったのが利いたようで、


『小さなクエストでも率先して受けるようになったとは、お前にもやっと思いやりというものが生まれたようだ』


 と、褒められてしまった。

 実家に帰ると考えると、気持ちが落ち込んでくる。しかも帰れば婚約者決めという人生の一大イベントが待っている。

 怪我が治ったことは、伝えずともすでに実家に知られていよう。もうどれだけ知恵を絞っても、帰らぬ口実が作れない。


「ジュード、元気ないね?」


 白シャツとハーフパンツを着こんだカルスが、見上げてくる。


「ん? ああ、そうだな」


 二人は、手をつなぎながら定期馬車を待っていた。

 カルスはジュードの様子が不思議なようだ。ジュードにとっては実家、カルスで言う群れに帰れることは、良いことだと思っているのだろう。

 ジュードも、カルスに会うまではそう思っていた。実家に帰れば、裕福な生活を存分に送れると信じていた。

 ため息を吐く。抱えた荷物の重みで倒れたかったけれど、旅慣れてしまったジュードは悲しいかな身軽である。

 荷物といっても、帰りの道中で食べる食料と、新しく買った杖くらい。

 杖はとりあえずの新品である。まさか、法術師ウィザードが杖を持たずに帰るわけにもいかない。

 杖は法術師ウィザードのシンボルである。それを持たずに帰ってしまうと、


「あ、その手があるか」

「う?」

「いや、ダメか」


 旅どころか、実家から勘当されてしまう。それでは本末転倒である。

 何をどうあがこうと、素直に帰るしかないらしい。


「~♪」


 カルスは、宿の酒場で習ったという歌を、気分よさげに歌っていた。

 習ったばかりの頃、どんな歌なのか聞いてみたところ、


「えっと、こいびとのために歌う、だったかな」


 無名の作家が作ったもの、という答えが来た。仕込んだのは、おそらく黒髪の従業員。結局、名前も聞かなかったが。

 王都へは、定期馬車を乗りついで四日かかる。この四日間が、ジュードの最後の自由時間になるだろう。


「ねえ、ジュード、じっかに帰ったら、何をするの?」

「なにって、婚約者を決めるらしいし、それだろ」

「うーん、やっぱり分からないなあ。ジュードはボクのものだよ?」

「あー、それ、実家うちで言うなよ」

「なんで?」

「ややこしいことになる。説明しても、信じてもらえないだろうしな」

「長との約束なのに……」


 歌をとめて、カルスは口をとがらせる。

 ヒュースにいた間に、カルスの感情表現はずいぶんと増えていた。

 無邪気に笑うばかりではなく、悩み、困り、今のように妬いたりもする。

 果たしてこれを成長と言ってもよいものか。保護者役のジュードからすると、カルスがどんどん手に負えなくなるとしか言えない。

 やがて、定期馬車がやってきた。王都方面には向かう客が多い。一台ではなく、四台並んでの到着だ。

 その中にも、一等、二等、三等という区別がある。路銀の都合で、ジュードは二等。一等には乗れなかった。


「ほら、行くぞ」

「うんっ」


 二等でも、運賃に見合っただけの乗り心地はある。寝転がる余裕がある分、詰め込まれて窮屈な三等よりは、ずっとマシだった。


「ふわあ」


 歓声をあげるのは、カルス。見ているのは先日、龍族ドラゴンが埋めた大穴のあと。

 穴はふさがれ、平原だった場所は見事に森林となっていた。気のせいか、領主の城から眺めた時よりも木々が広がっているようにも見える。

 龍族ドラゴンが大地を治す。言われた時こそ眉唾ものだったけれど、実際に目にすると、うなずくしかない。

 そういえば、と思いだすのは、龍族ドラゴン研究家の老人。

 今頃どうしているだろうか。銀龍族シルバードラゴンを見られたろうか。見たとしたら、なんと言っていただろう。


「考えてもしかたないか」


 何にせよ、あの老人ならば一生に一度もなかったはずの出会いを喜んだに違いない。と、考えをすぐに手放す。何せ、考えることは他に山ほどあるのだから。

 当面の目標は、いかにして婚約を回避するか、である。

 ジュードとて女性が嫌いなわけではない。むしろ、人一倍好きだと言いたい。カルスに出会ってからは余裕がなかったけれど、旅の道中では酒場でよく声をかけたものだ。

 残念ながら、二等馬車に乗るのは、ジュードたちと身なりの良い老夫婦のみ。ここで女性に声をかける機会は訪れなかった。

 王都まで、まだいくつかの街を経由しなくてはならない。そこの宿なり酒場などで、最後のチャンスをつかみ取りたい。


「~♪」


 機嫌よく鼻歌を歌う少年を、出し抜ければだが。

 カルスはとにかくジュードと一緒にいたがる。ヒュースでの一件以来、片時も離れようとしない。

 最近になって気が付いた。カルスがジュードから離れないのは、群れと離れた寂しさが原因ではない。卵から孵ったばかりのひな鳥のように、最初に出会った人間を家族、もしくはそれ以上の存在だと思っているのだ。

 これを、嬉しいと思うべきか、悲しいと思うべきか。どちらを思うにしろ、カルスと一緒にいるという結果は変わらないが。

 銀龍族シルバードラゴンの長との約束を破るつもりはない。けれども、ジュードにもちょっとくらい自由があってもよいのではないか。

 せめて最後の自由時間くらいは、はめを外させて欲しい。カルスを寝かしつけたらこっそりと、くらいは大目に見てもらいたい。


「……う」


 考えて、浮気に走る父親のような感覚に襲われた。まだ家庭を持っていないというのに。


「可愛らしい子ですね。娘さんですか?」


 一人で苦くなっていると、老夫婦が話しかけてきた。ああ、とジュードは言葉を濁し、


「娘ではないですよ。あと、妹でもありません。こいつは……」

「ボクはジュードのつがもが」

「……弟子です」


 カルスの口を、全力で押さえた。例え見知らぬ相手でも、要らぬ誤解はさせたくない。


「あら、お若い法術師ウィザードさんだと思っていましたけど、お弟子さんまでいらっしゃったのね」

「はは、まあ、一応」


 誤魔化しながら、ジュードはカルスを抱え、


「だから言うなって!」


 耳打ちするも、カルスは不満そうに、


「だって、ホントのことだもん」


 と、口を尖らせた。

 これでは、確実に実家で問題は起きるだろう。どうあがいても避けられないだろう。

 ジュードは盛大にため息を吐いてから、空を見上げる。

 青の色に、一点のくすみもない。そこに銀色の光を思い出しながら、自分がこれから平穏に過ごせるようジュードは祈った。





 結果から言えば、祈りは届かなかった。

 婚約者が現れたことに、ジュードは耐えられた。それが清楚でしとやかな女性を装ったお転婆であることも我慢できた。

 堪えきれなかったのは、やはりというかカルスである。

 婚約者を天敵と認識したらしく、顔を合わせる度にののしり合った。取っ組み合いのケンカは防げたものの、家中を巻き込む大騒動となる。

 兄は呆れ、妹は怒った。父母は呆気に取られて何も言えなかったけれど、ジュードは自分の心労が一日で一気に限界突破するところをまたも実感した。


「ジュードはボクのものだ!」

「いいえ、アタシのものよ!」


 こんな言い争いを毎日のように聞かされる。

 ジュードは柄にもなく仲裁役に回ることになった。王都で遊ぶ予定など、もはや頭に浮かばない。

 ジュードはカルスを命の恩人だと説明した。両親は始めいぶかしんだが、息子の恩人となると無下にはできない。

 客人としての扱いをしてくれた。これがそもそもの失敗だと思う。

 奔放なカルスは、ジュードにべったりだった。散歩や買い物、果ては復学した学院にまで付いてくる。

 周りへの説明に苦労した。なけなしの知恵を使いまくった。

 そんな状態のカルスが傍にしたものだから、婚約者も早々に正体を現したのだろう。

 何故かジュードに恋心を持った婚約者は、とにかくカルスを疎んだ。理想の妻としてのふるまいをあっさり捨てて、ジュードを我が物にしようとやっきになった。

 戸惑う周囲を気にすることなく、婚約者はジュードへのアピールを欠かさない。

 見ていたカルスは、すぐに焼きもちを焼いた。ジュードはボクのものだ、とこっちもこっちで手に負えない。

 まさに犬猿の仲。兄に相談しても解決策が見えず、うろたえるばかりのジュードが情けないと妹が叱責する。

 穏やかな生活に戻れると思っていたジュードは、カルスと婚約者の間で板挟み。もはや嘆くことしかできなかった。

 ジュードは今は見えぬ銀色の光に向かって、叫ぶ。


「なんとかしてくれ!」


 祈るではなく、ほとんど泣きつくように、叫ぶしかなかった。

 もっとも、これが届いたとは思えなかったが。


「ジュード! ジュードが好きなのはボクだよね?」

「ジュード様! ジュード様は当然、女性の方をお選びになりますよね?」

「いや本当に、なんとかしてくれー!」

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男の娘拾いました ~えっ、君、ドラゴンなの?~ きと さざんか @Kito_sazanka

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