4:実家からの命令
ジュードは少年に自前のローブを貸して、服屋へと歩いていた。
ジュードと少年は頭二つ分ほど身長に差があるので、ローブのすそは思い切り引きずられている。
大通りとはいえ、ちっぽけな街の道路は舗装されていない。見るまでもなく、すそはボロボロだろう。
宿を出る際は主人から、今は周囲から様々な視線を受けて、ジュードはなんとも居心地悪く歩いている。
対して少年は、見る物全てが珍しいとばかりにあちらこちらへと視線をやっていた。
あれは何、これは何、と次々に疑問をぶつけられる。ローブに足を取られて転びそうになりながらも、少年は好奇心を隠さず、楽しそうだった。
「ねえねえ、ジュード、あれって馬? 馬だよね! うわあ、こんな近くで見たの初めてだよ」
「そうだな
「人間のオスとメスがたくさんいるなあ。人間って、こんな風に生きてるんだね」
「ああそうだよオスとメスじゃなくて男と女だよ」
「……ジュード、なんか元気ないね」
「ああそうだな、主にお前のせいでな」
宿から服屋までの道のり、たったの五分が酷く遠く感じられた。
服屋に着いたら着いたで、少年は様々な服を見て感激していた。
「人間って、こんな布切れを着てなきゃいけないんだ? たいへんだなあ」
「頼むからお前も今は人間だっていう自覚を持ってくれ」
「あ、そっか。そうだね!」
無邪気に笑う少年に、そこいらの適当な服を掴んで渡してやる。
と、笑ってばかりだった少年の顔が曇った。
「ん? どうしたよ」
「ジュード、ボクがこれを着るの?」
「そうだが……、それがどうした?」
「なんか、ジュードの選ぶ服って、可愛くない」
どうやら服がお気に召さなかったようだ。
「暗い色ばっかり。ジュード、こういうのが好きなの?」
「好き嫌いの問題じゃねえ。とにかく着られればなんでもいいだろうが」
「ボクはイヤだなあ。自分で選ぶよ!」
人外の存在に服のセンスを疑われてしまった。頭痛が再発してくる。
「選ぶったって、お前、何がいいのか分からないだろ!」
放っておいては何をやらかすか分からない。それでも少年は言うことを聞こうとしないので、しかたなく、ジュードは店員を呼ぶしかなかった。
「いいか? 角と翼は出すなよ? 絶対にな」
「うんっ」
厳しく念を押してから、ジュードは少年を店員に任せた。
なんとも不安な時間が過ぎていった。確認したとはいえ、人間の常識知をらない少年が何をやらかすか分かったものではない。
適当にあった椅子に腰かけて、ジュードはとにかく平穏無事を願った。今までにないくらい、何かに願った。
それがどこかの神に届いたのか、なんとか店員の悲鳴が上がることはなく、
「ねえ、ジュード、着てみたよ! どうかな? どうかな?」
たっぷり一時間は待たされた。あれやこれやと店員が差し出したものを着まくっていたからだ。以前、どこかの村で
それでも待ったかいはあったらしく、少年は上機嫌で楽しそうに服を見せつけてくる。
が、
「……お前、なんで女物を着てるんだ?」
「え、変かな? あの人間が持ってきたのから選んだんだけど」
フリルの付いた白いブラウスに、紺色のフレアスカート。靴にはリボンがあしらわれ、長い銀髪までもが、ポニーテールとしてしっかりと結われていた。
見た目だけならば、確かにどこかの令嬢に見えなくもない。
「あー……」
店員も、少年の性別を勘違いしたらしい。あらかじめ言っておかなかったジュードの落ち度である。
取り返させようと思うものの、機嫌の良い少年と、会心の出来に満足したらしい店員を見たら訂正する気も無くしてしまった。
代金を払って外に出た。とりあえず一息つけるかと思っていると、また、通りにいた人々の視線が、少年に集まった。
先ほどまでとは違う、しかしやはり居心地の悪い雰囲気である。
「ん? どうしたのかな?」
少年は、自分に集まる視線の意味に気づいてないらしい。
ついさっきまでみすぼらしかった少年が小奇麗になっただけで、こうも印象が変わるとは。
だれもかれもが、少年に見とれているのである。身なりを整えれば、あと性別を知らなければ、少年は育ちの良い美少女にも見えよう。
事情を知っているジュードは疲れのため息が出るばかりだった。道行く人々は少年を見ては感嘆の吐息を漏らしていたが。
宿に戻ると店主が目を丸くした。事情を説明するのも面倒だったので、ジュードたちはすぐさま部屋に戻る。
「ふふっ、良いね、これ」
よほど気に入ったのか、少年はベッドの上ではしゃいでいた。ポンポンと飛び跳ねながら、服の感触を楽しんでいるようだった。
ローブを駄目にされたジュードとしては複雑な心境である。綺麗な服を貰って喜ぶ様子は、見た目そのままに子供っぽい。それを見て、喜ぶべきか悲しむべきか判断するのも難しい。
判断をため息で誤魔化しながら、ジュードは次にどうしたものかと悩み始める。
盗賊から助け、服もやった。ここまですれば、もう面倒を見る義理もないと思われる。
とはいえ、である。ここで
理由はどうあれ、拾ってしまったのだ。しかも見た目は子供。多少なりとも面倒を見てしまった以上、ジュードとの関係ができてしまった。
嫌な予感がした。そして悪い予感は、ノックの音と共にやってきた。
「……誰だ?」
問うと、控えめな声で、
「この街のギルドの者です」
という答えが来た。
「ぎるど?」
知らない単語に反応した少年は気にせずに、ジュードは扉を開けた。
立っているのは、若い男だった。手には封筒があり、差し出して、
「ジュード=リーヴィス様ですね。あなた様宛に、法術通信が届いております」
「一応聞くけど、どこからだ?」
「ご実家からのようです」
やはりか、とジュードは天井を仰ぐ。ギルドの職員は、封筒を渡すとすぐに帰っていった。
法術通信とは、遠い場所にいる相手と連絡を取る手段である。誰もが使えるものではなく、ギルドにある専用の端末を使わねばならない。
受け取った封筒を引き裂くように開いて、中にあった手紙を読む。内容は主に先の盗賊退治の件であった。
『いささかやりすぎのきらいはあるが、充分に依頼は果たした。家に戻ってもよい』
端的にまとめるならば、そんな話だった。差出人には、父の名前がある。一応これで人格矯正の旅は終了ということになるのだろう。
そこまで読み、理解して、ジュードは最後の一文で頭を抱えることになった。
『なお、助けたという少女は、きちんと家まで送り届けるように』
「どんだけ話が早いんだよ……」
何をどうしたら、つい一日前の出来事をここまで完璧に把握できるのか。いくらリーヴィス家が優秀な
付き人はなく、監視されている気配もない。だというのにこの一年半、ジュードの行動はほとんど筒抜けであった。
幸い、盗賊から少々の小遣いをもらったことまではバレてはいないようだった。それだけが唯一の慰めか。
がっくりと肩を落とす。実家に少年の存在がバレてしまった以上、ここで見捨てるという選択肢が無くなった。そんなことをすれば、また一年、二年と旅の期間が長くなる。
「どうしたの? ジュードってば」
ジュードの様子がおかしいと気づいたらしい少年が、声をかけてきた。
「それ、何? 紙?」
ジュードは気落ちしたまま手紙を少年に手渡した。
「う? んん~。なにこれ?」
「読めないのか?」
「あ、これが人間の文字ってやつかな? うわあ、なんて意味なの、これ!」
読めないはずの文字を見て楽しそうにする少年。手紙を縦に横にさかさまにして、ふむふむと唸っている。
「お前の面倒見ろってよ」
「ボクの? えっ、なんで?」
「俺が聞きたい」
「ジュードと一緒にいてもいいってこと?」
「そういうことらしい」
うわあ、と満面の笑みを浮かべる少年にジュードは今日何度目とも分からないため息を吐く。
「とりあえずお前……。あー、お前……」
「なに? なにかな?」
お前、と呼びながら、ジュードは少し前の会話を思いだす。確か少年の名前は、
「カルス、なんとかだっけか」
「ボクの名前? えっと、人間の体じゃ発音できないし、どうしようか? ジュードが呼びやすいのでいいよー」
「んじゃ、カルス」
「うんっ」
とりあえずの名前を呼ぶと、少年・カルスはうなずいた。名づけられたのが嬉しいらしく、にこにこ顔がさらに光を増した。
どっと疲れが押し寄せてくる。これまでのことと、これからのこと。考えようとしても、もう脳が拒否反応を起こしていた。
どうしたものか。どうしようもないのか。
ジュードは答えの出ない問いに頭を悩ませ、
「俺は寝る」
全てを諦めた。
「へ?」
突然の宣言にカルスは驚き、ジュードはたった一日で限界を突破したストレスを感じながら、ベッドへ倒れ込んだ。
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