24:それから

「はい、ジュード。あーん」

「いやだから自分で食えるって」

「えっ、こうすると喜ぶって、教えてもらったよ?」

「誰に?」

「宿のにんげ……、えっと、おねいさん?」


 銀龍族シルバードラゴンの群れが去り、一週間が過ぎた。

 ヒュースの街は、領主の国家反逆罪と龍族ドラゴンの出現で、大騒ぎだった。

 領主は銀龍族シルバードラゴンとの邂逅で、魂を抜かれたようにおとなしくなった。

 王命でやって来た騎士団に捕まるまでの二日間、飲まず食わずで過ごしたらしい。連れていかれた時は、ずいぶんと痩せこけていたそうだ。

 おまけの商人は街を出ようと画策したところであっさりと捕まった。財産は全て没収。牢屋から出られても、無一文からやりなおしだろう。

 ジュードはカルスとドネリーによって助け出された。幸いカルスには毛ほどの傷も無く、ドネリーの怪我も深くなかった。

 一番の怪我人はジュード本人である。無理をしたせいで、体のあちらこちらがガタガタ。診に来た医者に、たいそう呆れられた。

 手当を終えた医者は、とにかく寝ていろ、と告げて去っていった。治癒の法術で傷はふさがれたものの、中身までは治っておらず、始めの一、二日は起き上がるのにも苦労した。

 そこで看病を買って出たのがカルスである。ジュードが動けないのを幸いに、どこで手に入れたのか桃色のワンピースを着て、あれやこれやと世話を焼いてくる。

 なんとも楽しそうだった。食事、着替え、風呂などなど理由を見つけては世話を焼きたがった。

 ジュードも、最初は感謝していたものの、一週間も経つと疲れて来た。休んでいるはずなのに、気苦労が絶えない。

 今もカルスは、果物をジュードの口に入れようと頑張っている。つい一時間前にも食べたばかりだというのに。

 前領主に身ぐるみはがされたジュードではあったが、クエストの報酬を貰うことで無事に宿代をまかなえた。家に帰るまでの路銀もある。

 ただ、残念なことに、ジュードの杖は見つからなかった。苦労の旅で手に入れた渾身の作品だったため、内心では酷く落ち込んでいる。

 それを表に出さないのは、目の前でフォークを構えた少年のため。落ち込んでいる様子など見せたら、またどんなことをしてくるか分からない。

 ジュード以外の人間に、あれこれと要らぬ知識を詰め込まれているらしい。特に黒髪の宿娘は未だにジュードとカルスの関係を怪しんでいるらしく、注意が必要だった。


「ねー、ジュードー、食べてよー」

「腹いっぱいだっての。あと、右手は動くっての」

「やーだー。たーべーてー」


 と、銀龍族シルバードラゴンの少年は譲らない。

 龍族ドラゴンの出現は、街にとって領主の件に次ぐ大事件だった。しかも現れたのは、伝説の銀龍族シルバードラゴンである。

 事情を知らぬ外の者からは、街中で白昼夢を見たのだと言われていた。どれだけ街の者たちが熱弁しても、誰も信じない。それもそうだろう、とジュードは口に突っ込まれた果物を噛みしめながら思う。

 ドネリーには、カルスの正体を黙っているよう頼んだ。臆病そうな研究者はこちらに何度も礼を言い、墓の下まで持っていく、とまで約束してくれた。

 なんでも次の研究テーマは龍族ドラゴンにするらしい。知人と一緒に研究すると言っていたが、約束以後、会っていない。


「ねえ、次はどれが食べたい?」


 山盛りの果物の前で、カルスはフォークをさまよわせていた。


「それよりも、頼んどいたあれ、まだなのか?」

「う?」


 頼んだ、というのは実家からの法術通信である。ギルドに到着次第、受け取りに行くよう任せていた。


「うん。さっきも行ってきたけど、まだなにもないって」

「そうか」


 だからどれにするー、と言うカルスを無視して、ジュードはため息を吐く。

 ヒュースに関する今回の一件、実家にはすでに知られているだろう。龍族ドラゴンの話はともかく、前領主を捕えるよう連絡したのはジュード本人である。実家から何かしらの反応があるのは、想像するまでもない。

 先日、帰って来いと言われたものの、今は動くに動けない。帰るまでまだまだ時間がかかるとは伝えたが、お咎めがありそうで不安だった。

 カルスの果物攻撃をのらりくらりとかわしていると、部屋の扉が叩かれた。


「どうぞー、もがっ」

「えへへ、おいしい?」


 油断した隙に、また口に突っ込まれた。仕方なく噛みしめていると、もう顔なじみになった黒髪の従業員が入って来た。


「リーヴィスさんに、法術通信だそうです。至急ということなので、ギルドの方が直接持ってこられました」


 店員が、ギルドの職員を招き入れた。店員はすぐに去っていったが、ジュードとカルスを見てなにやらにやけていた。宿を後にする際は、チップを全部取り上げてやろうかと思う。

 従業員への報復を考えつつも、ジュードは職員からの報告を待った。


「至急、って、何が至急なんだ?」


 職員に尋ねるも、職員は封筒を渡すのみ。


「機密ということで預かっております。お答えできず申し訳ないのですが、内容は誰も確認しておりません。


 と、事務的に挨拶して、出ていった。


「あーっと……」


 受け取ったはいいが、右手だけでは封を開けられない。


「ボクが開けてあげる!」


 しかたなくカルスに封切りを任せるも、中身はすぐにジュートが取り上げた。至急などと言われてしまった通信文を、汚されてはたまらない。


「読みたかったのに……」

「お前、まだ文字読めないだろ」


 不満げな視線を気にせず、ジュードは文字を目で追った。

 複数のクエスト完了とヒュース前領主捕縛への、称賛。大怪我への心配。そして、無理のない程度に早く帰れとのお決まり文。

 ほっ、と安心した。帰りが遅くなると言ったら、どれだけ怒られるかと冷や冷やしていた。思いがけず心配までされて、ジュードは自分の功績を自分で褒めた。

 ただし、文末にはいつもとは毛色の違う文があった。

 帰ってこいという文字の後ろに、追伸として書かれ、


「婚約者を決めたいから、とにかく帰ってこい……、って婚約者ぁ!?」


 思わず飛びあがりそうになり、ジュードは全身に走る痛みに悶えた。

 呻いていると、カルスが聞き覚えの無い単語にすぐさま反応した。通信文をつかみ取り、また縦やら横やらに回して読もうとしている。


「えっ、なになに? こんやくしゃって?」


 無視したかったものの、銀龍族シルバードラゴンの少年は、ジュード預かりということになっている。正直に話し説明しておかないと、また要らぬ騒動を起こしそうだ。

 痛みをこらえつつ、ジュードは、


「いつつ……。婚約者ってのは、将来結婚する相手ってことだよ。あー、龍族ドラゴン的に言うと、つがいになるってのか?」


 なるべく、分かりやすいだろう単語を選ぶ。カルスは、おー、と理解してくれた。


「つがい? その相手を決めるの?」

「らしいな。こりゃ、帰ったらめんどくさそうだ……」


 確かにジュードはリーヴィスの家系を生かさねばならない。年齢としても、婚約者を、ともすれば結婚してなければならないだろう。

 それでも、帰る気が無くなってくる。まだまだジュードは遊び足りないのだ。婚約者など決められたら、王都から一歩も出られなくなるだろう。

 旅を続ける算段はないかと、頭を働かせる。怪我の程度を誤魔化して、もう二、三か月ほど休もうか。

 必死に考えていると、そこへ、


「ジュード、ボクとつがいになるんじゃないの?」


 無邪気かつ、とんでもない理論を持ってこられた。


「……待て。龍族ドラゴンはオス同士でもつがいになるのか?」


 さすがにそれはないと思いたい。龍族ドラゴンにもオスとメスの区別があるのだから、つがいの意味は種族共通であって欲しい。


「んー、聞いたことはないよ? でも、ボクはジュードのものでしょ?」


 そしてジュードはボクのものー、などと言い出すので、頭まで痛くなる。この少年の感性はまだまだ理解できない。


「とにかく、どうにかして逃げないとな……」


 家に帰るのを先延ばしにするか、もしくは家に戻っても婚約者を決められないようふるまうか。姿を消す、のはさすがに無理か。

 どれも大変そうだ。それに、


「う?」


 と、不思議そうに首を傾げる銀龍族シルバードラゴンはどうしたものか。

 結局、カルスは群れに帰らない。しかも、長にはカルスの面倒を見ると約束してしまった。

 連れていくと、間違いなく問題が起きる。かといって、銀龍族シルバードラゴンとの約束を違えたらどんな罰があたるか。想像もしたくない。

 なにより、長は、ジュードの拙い言葉を信じてくれたのだ。ヒュースの街など一息で吹き飛ばせるだろうに、信じて飛び去って行った。

 これに応えぬジュードではない。筋は通す。

 今までの無責任だった自分がどこにいったのか、ジュード本人にも分からない。好き勝手やってばかりだった自分が変わったのは、やはりカルスのおかげなのか。

 実家に帰ったら、さぞ驚かれるだろう。本当に旅で人格が矯正されてしまった。両親も満足してくれるはずだ。

 自分で自分の変化を悟るなど気恥ずかしいことこの上ないが、結果良ければすべて良しの精神である。

 ただ、ジュードが変わったとなると、婚約者の話も、どんどんと進んでしまうかもしれない。両親はジュードに、くさびを打ち込みたいに違いない。

 婚約者がどのような女性であれ、決まってしまったらジュードの人生はどうなるだろう。

 悩んでも悩んでも答えが出ない。もはや、考えるだけ無駄かもしれない。

 諦めたジュードは、寝ることにした。

 どうにでもなれと思いつつ、


「寝るの? じゃ、ボクもー」


 と、ベッドにもぐりこんできたぬくもりを否定することもなく、


「おやすみ、ジュード」

「……おう」


 全てを忘れようと、夢の世界へ旅立った。

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