第19話「再会、そして再起」
どうやら二人も、解放されたようだ。
リンとダリウスは、アレヴィに振り返って驚きん声をあげる。
「おい、アレヴィ! 現実はどうなんだ、どうだった! ……駄目、なのか?」
「無事だったか、アレヴィ」
恐らく、アレヴィが現実へログアウトしてから過ごしていた時間、二人は拘束されていたのだろう。しかし、
その疑問が、また一つ……カチリとパズルのピースを心に埋めてゆく。
まだ、描かれた絵の全体像は見えない。
それでも、アレヴィは出迎えてくれる二人と合流して、まずは安堵感を分かち合った。
「やあ、久しぶり……って訳でもないよなあ。でも、随分久しぶりに思える」
「馬鹿野郎っ! あたしたちの平成オンラインは、現実と時間が同期してんだ。一日しか経ってねえよ! けど、けどっ……」
「とにかく、ここを出よう。色々と話したいこともある。それと」
大きく
そんな二人に、どうしてもアレヴィは確認することがあった。
「二人共、あのあと……ウェルがどうなったか、知らないか?」
「ウェル……ああ! あんたの相棒の、あの女か」
「ああ。
そう言いつつ、アレヴィは肩越しに振り返る。警官たちは一定の距離を取りつつ、ずっとアレヴィたち三人を監視している。その視線から逃れるように、先を
肌で感じる風も、それが運ぶ騒がしい都会の雑踏と騒音も、懐かしい。
五感の全てが感じた解放感の中で、アレヴィは歩きつつ話す。
「俺はまず、このニートピアの真相を暴いて、成太郎の行為をやめさせなければいけない」
「ニートピア……それだ、それ! 確かに、時々そんな言葉を聞いてた! ……あたしの、恋人天、だった人も言ってた」
「この平成オンラインの、裏の顔……あるべき姿がねじれて歪んだ楽園の名だ。ダリウスは? 聞いたことあるかい?」
「……ああ。よく知っている。お前と同等か、それ以上にな」
その時、不意にダリウスの表情に僅かな変化があった。それは、
だが、それ以上は彼が語らないので、アレヴィは話を続ける。
以前乗ってた黒いライトバンは、警官たちの手ですぐ側の道路に運ばれてきていた。その受け取りの手続きを終えて、書類にサインをする。紙媒体の書類に改めて、ここが平成という100年前の時代だとアレヴィは思い知らされた。
警官たちは書類を確認してから、最後に笑いかけて去ってゆく。
「では、引き渡しを終わります。もう二度と、我々の世話になるようなことにならないように。いいね?」
「これも公務、市民の平和と街の治安を守るためだ。君たちもしっかりと、市民としての義務を遂行し、この街で……ニートピアで、楽しく過ごすんだぞ?」
それだけ言うと、警官たちは行ってしまった。
なにかを言いかけて身を乗り出したリンを、ダリウスが止める。
市民としての義務、そして楽しく過ごすこと。
やはり、アレヴィはなにかに気付けそうな気がするのだが、まだまだ霞がかかったように真相が見えてこない。見えないまでも感じるそれは、確かに近付いている、そういう感触だけは確かだった。
ダリウスはなにも言わずに運転席へと回る。
不満気味に大股で歩くリンに続いて、アレヴィは後部座席に収まった。
車が走り出すのを確認してから、アレヴィは話の続きを再び語り出す。
「まず、情報を整理した上で共有したい。改めて言うが、俺は2098年の日本から来た。
その一人が自分だと、リンは口を挟んだ。
アレヴィはつい、自分を救って逃してくれた男のことを思い出す。ウェルは毛嫌いしていたが、イットーに対して無関心だったアレヴィも同じだ。
好きの反対は嫌いではなく、無関心。
現実世界でのアレヴィは、必要最小限の人間にしか関心がなかったのだ。
反論する労力も惜しみ、言われるままに言わせていた……ただ、イットーが
そして、一度助けられたあとでの短い時間で、少し考えが改まった。
イットーは今も、愛娘を大切に想って戦っていたのだ。
同じ過ちを繰り返さぬためだと、今は思える。
「リン、リン・ヤマグチ……君は30年前、ニートの社会復帰プログラムみたいなことを行政から言われて、そのテスターとして平成オンラインに来た。そうだね?」
「そ、そうだけど……そこまであたし、言ったっけ?」
「現実世界へ戻った短い時間で、そのことを知った。正確には、この平成オンライン、ニートピアを包む裏の事情を知って、わかったんだ」
一度言葉を切って、落ち着いてアレヴィは話し出す。
自分でも整理しながら、運転するダリウスのためにもゆっくりと言葉を選んだ。
「ずっと昔から、世界各地の先進国は多くの諸問題に悩まされていた。紛争やテロ、経済格差に難民問題。そうしたものの根源を、生産性の低い人間……
その続きを話そうとした時だった。
意外なところから、アレヴィの話を引き継いで喋り出す声が響く。
「そう、エクソダス計画……仮想現実に作った、現実世界と完全に同期しながらも、永遠に同じ時を繰り返す平成時代の再現。その中へと、次々と不稼働市民を送り込む
「ダリウス? あんた……」
驚きに目も口も丸く開けたまま、リンが固まる。
ダリウスは前だけを見て運転しながら、激することもなく静かに語る。その声音には、冷静さではなく、ある種の
「アレヴィの言うことは本当だ。世界の名だたる大国がそろって結託し、エクソダス計画は生まれ……そして実行に移された。手始めにまず、日本の10,000人のニート……就労も就学もせず、する意思も見せない者たちを放り込んだ。その一人がリン、お前だ」
「あたしが……そりゃ、確かに。でもっ!」
アレヴィが現実での短い時間の中で知った、あまりにも無慈悲で残酷な世界の裏側。それをダリウスは、まるで見てきたかのように語る。
アレヴィは黙って聴き入りながら、リンの肩をそっと抱き寄せる。
震えて涙ぐむ少女に寄り添い、今は辛くとも話を聞くように無言で
そして、ダリウスの話はアレヴィの知識をなぞるように真相を語る。
「エクソダス計画は成功した。10,000人のニートたちを平成オンラインに閉じ込め、そして……一定の満足を与えたまま、幽閉し続けた。そして現実では……そうした若者達を持て余していた保護者たちは解放された。政府が表向きは事故として処理し、十分な保証を行い肉体を引き取ると……社会的に後ろめたいニートの束縛から解放されたのだ」
「……そうだ。リン、君はその最初の10,000人の一人だ。思い出してみて……この30年を」
辛い話だと思ったが、真実を認識して受け止め、共有することは必要だった。
アレヴィが抱き寄せ見下ろす中で、リンは涙ぐみながら呟く。
「あたしは、そう……オヤジはずっと仕事でほとんど家にいないし、お母さんは……学校に行かなくなった、行けなくなったあたしの世話で疲れていって」
「俺も経験がある、わかるよ。走るべきレールを踏み外してしまうと、子供には自分でレールに戻ることも、別のレールを探すことも難しい。そういう子供を、全ての親が受け止められるとは限らないんだ」
「そうだ、30年……あたしはもう、30年以上ここにいるんだ。現実と同じで、与えられた衣食住と小遣いが満ちてて、何不自由がない暮らし……ただ遊んで、消費して、思うままに生きてるストレスのない世界」
「でも、君は気付いた。そして今、戦ってる。君の父親と同じように」
「オヤジが?」
「イットー・ヤマグチ
そのことを伝えたら、リンの
彼女は大粒の涙を零しながら、それを拭いもせずにう
そうして黙って言葉を待つと、ダリウスが喋り出す。
「こうして現実世界は、不稼働市民とレッテルを貼られた、生産性がないに等しい人間達を処分する手段を得た。だが……エクソダス計画は突然、
「……その原因が、平成太郎なのか? ダリウス、君はいったい」
「平成オンラインを統括し管理運営するAIが、突然暴走したのだ。彼は……そう、便宜上彼と呼ぶが、彼は平成太郎を名乗り、突然ニートピアを宣言……エクソダス計画側からの接続を一方的に全て拒否し始めたのだ」
ダリウスの話をまとめると、こうだ。
実験の成功で、世界は10,000人のニートを現実から葬ることに成功した。続けて、重犯罪者やテロリスト、重度の障害者といった多くの不稼働市民が送り込まれた。仮想現実で何不自由ない生活を与えたら、不思議と彼らは人生を満喫し、暴力も不満も忘れていった。
将来への不安なき、永遠のニート……それは、幸福の一つの形だった。
格差による貧困も、競争も勝敗もない世界。そこでは犯罪もテロリズムも、必要ない。仮想現実に再構成された肉体は健康な健常者のもので、現実以上に金銭的に恵まれているのだ。
生産性のない人間が、現実以上に裕福な、現実と変わらぬ世界に移送された。
そのことをダリウスは語り、その続きへ……核心へといたる。
「エクソダス計画では、順次平成オンラインの中で幸福を享受したまま……皆が天寿を全うして、減ってゆく筈だった。現実から送り込む不稼働市民と、寿命で消えて電子の藻屑となる人間……それは、十分なキャパの中で完全なサイクルを構成するかに思えた。だが」
「……突然、平成オンラインの全てを司る人工知能が反乱、暴走した。違うか?」
アレヴィの言葉に、ダリウスは重々しく
そして、彼自身の正体と共に、その顛末を詳しく話してくれる。
「突然、人工知能は平成太郎を名乗り……この平成オンラインをニートピアとして切り離した。あらゆるアクセス権を失ったエクソダス計画を
「私達? ま、まさかダリウス、君は」
「そうだ、私はダリウス・ライゼンシュタイン。エクソダス計画の創始者の一人だ」
衝撃が沈黙を連れてきた。
目の前に今、恐るべき計画を立案し、実行した人間がいた。
悪魔の所業にも等しい陰謀が、謎の暴走で独り歩きを始めた中に……その真っ只中に、悪魔そのものと思えた人間がいたのだ。
ダリウスは、さらに言葉を続ける。
「私達エクソダス計画の人間は、焦りつつも慎重にならざるを得なかった。保身故に、エクソダス計画の全貌が公開されることをこそ、私達は恐れた。そして、それを平成太郎は知っていた」
「それで……?」
「現状把握のためにも、ニートピアを宣言して独立したに等しいこのゲームへと、私が送り込まれた。だが……私もまた、それっきり現実へのログオフを封じられた」
車中を重い沈黙が包んだ。
その中で、泣きじゃくるリンの
アレヴィは、際限なく沈んでゆく重苦しい雰囲気の中で、口を開く。
「俺が現実で得てきた話と、ほぼ一致する。それに……ダリウス。今は一人でも多くの仲間が必要だと俺は思う。その力と知識を、貸して欲しい」
「私は、エクソダス計画の」
「
バックミラーの中で、ダリウスが
それでアレヴィは、意外に過ぎた彼の正体を許せた。許したいと思って、そのことに素直になれただけで、許せてはいないかもしれない。だが、そんな彼を仲間と思って、共に現実へ復帰する道を模索するという、揺らがずぶれない決意だけは同じだった。
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