鬼ごっこ-2 プレイヤー藍子 素直

 交差点にいるのは危険だと思って、近くのビルへと逃げようと走り出した。


 すると、横目に入ってきたのは恵美の姿だった。


 恵美はニュースの映像に心を奪われたまま、口に手を当て何も出来ずに立ち尽くしている。


 駆け寄って声をかけたい。だけど、かくれんぼで拒絶された記憶が残っていて、なかなか声をかける勇気が湧かなかった。


 また拒絶されたら、と思うと怖かった。


 でも、ここで声をかけなかったら私は私を許せなくなる。


「恵美!」


 私の声に恵美は身体を一瞬弾ませて、振り返った。


「あ……藍子……」


 恵美はもう泣きそうな顔をしている。何かに追い詰められているようにも見える。


「ここから逃げよう? ね?」


 そう言って恵美の背中をゆっくりと押した。


 手を引くことは出来なかった。背中をそっと押す事しか出来なかった。


 だけど、恵美は私を拒絶しないで、一緒に歩き出した。歩みを進めていく内に、恵美の様子が変わっていった。


「藍子は……、本物……、かどうかなんてどっちでも良いよね」


 泣きそうだった表情に少しずつ色が戻っていった。


「そうだね。でも、恵美がそんな事を言うなんて、意外」


 私が言うと恵美は笑いながら返した。


「ひどーい。私だって色々考えてるのよ」


「それが、恵美らしくないっていう事だよ」


「藍子も結構言うわね。まあ、確かに受け売りなんだけどね」


 お互いに悪態を吐きながら交差点の外へと逃げた。


 交差点を抜けると、少し開けた道に出た。


 とりあえず、私たちを捕まえようと追ってくる人はいないようだ。


 切れた息を整えるため、雑居ビルの中で少し休憩を挟む事にした。


「ここまで来れば大丈夫かな」


「そうね……」


 そう言うと恵美は息を整えながら俯いた。


 表情を窺う事は出来ないけれど、どこかいつもの恵美とは違う印象を受けた。雰囲気とか語気の強さのような細かい部分だけれど、端々に違和感を感じられた。


「ねえ、藍子……」


 独り言を呟くように話しかけてきた。


「うん? どうしたの」


「私たちの欲しいものって何だろうね。あといらないもの、とか」


 欲しいものといらないもの。


 私たちがこの時も奪い合っているもの。


 その二つは相反していて、正解が見つからない。


 私たちにもわからないものだ。それを奪い合っているのだから余計に混乱してしまう。


「恵美は、何が欲しいの?」


 恵美は俯いたまま、またも呟くように返事をした。


「何だろうね。うーん……。あ、でもさ……」


 恵美は言葉を継いだ。


「このゲームが始まって、少し思ったんだ。さっきまで誰かを疑って、それこそ、藍子の事も疑ってた。でも、それってこの世界に来る前も同じだったんだなぁ、って。だから、欲しいもの、って言われるとちょっとわからないけど、でもさ、そういうものなのかな、って思うんだ。藍子の事を信じたり、和志の事を思いっきり殴って、すっきりしたあとに笑って手を繋いで帰る。そんな事で良いのかな、ってね」


 恵美がこんな風に自分の感情を吐き出しているのを、初めて見た。


 私と一緒にいる時は、軽い口調で合わせながら笑っている。そんな関係だった。


 切ってしまおうと思えばすぐに切れる、上辺だけの関りしかもっていない。


 ここまで追いつめられると、私たちの考え方や、心の動きまで変わってしまう。いや、変わったんじゃないのかな。


 元々あったものが、浮き彫りになって私たちに気付かせてくれた。


 そんな気持ちになった。


「恵美からそんな話を聞けるなんて……。雪でも振るのかな」


「さっきから酷くない? 結構真面目な話とかしてたつもりなんだけど」


「良いんだよ。ふざけるくらいが丁度良いんじゃない」


 私が笑いながら言うと、恵美も笑みを浮かべた。


 心の底なんて、大それたものじゃない。


 ただ、素直に話が出来た。

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