第12話「真実の、その先へ」
リンに連れられるまま、アレヴィは人けのない方へと歩かされる。渋谷の繁華街も少し遠ざかれば、いわゆる町中の死角が点在していた。確か、平成の時代前後を契機に、日本でも本格的に道路上の防犯カメラが増えた
それを知っているのか、リンは終始緊張感を
そして、二人はようやく地下の駐車場へと入り込む。
ようやく安心したのか、リンが年相応の笑顔を見せた。
そう、ウェルとそう見た目も変わらない、十代半ばの少女だと思えた。
「こっちだ、来てくれ!」
「ま、待ってくれ。まず、事情を」
「説明する! けど、長く同じ場所にいると危険なんだ。移動しながら話すから!」
リンは一番奥の黒いライトバンへと近付く。スモークガラスの向こうから、こっちを凝視する気配があった。
ややあってドアが開くと、その奥へ入り込んでリンはアレヴィを呼ぶ。
少しためらったが、急かされ結局アレヴィも車中の人となった。
運転席では、体格のいい大男が振り返る。
昨日、発煙筒を使ってリンを助けた巨漢だ。年の頃は、四十代半ばくらいだろうか。
やはり彼は、リンの仲間だったのだ。その男へと身を乗り出して、リンはすぐに小さく叫ぶ。車を出すよう言われて、すぐにライトバンは走り出した。
それで安心したのか、リンは大きな
「まず、紹介するよ。こいつはダリウス・ライゼンシュタイン、あたしより後に来たんだ。でも、今やあたしらのリーダー格さ」
バックミラーの中で、ちらりとこちらを見たダリウスは、なにも言わない。巨体とは裏腹に、
だが、名前と苗字が気になってアレヴィは思わず問いかける。
「ドイツ系だね。もしかして君は」
だが、ダリウスは黙して語らない。
運転に集中する彼に代わって、隣のリンが教えてくれた。
「ダリウスはドイツ人だよ。ユーロ圏でも、あの計画はずっと昔から進んでたんだ。たまたまサーバの設置と運営を引き受けたのが、日本ってだけ」
「あの計画?」
「おいおい話すよ。それより……教えてくれ、あ、ええと……アレヴィだっけ?」
リンは身を乗り出して、まるで急かすように問いかけてくる。
「今、外はどうなってる? 国は、あ、いや、そんなことより……かなり話題になってる筈だな、随分と時間が経ったものな」
「ま、待ってくれ。ええと、まず時系列を整理して話させてくれ。俺は仕事でこの平成オンラインに来た。一応、一般ユーザーとして。制作や運営を行ってるマインドスフィア社には、まだ捜査の話すらしていない」
「なんだって!? ったく、どーゆーことだよ!」
リンが声を荒げて、今にも
運転席のダリウスが「リン」と、たしなめるような声を発した。初めて聞いた声は、
それにしても、いちいち話が噛み合わない。
彼女たちはなにと戦っているのか?
そもそも、敵とは、彼女たちが奴らと呼ぶ存在はなにものだろうか?
ただ、ひたすら
その中で、彼女たちは戦っている。
それはアレヴィに、即座に先程の光景を思い出させた。
「……君たちが戦っているのは、あの警官、警察組織なのか?」
「それは敵の末端、外部で活動する組織に過ぎない。平成オンラインは、完璧に平成の日本を再現しているからな。だから、ユーザーのゲーム内でのあらゆる手段が、当時の日本と同じものに限られる。ここでは外部とはあらゆる回線が繋がってないし、ユーザー同士で連絡を取る時も携帯電話や固定電話を使う。メールも一緒。手の甲にデータは表示されるけど、それでは連絡は取り合えないし、場所を指定してのワープ等もない。こうして車も必要になる訳」
「それは、わかってる。つまり」
「奴らも一緒なの。あたしたちを
なんとも壮大な、遠大な話だ。
つまるところ、リンたちが奴らと呼んでいる敵は?
「敵は、運営サイドのマインドスフィア社かなにかなのか? この平成オンラインの」
「違うわ。そもそも、この平成オンラインを制作した会社も、この瞬間も運営している会社も存在しない。あたしたちの本当の敵は――」
その時、アレヴィの携帯電話が鳴った。
リンは興奮して喋り続けていたが、コールを知らせるアニメソングが気になるのか、腕組み座席へと沈み込む。
「電話、取れば?」
「ああ、すまない」
断りを入れて電話を取り出しつつ、アレヴィは窓の外を見やる。今、どの辺りを走っているのだろうか? 平成の東京はアレヴィの慣れ親しんだ首都とはまるで違う。空は狭いし、緑も少ない。東京大震災の前は、こんなにも無節操な都市整備がなされていたのかと驚くばかりだ。
とりあえず電話に出ると、耳元でウェルが叫んだ。
『アレヴィ! 連絡待ってたんですけど、どうかしたんですか? あの、わたしは』
「ああ、すまないウェル。こっちも少しあってね。でも、もしかしたら事件の解決の糸口を見つけたかもしれない。やはり、この平成オンラインにはなにかカラクリがある」
『やっぱりですか? よかったです。あ、いえ、よくはないですけど、解決に向かうなら』
「やっぱり? やっぱりって、それはどういう意味で」
『こっちでも、手がかりらしき事態を目撃しました。今、尾行しています』
「尾行!? そ、それは……危険だ、単独での尾行だなんて。ツーマンセルが基本だからこそ、俺とウェルは組んで仕事をしてきたんじゃないか。うかつな」
『ごめんなさい、でもタイミングがなくて。今、丁度尾行対象が建物の中に入りました。メールで場所を送ります』
「全く、危険な真似をして……誰に似たんだ?」
『危険なゲームの真似ばかりしてるアレヴィじゃないでしょうか』
「減らず口を、もう」
『そこもアレヴィに似たんだと思います。……似た者同士、ですよね?』
否定はできないと笑ったが、事態は
とりあえず、軽はずみな行動を窘めつつ、アレヴィも人のことを言えなかった。
リンたちに接触した段階で、ウェルに連絡するべきだったのだ。
しかし、そのことには触れずにウェルは簡潔に報告をまとめる。
『アレヴィ、この平成オンラインは、
「……それは今、俺も感じている。そっちはなにで知った? なにか発見があったんだな」
『警察に連行されてる市民、つまりユーザーを見ました。NPCではないことは明らかです。それが、おかしいんです。警官たちは違法業者の摘発だと言ってたんですが、その……』
「なにを売ってた? なにかしらの創作物じゃなかったかい?」
『そうです、その……同人、誌? って言うんでしょうか。えっと……その、えっちな漫画本を、売ってました。あ、これって普通に摘発対象かもしれませんよね』
「本の内容はわかるかい? レーティング的な部分もできれば」
「アレヴィ、もぉ……バカッ! わたしにあんなことやこんなことを言えっていうんですか? 酷いです。でも、様子が変だったのは、本の内容が摘発理由ではなかったみたいで」
「……なるほどね、こっちと同じだ。つまり、なにかしら創作物を売ってたら警官たちに連行されたと。俺も似たような光景を見たよ」
ちらりと横目で、アレヴィはリンを見る。
話したくてうずうずしているようだが、口を挟んでこないところを見ると、アレヴィの言ってることはあながち間違ってはいないらしい。
どうして、ゲーム内での創作行為が取り締まられているのか。
そもそも、ゲームの規約としてその行為自体を禁じていなかった筈だ。極めて再現度の高い
ちらりとリンを
「とにかく、位置情報を送ってくれ。俺らもそっちに向かう。いいかい? 俺らがそっちに行くまで、自重するんだ。絶対に独断専行で動かないこと」
『了解です、アレヴィ。それと、あの……』
「ん? なんだい」
『今日の午後で、ログインから二十四時間が経過します。一度接続を切る必要があるので、急ぎましょう。それと、ですね……ええと。また、こういう機会を作ってもいいですか?』
意外な言葉で、アレヴィは思わず「は?」とマヌケな声を発してしまった。
だが、ウェルはもじもじといじらしく言葉を続けてくる。
『頻繁にじゃなくて、いいんです。なにもなくても、しなくても……できなくても。また、仮想現実のどこかで、一緒に過ごしてくれないかなって』
「……考えておくよ。リアルでも、現実でもそういう時間を作れるようにする。俺は人間の君がとか、君の躯体がとか、そういう興味は感じないからな。君は君だろうに、入れ物や互いの立場を気にしたらきりがないよ」
『そう、ですね……ふふ、なんだかアレヴィって、時々格好いいですよね!』
「バカ言わないの」
『では、メールします。待機してますので、なるべくお早く』
通話が切れて、気付けば隣でリンがニヤニヤとしている。そのあどけない顔は、間違いなく年端もゆかぬ少女のものだ。
「誰? 恋人?」
「いや、仕事の相棒だ。っと、メールが来た。この場所に向かってくれるかい?」
アレヴィが携帯電話を向けると、リンは覗き込んで片眉を跳ね上げた。
「おいおい、あんた……なにを言ってるんだ? ここがどんな場所か知ってるのかよ!」
「うちの相棒が掴んだ、この平成オンラインの秘密の尻尾さ。君たちは知ってるのか? このゲーム内で、なんらかの行為……恐らく創作活動が取り締まられてる。違反者はここに集められてるんじゃないのか?」
リンの沈黙が答で、百の言葉より雄弁に真実を語っている。
そして、彼女は重々しい声音で付け足した。
「この場所は、奴らの中枢の一つだ。そう、奴らは……その敵の名は、日本」
「日本……? つまり、俺たちの国か?」
「そうさ。正確には、日本の提唱した計画に乗った、ほぼ全世界の国家だ。アメリカにロシア、ユーロ圏各国に中国……名だたる先進国は全て、参加している」
「ちょっと待ってくれ……話がデカ過ぎる。それに、中国だって? 中国、中華人民共和国は半世紀も前に解体されてる。共産党の一党支配体勢が崩れてから、道州制の合衆国になったんだ。まだ混乱は続いてるけど」
今度はリンが難しい顔をした。
そして、その訳を話してくれる。
「なあ、アレヴィ。あんた……西暦何年の人間だ? お互い平成の人間じゃないのはわかってる。あたしが来た時にはもう、現実の平成は終わってた」
「俺は、西暦2098年から来てる。え、ちょっと待ってくれ……リン。もしかして、ダリウスもか? 君たちは……いや、そんな馬鹿な。でも、そう考えると辻褄が……!?」
アレヴィの脳裏に、一つの可能性が生まれる。
それは、リンの言葉で確かな事実として、真実へと彼をいざなった。
「あたしたちは……西暦2066年のあの日から、ずっとここにいる。あれからずっと、平成オンラインの閉じた時の中にいるんだ」
それは、かつて日本を震撼させた大事件が起こった年だ。
突然、肉体だけを残して失踪した10,000人の日本人は……ここに、このゲームの中にいたのだった。
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